6枚目 疑いと怪力
5枚目に続いて6枚目を書きました。
アリレアさんがこちらに目を向けこういう。
「聞こう。嬢ちゃんは何者だ?」
何者かと言われても、異世界から来たなんて言えないし、それ以外に何があるのかと言われても、答えることはない。私に表情が動かせれば今頃驚いたような間抜けな顔をしていただろう。
「白い髪。間違いなく貴族様だろう。喋れないのは呪いかい?」
ああ、容姿の問題か。そう言われても貴族じゃなくて一般市民だったし、喋れないのは呪いではなくて自分自身の問題だし。
「……貴族ではないです」
ようやく声が絞り出せた。瑠璃以外の人と顔を合わせて話すことは二年前からしていない。ゲーム内でのボイスチャットなら会話しているが、現実の顔を見ながら話すというのはどうも緊張感がある。
「そうかい。普通に喋れるんだな。でも気をつけたほうがいい。世の中には悪い奴らが大勢いるからね。特に白髪は珍しい。目の色は前髪で隠されていて見えないからあまり見せないほうがいい。そっちの嬢ちゃんも気をつけたほうがいいよ。ま、話したくないなら別だけど」
なにこの世界、奴隷制度とかそういうのがあるのか。怖い
純粋に心配してくれただけなのか、疑っているのか。
まだこちらに疑いの視線を向けられている気がする。昔から人の視線に敏感なため、そういうことは無意識にわかってしまうのだ。
「お心遣い、ありがとうございます。でも貴族じゃないんで。ボク、貴族っていう柄じゃないから。それに、アリレアさんもそんなこと喋ってボク達に疑われてもいいの?」
「あっは!そんなんじゃないよ。ただ最近いいとこの貴族の子が逃げ出したっていう噂があるのさ。聞いたことがないかい?」
首を横に振る。つまり、私達が疑われるような髪色をしているから問題になるのか。いやそれ以前に逃げ出したその貴族の子が見つからないのが問題なのか。
「すまない。心配させてしまった。これはお詫びだ」
すると、古い折りたたまれた紙が投げられ、瑠璃が受け取る。
瑠璃が中身を開いたところを覗き込むと、そこには、この世界の断片的な地形を書いた地図だった。
「それはこの近くの地図さ。偶然手に入れたが、あたしはこの村から出ることなんて滅多に無いんでね」
要は範囲が違う引きこもりということだ。
仲間、同志は失礼だろうか。
「この村を真っ直ぐ行ったところにあるテーディルっていう街を目指したほうがいい。冒険者ギルドもあるし、商業ギルドもある。嬢ちゃんたちが目指すんだったらそこだな」
「わざわざありがとうございます」
「いいってことよ」
だからといって信頼してはいけない。
アリレアさんは疑いも心配も見せずに、太陽のように笑った。
「お母さん。お話し終わったー?」
「レニー、まだ降りない!可愛い子だろう。でもね、魔法の才能がないんだ。アタシじゃなくて父親に似たんだろうね」
「レニーのお父さんは、どこに?」
すると、ふっと目を細めて、物思いに耽る。
聞いてしまったら長くなってしまうと思った。
「すまない、生きてはいるんだよ。ただね、あの性格はね…」
これ以上効くのはよしたほうがいいと思い、瑠璃の口をふさいだ。何故だか嬉しそうにしている。
「ああ、離婚しているわけでもないんだ。ただね、頑固なんだ」
「そうなんですね。では、これで」
これ以上話を聞くのは長くなりそうなので逃げるように出口へ向かう。
「ちょっとまってくれよ。せっかくだからこれも持っていきな」
というと、これまたぽいっと投げてきた。
「ナイフだよ。嬢ちゃん達、武器一本すら持ってないだろ?あいつが作ったものだから、たくさんあるんだ。持ってってくれ」
「ありがとうございます」
初対面なのに、どうしてこんなに良くしてくれるんだろうか。
瑠璃はお礼を言っているが、私にはよくわからない。
それに、あいつとは誰だろうか。
「へえ、嬢ちゃん達アイテムボックス持ちなのかい。通りで荷物が少ないわけだ」
アイテムボックス?亜空間収納のことをアイテムボックスとこっちの世界では呼ぶのか。
「珍しんですか?」
「まあ、持ってる人は少ないからね。見るのは三度目さ。二人も持っているなんて思ってなかったけど」
二人同時に亜空間収納を使っちゃ駄目なのか。
頭にメモしておく。ゴブリン同様、覚えてるかどうかはわからないけど。
「ま、嬢ちゃんたちはそこら辺を警戒するに越したことはないさ」
アリレアさんはケラケラ笑いながらそういった。
珍しい髪色にアイテムボックスに似た物持ち。もしかしてこれ、まずい状況なのでは……?
そんな私の心配を悟ったのか、瑠璃がこういった。
「だいじょーぶ!トーカに何かあればボクが片付けるから!」
そういうと、右腕をぶんぶん振り回し始めた。
私は体力がないから正直助かるのだけど、何故か信用できないのは気のせいだろうか……?
「そうかい、なら心配はいらないね。ところでお二人さん、いつここを立つんだい?」
「あ……!」
今まで引き籠もってて時間なんて気にしたことがなかった。
だから、なんとなく出発しようとしたけど、夜になって歩き始めるのは危ない。
夜の散歩は結構好きなんだけどな。この世界のほうが元の世界より危ない。
それに街灯なんてものはないし、だいたい松脂があるのかどうか分からない。
いや、松脂なら作れるのか。
魔法を使っている限り、着火剤なんてこの世界にはないのかもしれない。
火打ち石とかないかな。
「そっか、今日発つつもりだったんだけどな。まいっか、今からでも行こう!」
「え、まって、」
「それじゃ、ありがとうございましたー!」
「わあああああ」
瑠璃の足の速さは私よりずっと早い。走られると追いつかないけど、引っ張られるのはまた別の問題。
足が速いだけじゃない、かなりの怪力なのだ。
私を扉の前まで引っ張ると、ひょいと自分の背中に乗せる。
私を担いで走っていけるくらいのスタミナは十分にあるし、なにより私が走るよりずっと早いのだ。
自分でも言ってることがおかしいけど、本当のことだ。とにかく現状を見てほしいくらいに。
「お、おう、じゃ、また。いつでも来な!」
「ありがとうございます!」
というと、私を担ぎながら走っていってしまった。
「うわああああああ」
村を出ていく途中には、私の悲鳴が木霊するのであった。
店に残ったレニーとアリレアは、呆然としながらその光景を見ていた。
「嵐のようなお姉ちゃんだったね。ちょっとトーカお姉ちゃんが心配になってきちゃった」
「はは、次会うときには立派な冒険者になっているさ」
今はもう見えなくなった二人を、ほほえましい気持ちで見守るアリレアと、少し納得していない様子のレニー。
「どうしたんだい?レニー」
「ラズリお姉ちゃん。何も言わないで出てっちゃった」
「そうだね。寂しいのかい」
レニーはスカートの袖をギュッとつまむ。
一日半しかいなかったが、速くも別れてしまったラズリのことが寂しくてしょうがないのだ。
この村に姉なんて存在はない。姉妹になれたかのような感じがしたのだ。
「レニー、次会うときは、一緒に行きたいとでも言えばいいじゃないか」
「いいの?」
「いいんだよ。ただ嬢ちゃんたちの迷惑にならない範囲でな」
レニーはパアと顔を輝かせる。
「ほら、分かったなら薬草を刻みな!」
「はあい」
こうして工房にはまた同じ日常が戻ってきたのであった。
文章短くてすみません。いつか追記します。いつか。