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12 フルーツオレ先輩とコーヒー後輩

最終話です。そんな劇的な展開とかはないです。


 窓越しに見える外の景色は、太陽の反射光のせいでその大部分が白んでいたが、いつも通りの物寂しさがあった。商店街や駅前から少し離れた通りだから仕方はないと分かっているが、それでも閑散としすぎではないかと思えるくらいだった。

 初夏を過ぎ、本格的な夏が始まる直前といった具合の季節。日が直接当たる外よりはマシだが、店内も十分に暑い。扇風機によって暑さが和らげられているが、猛暑は乗り越えられないかもしれない。


「ごめんくださーい」


 からん、とドアベルが鳴った。聞き馴染みのある声に顔を向けると、明るめな色に染めた髪がまず目に映った。ほどよく着崩した制服に、首からはネックレスを提げ、手首にはブレスレットをつけている。初見ではまず関わりたくないであろう人物だが、見慣れてしまった今ではむしろ安心するくらいだった。


「あ、先輩!遊びに来ました!」

「……一応、バイト中なんだけれど」

「お客さんいなくて暇でしょう?」

「失礼だな」


 私の後輩は、カウンター席に腰掛け、手慣れたようにカバンの中身を広げ始めた。カバンをひっくり返して筆箱を探し始めた後輩に、「注文は?」と聞くと、すかさず「いつものやつで!」という返事が返ってきた。

 バックヤードに足を運ぶと、ちょうど店主と目が合う。店主がコーヒーミルを用意し始めたのを見て、私はカウンターに戻った。

 目の前では後輩が参考書を開いて早速苦い顔をしている。どうしたのかと見てみると、確かに厄介そうな問題文が載っていた。


「ねえ、先輩」

「取り敢えずコーヒーができるまでは自分で頑張ってみなさい」

「……はぁい」


 ごり、ごり、とコーヒーの豆が挽かれる音が聞こえてくる。後輩の唸る声が止み、非常に遅々としてはいるものの手が動くのを見て、私は頬杖をついた。

 店主が老後の趣味として始めたこの喫茶店は、店主の馴染みが来る時はあるが基本的には閑散としている。そんな店を散歩で見つけてから、大学からの帰りにここに寄るのが日課になった。色々あって現在はバイトとして店番をすることになり、勉強する場に困っていた後輩はここでなら私に勉強を見てもらえると押し掛けてきたのだ。


「できたよ」

「あ。ありがとうございます!」

「どうぞごゆっくり」


 店主が淹れたコーヒーをカウンターに置き、再びバックヤードに戻っていく。腰が悪い店主は普段はバックヤードで読書をしており、基本は私が店番をすることになっていた。

 後輩はコーヒーを口に運び、ほう、と一息ついてから再び鉛筆を握った。どうやらしばらくは私の手助けはいらないようだった。


「大丈夫そう?」

「もうちょっと頑張ってみやす……」

「変な口調だね」

「そうでゲスか?」

「そうでゲスよ」

「……先輩には似合わないですね」

「君にはよく似合うな」

「へへっ……」

「褒めてない」


 そんなやりとりをしながら手元の紙パックにストローを刺し、口をつける。果汁と牛乳の混ざった味わいが口の中に広がり、その甘さを楽しんでいると、不意に視線が気になった。


「先輩、それ、フルーツオレですか?」

「そうだけど」

「いいんです?ここ一応喫茶店でしょう?」

「許可は取ってる」

「えー、本当ですかぁ?」

「嘘つく理由がないだろう。ほら、それより手が止まってるぞ」

「はーい」


 後輩の視線が参考書に落とされる。耳元のピアスがきらりと光っている。真面目に勉強するようになったが、校則を守る気は相変わらずないようだった。

 卒業式から、私たちの間の関係はほとんど何も変わっていない。先輩と後輩。よくしゃべる間柄。休日は一緒に遊びに行ったりもする。ただ、後輩が学校をサボる頻度は減った。そして、フルーツオレをあまり飲まなくなった。逆に私はコーヒーを飲まなくなった。なんだか、後輩と飲み物を交換したような気持ちだった。


「ねえ、先輩」

「なに、後輩」

「ここなんですけど……」


 そう言って後輩が鉛筆で分からないところを指し示した。それに対していくつか考え方のヒントを与えてやると、独りで納得したかのように頷いて、また手を動かす。たまに後輩がふざけて、息抜きが始まる。それの繰り返し。静かな時間と賑やかな時間が交互に現れるこの空間が好きだった。

 そこまで考えて、ふと気付く。高校を卒業しても、結局私は後輩と一緒にいる。大学でも多少の友人はできたが、それでもなんだかんだ後輩といる時間の方が多いだろう。後輩も友達は多いだろうに、私との時間を多く取ってくれていた。


「ねえ、後輩」

「何ですか、先輩」


 後輩が顔を上げる。視線が合うと条件反射の様に浮かぶにこりとした笑み。それが好きだった。

 きっと後輩とは長い付き合いになるだろうと思った。長い付き合いにしていきたいと思った。だから、一言だけ言おうと思った。


「……やっぱり何でもない」

「え!?ちょっと、そこで止められたら気になりますって!」

「ごめん。やっぱり気にしないでくれ」

「えー、何言おうとしたんですか!?」


 冷静になって、やっぱり恥ずかしくなった。

 末永くよろしく、なんて、まるでプロポーズみたいな台詞で、まだ早いな、と思った。


ここまで読んでくださってありがとうございました。気まぐれに、何年もだらだらと更新して、取り敢えずの区切りまで来ました。ずっと読んでくれた人がどれくらいいるかは分かりませんが、もし何年も待ってくれていた人がいるなら、感謝してもしきれません。また、そうじゃなくても、この作品を読んでくれたというだけでとてもうれしいです。本当にありがとうございました。

さて、これで一応先輩と後輩の話はおしまいです。気が向いたらまた何かこの二人で書くかもしれませんが、あんまり期待しないでください。

二人の細かい設定とかは色々あるんですが、そこまで詳しく書かなくてもいいだろう、と個人的には思っています。描写不足な部分や、単純に構成が下手だったりで意味が分からない部分もあると思いますが、皆様の脳内で補完してくれると助かります。

色々思うことはあるのですが、それは活動報告やXなどに載せることにします。とにかく、読んでくれてありがとうございました。

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