4 夏服と通学路
筆がまた乗りましたので、どうぞ。
夏が近づいてきたと感じさせるじりじりとした日差しが、体を焼いていた。風は涼しいが、それ以上に暑さが勝る。
通学路には夏服を着た生徒がちらほらと見える。かく言う私も衣替えは既に済ませており、少し前から半袖の制服に身を包んでいた。半袖のおかげで、稀に吹く涼しい風の恩恵を享受できるというのは良かったが、それを差し引いてもやはり半袖には慣れない。
(肌を晒すのは、あまり好きじゃないんだけど)
肌が焼けてしまう、ということもあったが、一番苦手なのは他人に肌を晒すという点だ。人よりも幾分か体のつくりが違う、という自覚はあった。それは、成長が人よりも早いとかではなく、単純に体の長さが人とはかけ離れているということだった。
つまり、分かりやすく言うと、――私は人よりも手足が長いのだ。それこそ、自分のサイズに合わせた夏服だと、二の腕のあたりが露出してしまうほどに。一つ大きいサイズの夏服を試してみたが、どうにも体に合わない。
だからこうして自分のサイズに合わせたものを着ているんだが、それでも視線というやつは気になって仕方ない。半袖だと腕の長さが強調されてしまうから、多くの人の視線を集めてしまうのだ。だから、夏服は少し苦手だ。
そんなことを考えていると、聞き慣れた声で、後ろから呼びかけられた。
「せんぱーい!おはようございます!」
「……おはよう。朝っぱらから元気だね、君は」
「だって、ようやっと夏服着れたんですよ!もうすがすがしいのなんのって!」
冬服だろうが夏服だろうがお構いなしに制服を着崩し、素肌を露出させているせいでいつもよりも分かりやすくなっているのに関係ないと言わんばかりにアクセサリーを身につけた生徒指導室常習犯の後輩は、私の目の前に回り込んでにこりと笑った。
その顔がムカついてデコピンを一つ飛ばし、「あいてっ!?」という間抜けな声を上げる後輩を放っておきながら、私は歩を進めた。
「ちょっとちょっと、ひどくないですか~?」
「……なに?」
「だって、ほら、折角後輩が夏服おろしたっていうのに、何にも感想なしなんですか?」
「私が君を褒めても何にもならないし気持ち悪いだろう」
そう言い切ると後輩はぶーぶーと口に出して文句を垂れてくる。それを跳ね除けながら学校前の最後の坂を登っていく。
「いやー、それにしてもようやっと暑さから解放されました」
「まだ夏は終わっていないし、それに君が夏服を着れなかったのは初日に水溜まりに足を取られて転んだからだろう」
「えへへ。その際はご迷惑をおかけしました」
「いや、むしろ君が転んでくれてすっきりしたね」
「ひどくないですか!?」
そんな風に騒いでいると、すぐに校門が見えてくる。さてもうひと踏ん張りというところで、後輩が足を止めた。どうやら校門の方を見て、しまった、とでも言いそうな表情をしている。
(……なるほどね)
後輩の視線を辿ってみれば、その先には教師が一人立っていた。生活指導の教師だ。そういえば今日は風紀検査の日だったっけ。
もう一度後輩を見る。ピアスは空けているし、ネックレスもしている。制服はボタンがいくつか留まっていないし、もう言い訳のしようがないほどめちゃくちゃだった。
「……先輩、学校さぼっちゃ駄目ですかね?」
「大人しく捕まりなさい」
「やだやだやだ~!だってあの先生怖いんですよ~!?」
「君が校則違反しているからだろう」
「だって、しなかったら自分が自分じゃなくなっちゃいますよ!?」
駄々をこねて大声を出す後輩に思わず呆れる。どうやらその声は教師には聞こえていないようだったが、時間の問題だろう。
「……仕方ないな。ん」
そう言いながら手を出す。後輩はその手と私の顔を交互に見た。頭の上にはてなマークが見えるようだった。
「今外せるもの外して。持っててあげるから。私はいつも素通りだし、カバンにでも隠していたらばれないだろう」
「え、きゅん……先輩優しい……!」
「気が変わった。やっぱり没収されなさい」
「ひどい!!」
そんな言い合いをしながら、後輩からアクセサリーを預かり、慎重にカバンに入れた。「ボタンもちゃんと留めなさい」と言うと、後輩は渋々身だしなみを整え始めた。
そのまま教師の前を通る。
「おはようございます」
「おはようございまーす!」
私の隣で自信満々に挨拶をする後輩を教師は注意して見て、「今日はつけてないんだな」「たまには何もつけない日もありますよ!」「たまにじゃなくて常にアクセサリーを持ってきてほしくないんだが」などと会話を交わして、無事に下駄箱まで通された。
「ありがとうございます先輩!」
「……あの様子だったら、そこまで注意されなかったんじゃないのかい?」
「注意されなくても生活指導室に行くはめになっちゃうじゃないですか。折角先輩と一緒なんだから、もうちょっとお話してたかったんです。……どうですか、可愛い後輩でしょ?」
「いや、うざい」
「そんなぁ~」
アクセサリーを返すと、後輩はすぐに付け直した。それからボタンもいくつか外してしまった。
「君はなんだ、露出癖でもあるのか」
「それはないですけど……制服って堅苦しいじゃないですか」
「夏服は割と着易い方だろう」
「じゃなくて、ルールに縛られるのが嫌なんです。というより、他の人と一緒なのが嫌っていう感じですかね?」
「私に聞かれても困るよ」
廊下を二人で歩く。やっぱりこの後輩はよく目立つな、なんて思いながら歩いていると、私の教室にたどり着く。
「じゃあ先輩、また」
「ああ、またな」
そう言って、後輩は私の教室を通り過ぎ、ふと思い出したように立ち止まった。
そのままこちらへ振り返る。
「先輩!」
「なに?」
「先輩の肌、綺麗ですね!夏服似合ってますよ!」
「――うるさいな、早く教室に行きなさい」
「は~い」
にこりと笑顔を見せて、手をぶんぶんと振り、後輩は自分の教室に向かって行った。
それを見届けてから、ぷい、と顔を逸らす。
「暑いな、今日」
熱を冷ますのに、しばらく時間がかかりそうだった。