7 夏休みに待ち合わせ
気は乗っていたけど忙しかったのでのんびり書き上げました。作中は夏休みです。
直射日光で感じる熱さと、それが地面に反射して生じる熱気による暑さが同時にやってくる中では、日陰にいても関係無しに猛暑が襲ってくる。
「暑いな」
扇子を広げてぱたぱたと扇ぐが、送られてくるのは暑さを孕んだ風のみ。一向に涼しくならないまま、手首に疲労が溜まっていくだけの作業を繰り返す。そうでもしないと暑さの中で退屈にも煩わされることになってしまうからだ。
ちらりと時計を見る。時刻は正午を回って数分ほど。スマートフォンのメッセージアプリを開いてみれば、つい昨日後輩と交わしたメッセージが残されている。
『先輩!出掛けましょー!』
『急に何だい』
『だって夏休み中ずっと会えてないんですよ?』
『そうだね』
『寂しいと思いません?』
『いや全く』
『ひどい!?いいじゃないてすか遊びたいんですよ~』
『……仕方ないな』
『やった!じゃあ明日駅に12時ちょうどで!』
『何処に行くつもり?』
『秘密です!』
暑苦しさを感じさせる文章に嫌気が差しそうだ。たまには遊びに付き合ってやってもいいかなと感じて、こうして駅前に立っているが、まさか話を持ち掛けた方が遅れてくるとは思わなかった。
自販機で買ったアイスコーヒーを口に含むと、きりりとした苦みと少しの酸味が舌を刺激した。後味は少し残り過ぎているが、あたりと言うには十分だった。
改札口を目の前にして壁に背中を預ける。待ち合わせの十分ほど前からずっと立っていて、脚に疲れが溜まってきていた。夏休み中はほとんど家に籠っていたこともあって、久々に動かした筋肉は音を上げかけていた。
そろそろ電話でもかけてやろうか、なんて思って電話帳を開いたところで、改札の向こうからばたばたと足音が聞こえてきた。あまり聞き馴染みはないが、聞いたことのある足音に私は顔を上げた。
「はぁ、はぁ……」
相当に急いで来たのだろう。改札を抜けて他の人の邪魔にならない場所で息を整えている後輩は、水を一気に飲み干すと辺りを見回した。そうして私と目が合うと、にこりと笑って手を振った。
「せんぱーい!こんにちわ!」
「ああ。今日も元気だね」
「そりゃあ勿論ですよ。元気じゃなきゃやってられませんから」
「今のは『遅刻しておいてよくもぬけぬけと挨拶できたね?』という意味だったんだけど」
「言葉の裏が辛辣だった!?」
大げさに驚いてみせる後輩は、相当ラフな格好をしていた。いつも通りにアクセサリーを身につけており、それを回りに見せつけるかのように肌を露出させている。ただ、それは常識の範囲内での話だ。周囲の人が後輩を見ても嫌悪感は抱かないだろう。その辺りのバランスのとり方がとても上手かった。いかにもお洒落な高校生といった風体だった。
それに比べると、私は随分と見劣りする格好だった。七分袖のワイシャツに、淡い色のジーンズ。どこにでも出かけることのできる無難な格好だが、華美な格好の後輩と比べると、どうしても差が激しいと感じてしまう。
「……先輩?どうかしました?」
「……いや、随分気合を入れてきたんだな」
「だって、折角のお出掛けですし」
「着飾ってくるのなら事前に言ってくれ。それなら多少はマシな格好をしてきたのに」
「何言ってるんですか。先輩がお洒落になってたらびっくりしちゃいますよ」
「はいはい。どうせ私は洒落てはいないさ」
「そういうつもりじゃなかったんですけど」
「どういうつもりでも変わらないよ。……それで、今日は何処に行くんだ?いい加減教えてくれないか」
「あれ、言ってませんでしたっけ」
数回のまばたきをしてから首を傾げる後輩に、スマートフォンのメッセージを見せる。それをまじまじと眺めて、後輩はわざとらしく手をぽんと打った。
「そういえば言ってませんでしたね」
「……まあ、それは別にいいけど。それで、行き先は?」
そう問うと、後輩は精一杯はにかんで答えた。
「水族館です!」
「……水族館?どうしてまた急に」
「最近近くにできたんですよ。それに、涼しそうでしょ?」
「夏はやっぱり海だ、とか言い出すと思ってたんだがね」
「だって先輩泳げないでしょ?」
「君だけ泳げばいいじゃないか。荷物番でもやってるよ」
「先輩と遊ぶのに一緒じゃないのはやですー」
よくも恥ずかしげもなくそんな台詞を言えたものだ。そう言葉にしかけて、止める。わざわざ言う必要がないからだ。この後輩は明るくて騒がしい。そして素直だ。そんなことは今更であるし、そういう性格だからこそ、色んな人からも好かれているのだと思う。
「……さっさと案内してくれ。暑さに耐えられそうにない」
「はーい。こっちです!」
元気よく返事し、すぐに駆け出した後輩の後を追う。カバンを肩にかけ直したところで、その中に入っているものを思い出した。
「ちょっと待って」
「何ですか?」
「ほら、これ。さっき水なくなってただろう」
そういってペットボトルを手渡す。中は冷たいフルーツオレ。駅に着いた時に気が向いて買ったものだった。
「先輩……もしかして、デレ期……?」
「君は一々茶化さないと生きて行けないのか」
頭を軽く叩くと、ぺち、という間抜けな音が聞こえた。「あいた!?」といういつものわざとらしい悲鳴を上げながら、後輩は微笑んでいた。