3枚目 洪水と嵐
主人公の体力が少なすぎる……
あれ。ここは……
確か、さっき誰かにぶつかって、気絶していたような……最近気絶すること多いなあ。
それにしてもここはどこだろうか。
目の前には青い空が広がっている。まさか、いままであったことが、全部、夢?それとも……
「死んだの……?私……」
「残念だけど、死んでいないよ」
横から突っ込みが入ってきた。私の知り合いで突っ込み速い人がいたような、いなかったような……
最近聞いたことがあるような、聞いたことがないような……というのはおいておこう。
それにしても本当に聞き覚えのある声だ。こんなに懐かしい声なのに、どうしても思い出せない。
声からして私と同じ歳か。
考え込んでいると、頭上からまた同じ声が聞こえる。
「久しぶりに見る顔だなあ。何一つ変わってない。燈花は」
今、私の名前を呼んだ?いや、キャラクターネームのトーカの間違いじゃないだろうか。
それにしては燈花、とはっきり発音していたような……
声の聞こえる方に頭を向けると、亜麻色の髪が目に映る。
顔の方ははっきり見えないが、私に外国人みたいな友達はいない。
いや、現実の友達自体がいないんだった。
そしてもう一つ疑問がある。
どうして私は膝枕で寝かされているんだろうか。
友達がいない私には、こんなふうにできる仲の知り合いなんて、そうそういない。
「だれ……?」
少女はくすりと笑うと、こう答えた。
その瞬間、隠れていた顔があらわになる。
「ボクだよ、キミの幼馴染の瑠璃だよ?」
………………………………は?
いやいや、瑠璃なわけない。
もしくは私と瑠璃の同姓で名字が違うだけで偶然同じゲームをやっているという……
「人違い」
「本物だよっ!高梨瑠璃十四歳、趣味は猫の写真を集めること!好きな食べ物は唐揚げ!得意なことは間違い探し!」
名字まで一緒だった。趣味も好きな食べ物も得意なことも似ている。
「ここまで正確な人違い、あるんだ」
「燈花!?本物だから!真面目な顔でそう言わないで!」
確かに顔立ちは瑠璃のままでボクっ娘は治っていないようだが、髪の色と目の色が全く違う。
瑠璃の髪は少し茶色がかかった黒だし、こんなに明るい亜麻色の髪、まず日本じゃ見ない。
目の色に関しては、あの瑠璃がコンタクトなんてするはずがない。痛そうだから入れないって何度も言っていたし。
まごうことなき瑠璃だなんて、正直言えない。
色々考えた末、思いついた言葉が―――
「そっか、色が違うだけの瑠璃なのか」
「うん、どっかのゲームみたいに言わないで欲しいなあ。あ、こら、一人で勝手に納得しない。それに、燈花だって色が違うよ?身長は変わってないみたいだけど」
言われてみると、私の髪色は真っ白だ。今まで暗くて気づかなかった。
どうしてこんな色に、と思ったが、思いつくことは唯一つ。
キャラクターと同じ色なのだ。設定が面倒くさすぎて黒の反対色の白にしてしまった。
だとしたら、目の色は郡青だろう。白に合う色で参考にしたら、たまたま最初にこの色が目に映り、気に入ったのだ。
……どうせ色が変わっているのなら、身長も変わってほしかった。いや、まだ成長期になっていないから大丈夫なはず。瑠璃だってきっとすぐに追い抜く……予定。
「とりあえず、久しぶり」
淡々とそう言うと、瑠璃は俯いてわなわなと震えだした。
どうしたんだろうか。声をかけようとすると、瑠璃の片手が上がっていた。
バチン、と静かな草原に響き渡る。
私はもろに瑠璃の平手打ちを食らっていた。
一瞬痛みで思考が止まる。
なぜ、叩かれたのだろうか。今の話を振り返ると、そのようなことをされる会話は一つもなかったはずだ。
瑠璃の力は私より遥かに強いため、ものすごく痛い。
頬を擦るが、触るごとにどんどん痛くなっていく。体力が減ってなきゃいいけど。
すると、傷んだ頬が濡れた。次々に冷たい雫が降ってくる。
上を向くと、瑠璃の目からポロポロと涙がこぼれていた。
「……瑠璃?」
「どうしてボクの前から消えたの?どうして離れちゃったの?どうして、どうして……」
瑠璃の目からとめどなく涙が溢れてきて、どうしてという言葉を連呼する。
「ねえ、燈花、どうして?ボクが悪かった?あの時傍にいたのに守れなかったボクが悪いの……?」
「瑠璃が悪いわけじゃない。事故だよ、しょうがない」
私は必死になだめようとするが、それでも瑠璃の怒りは収まらない。
「事故だから?事故でも守れなかった!だいたいあれは事故じゃなくて事件だよ!あれは!」
「……」
その事件の後、私が引きこもってしまったのだ。外に出ることさえ怖かったから。
蓋がどんどん開いていく。ずっとしまい込んできた記憶が掘り返され、息が詰まる。
「燈花!?ごめん、ボク、そんなつもりじゃ……!」
自分の両手を見ると、目に見えるほどの大量の手汗が流れている。
瑠璃のせいじゃないのに、そう言いたいのに言葉が出てこない。
「だい、じょうぶ」
ようやく絞り出した言葉は、瑠璃の声をさらに荒げる。
「それが大丈夫な人の様子!?もう思い出さなくていいから!」
瑠璃の必死な声が響く。だからといって私の怯えは収まらない。
だいたい、何なんだよ。ずっと誤魔化してきたのに。蓋の中に無理やり入れて、開けないようにしていたのに。
どうして自分があんな目に合わなきゃいけなかったんだろう。
瑠璃の故意ではないのに、瑠璃への不満が募っていく。
「だい、じょう、ぶ、ほんとに、大丈夫……」
思っていることと正反対の言葉が無意識に流れる。
「キミが大丈夫なときは大丈夫じゃない!落ち着いて!痛いから!」
「え……?」
自分の腕をたどると、瑠璃の腕に爪を立てていた。
バッとはなすと、新しい爪痕が残る。
私、無意識に瑠璃を傷つけていた……?
ヒュ、と息を飲んだ。次の瞬間、瑠璃から離れ地面に埋まるくらいの土下座をしようとしたが、瑠璃に取り押さえられた。
「ごめ……」
「もう、大丈夫だから」
と、ふわっと私を抱きしめた。
暖かくて、日の匂いがする。瑠璃の匂いだ。懐かしい。
「ボクが燈花の腕から移したんだから、ごめんなんて言わないで」
私からやったわけじゃなくても、傷つけてしまったのは私の責任だ。
何度も謝罪したが、許すの一言で済ましてくれた。
「ボクも引っ叩いたんだから、気にしないで」
「……責任が」
「それなら、ボクをよ……!」
瑠璃が何故か固まってしまった。よ、なんだろうか。
上げた腕をそっと下げると、咳払いをした。
一瞬すごく残念そうな顔をしているのは気のせいだろうか。
「謝らないで。燈花はボクのこと嫌いなの?」
「……分からない」
瑠璃のことは好きも嫌いもない。
幼馴染であってそれ以上もそれいかでもないのだ。
それに、どっちかと問われても私ははっきりと答えられないだろう。答えてしまったら、瑠璃がもっと遠いところへ行ってしまいそうだから。今だって、私には瑠璃がずっと遠くにいるように感じる。
「瑠璃は、私のこと、嫌い、だし……」
すると、肩を鷲掴みにし、顔を触れるくらいの距離に近づかせる。
「どうしてそういうことになるの?ボクが聞いてるのは燈花のことなんだけど。無理やり外に連れ出そうとしたことは謝るよ?でもね、放って置くうちに平気な顔が、笑っている顔がどんどん無表情に変わっていったんだよ!今だって顔に出していない燈花を見て、全然変わっていないって思った!傍で見ていたボクが、どれだけ辛かったと思う!?後悔したと思う?昔のキミはもっと酷かったんだよ!」
立て板に水のごとく喋り終わった途端、気を抜くように座り込む。
顔には出していないが、少しだけ動揺してしまった。
瑠璃は普通、こんなふうに声を荒げることなんてない。そこまで必死になっているのに、私は、あの時どうしていたか、瑠璃を突き飛ばす前のことは覚えていないのだ。
俯いたまま、きゅ、と私の服の袖を掴み、こう呟く。
「だから、嫌いだなんて、思わないで……」
……そんなに心配されていたのだろうか。私は。
あの日、無理やり外に出そうとした瑠璃を突き飛ばした感覚が、二年たった今でも残っている。自分から拒絶したのに、瑠璃に嫌いだなんて思われていなかったなんて、都合が良すぎる。
そんな都合のいい私が嫌で嫌でしょうがないと何度思ったことだろうか。
それでも、瑠璃を嫌いだなんて一度たりとも思ったことはない。
「瑠璃のことは、ちょっとだけ、好き、かもしれない」
半分意識して、もう半分は無意識で言ってしまった言葉。
瑠璃が嫌いではないのなら、それに私も答えなきゃいけないのだ。
あ、百合な意味はないよ?むしろ一人でずっと引き籠もっていたい。
瑠璃の方を見ると、肩を小さく震わせている。
なにか間違えた?もしかして、かもしれないなんていったから?まさか、怒ってるんじゃ……
「そうだよね、燈花がボクのこと嫌いなはずないもんね……でも……かあ。うーん。ま、これから……ふふ、ふふふふっ」
何かブツブツ言っているが、風の音が邪魔してよく聞き取れない。
こころなしか、口元が緩んでいるように見えた。
笑いが収まった頃、意味深な笑みをこちらに向けてきた。
「ボクはね、燈花のこと大好きだよ」
先程の意味深な笑顔はどこへ消えたのやら、今は花がほころぶような微笑みをたたえている。
その笑みに見とれてしまった。おかしいな、昔何度も見たはずなのに。今では全く違うものに見える。
いい意味でだよ。これなら接客もできるんじゃないかな。
今度こそ体を起こそうとしたが、瑠璃が髪を梳き始めたため、起き上がることができなくなってしまった。
こうして梳かれるのなんていつぶりだろうか。思えば、もう会うこともなかったはずなのに、こんなわけもわからない世界でイレギュラーな形で再会している。
「いつもボクが甘えているのに、こうして髪を梳かれるのだけは、燈花好きだったよね」
「……覚えてたんだ」
確かに、瑠璃に髪を梳かれることが多かったかもしれない。髪を乾かしたあとに、梳いてもらうと、何故か落ち着くんだよね。
それで寝ちゃって朝起きてぐちゃぐちゃにして何度怒られたことだか。
強制的に正座をされて、足がしびれて動かなくなったことが何度もあった。
それに瑠璃の甘えは、私と類が違う甘えが多かった。
寂しいから二階の窓を伝ってきたり、夏休みの宿題が終わってないから泣きついて来るわ、雷が怖いから一緒に寝てほしいとか。(これも二階から入ってきた)
「ほうっておくとボサボサで出かけるけど、自然と元の髪型に戻ってることが多かったんだよね」
確かに、瑠璃が整えなくても自然に整う。
自分でも不思議なくらいだ。
それと今、同じくらい不思議に口からこぼれる。
「また、よろしくね。瑠璃」
これからのことも、髪を梳くことも兼ねてのことだ。
すると、呆れたようで嬉しそうな声が帰ってきた。
「あーあ。ボクが先に言おうとしたのに。ま、いっか。これからよろしくねっ!燈花」
彼女はそう言うと、ニンマリ笑ってこちらを見たのだった。
破壊力が高い幼馴染です。