9 先輩と電話
お久しぶりです。忙しくてあんまり書けていなかったので、リハビリがてら。
少しおかしいかもしれませんが。
作中は秋のつもり。
この時期になるとクラスメイトたちは残暑がどうだとか言い出すけど、授業をサボって屋上にいると残暑なんて全く感じない。太陽はまだじりじりと照りつけているし、気温はとても高いけれど、それらを全部拭い去っていくような風が吹いている。だから気にならない。
天気は晴れ。雨が降る様子はない。雲がゆったりとかかっていて、風がふんわり吹いている。もしここが草原だったら、さあっと気持ちのいい音が聞こえるかもしれない。
「……暇だなぁ」
ぽつりと声を漏らす。普段なら皮肉げ(少なくとも本人はそう思っているらしい)に言葉を拾ってくるもう一人はここにはいない。どうやら学校を休んでいるようで、そのせいで授業に身が入らなくて、サボってしまった。
「まあ、身が入らないのはいつもだけど」
日陰に置いた紙パックを手に取る。ちゃり、と手首のアクセサリーが擦れて音を立てる。折角新しいのを見せようと思ったのに、これじゃあ意味がない。
ストローを咥えて、一口飲む。ひんやりした、それでいてふんわりした果実の甘みが口に広がる。この感覚がとても好きだ。ジュースみたいにキレがない、軟らかい甘み。もしこの世にフルーツオレがなかったら、今頃どこかで死んでしまっているかもしれない。
だけど、何か物足りない。いつものフルーツオレを買ったはずなのに。とっても美味しいのに。何かが違う。
暫くちゅーちゅーとフルーツオレを吸って、半分くらい吸ったところで、気付く。
「先輩って、実は美味しかったのか……!?」
そんなことを言っても、鼻で笑ってくれる先輩はいない。誰も馬鹿にしないから、反論することもない。あからさまに喚いて先輩の面倒くさそうな顔も見ることがない。
つまり、先輩がいないから、フルーツオレもあんまり美味しくないんだ。
「……暇だなぁ、本当に」
ぼーっと、空を見上げる。特に何もない、綺麗な空だ。先輩は家で何をしているのだろうか。寝ているのか、それとも、同じように空を見ているのか。
「写真でも撮って、送ってあげようかな……あ」
そういえば、と思い出す。
文明の利器が、手元にあるじゃないか。
◇
聞き慣れない着信音で、目を覚ました。
朝よりかは随分マシになった身体をどうにか持ち上げて、サイドテーブルに置かれたスマートフォンを手に取る。時刻は昼前、電話をかけてきたのは、口喧しい後輩だった。
「珍しいな」
いつもはアプリを使って連絡してくるのに、わざわざ電話だなんて。取らない訳にもいかないから、通話開始ボタンをタップする。
「もしもし、どなたですか?」
『さてどなたでしょう?』
「全く分からないな。クラスメイトの誰かかい?」
『先輩友達いるんですか……!?』
「失敬な。いないよ……」
『……なんかごめんなさい』
「ところで君は誰かな」
『先輩の後輩ですよ!』
「それだけ聞くとすごい面白い文面だね」
騒がしい声は電話回線を通してもほとんどそのままで、たとえ非通知だったとしても掛けてきたのが後輩だと分かっただろう。
「それで?どういう風の吹き回しだい?」
『今日、風がとっても涼しいですよ』
「私は君のことを買い被っていたようだね」
『そんなに褒めないでくださいよ』
「馬鹿か」
『急に貶された!?』
「ずっと前から貶していたよ」
『酷い!!??』
リアクションも後輩の悲鳴も電話越しだと少し新鮮だ。しかし、実際に目の前で後輩の表情を見ることができないのは、少し寂しかった。
「……それで、どうして電話なんて掛けてきたの?」
『いやぁ、なんか、先輩の声が聞きたくなっちゃって』
「まだ授業時間中だろう?」
『暇すぎて体調が悪くて』
「サボったか」
『先輩もサボってるでしょ?』
「私のこれはちゃんと学校に届け出ているよ」
『ずるいです。せめて先に言ってくださいよー』
「私がいなくても、君には友達がいるだろう?」
『先輩を弄れないじゃないですか』
「さらっと酷いこと言ったね」
少し息をつく。後輩の相手は楽しいが、如何せん疲れる。ただ、話しているだけで随分と気分が楽になった。
『先輩は何してたんですか?』
「薬飲んで寝てたよ」
『風邪ですか?気をつけなきゃ駄目ですよー?』
「残念ながら持病だよ」
そう言いながら、ベッドから抜け出して、リビングに向かう。朝に飲んでそのまま置きっ放しにしていたコップを掴み水道水を注ぐ。
口に含み、喉を潤す。寝起き特有の気持ち悪さがいくらか軽減された。
『ねえ、先輩』
「なに、後輩」
『明日は学校、来ますか?』
その声はやけに小さくて、心細そうだった。後輩に似つかわしくないような、そんな声。もしかして、今日一日、寂しかったのだろうか。
「私が休むなんて、そう珍しくないだろう?」
『だって、最近、ずっと来てたじゃないですか』
「調子がよかっただけだよ」
机の上に残った錠剤の包装シートをゴミ箱に捨て、新しいものを出しておく。いつ必要になるか分からないから、出来るだけ手元の届く場所に置いておきたい。
しばらくは調子がよかったから、必要ないと思っていたのだけれど。
『それで、明日は来るんですか』
「そうだね……」
身体の調子は悪くない。けれど、いつ急変してもおかしくない。だから、約束することはできなかった。嘘を吐く訳にはいかない。しかし、妙にしおらしい後輩にそれをそのまま言えるほど、私もデリカシーがないつもりはなかった。
だから、少し考え、それを口にした。
「……明日行けるかは分からないな。体調次第だから」
『そうですか。なら、分かり――』
「迎えに来てくれないかな」
『……え?』
「そしたら、私が行けなかったらすぐ分かるだろう?」
間が空いて。
『……分かりました。じゃあ、明日行きますね!』
「ああ。頼むよ」
嬉しそうな声に、こちらまで口角が緩んでくる。存外、私も寂しく思っていたようだ。
暫く、後輩と他愛もない話を続けた。