08.地下室の邂逅(2)
「それで、あたしがきみに会ったってのは三十三日前なの? 二年前なの?」
鶏肉にかぶりつきながら、あたしは一番気になっていることを訊いた。思い出そうにも時期があいまいでは推測しようがない。
「もーいーよ。忘れちまったんなら。あの日のことなんか、あんたにとっちゃあその程度のことだったんだろうよ」
すねたように、ふいっとむこうを向いてしまった。
樹葵には確かにどこかで会ったことがあるような、なつかしい雰囲気を感じないでも無いのだが、それは彼の持つ人なつっこい雰囲気のせいという気がする。
あたしは話を変えた。
「このお屋敷に紫蘭って人いるの?」
樹葵はそっぽを向いたままだ。すねちゃったよ、この人……
「じゃあ摩弥は?」
あたしは重ねて尋ねるが樹葵は黙ったまま。これはまずい。広い屋敷の中を長い間さまよい歩き、やっと巡りあえた住人である。紫蘭のことも摩弥のことも、知る人は彼しかいない。
ややあって、彼は口を開いた。
「俺の質問にきみが答えられたら、俺もきみの質問に答えてあげる」
「おっけー」
「じゃっじゃ~ん。第一問!」
なんのノリなんだ……? まあ何はともあれ機嫌は直してくれたようだ。
「俺の背が低いのはなぜだと思う?」
「さあ…… こんな日当たり悪いとこで寝起きしてるからじゃないの?」
「あそっか」
言ってしばらく緑の瞳を天井に向けていたが、
「でも俺、ここに来てからまだちょうど二年くらいだけど……?」
首を傾けるとウルフカットにした銀髪がさらりと揺れる。「それに一日中この部屋にいるってわけでもないし」
するとご飯をかっこんでいた夕露が口を挟んだ。
「でもちょっとでも多く太陽を浴びたほーが水と二酸化炭素で栄養つくって大きくなれるんだよ」
夕露、もしかして光合成のこと言ってるのか?
「あそっかー。人間も植物も同じ地球上の生物だもんな。なんかかんどーだな」
樹葵は感動している。
「かんどーだね~」
なんでこんな会話が成立しちゃうんだ! 夕露と樹葵、恐るべきコンビ!
「あ、そんなわけで玲萌、この屋敷に紫蘭はいるよ。この食事も紫蘭の手作りだかんな」
おお。ちゃんとこちらの質問に答えてくれた。夕露の光合成説に納得したか。
凪流曰く不良っぽいという紫蘭が手料理なんて、意外である。
「じゃあ、第二問お願い」
「おっけー。じゃっじゃ~ん」
「ねえ樹葵くん」
いきなり夕露がさえぎる。なんなんだ、もう。早く摩弥のこと聞きたいのに。
「なんで樹葵くんはこんな地下室で寝起きしてんの?」
「んー そーだなぁ……
この部屋に二人の思い出がたくさん詰まっているからさ。あの夜もあの涙もあの契りも、皆この部屋が舞台だった……。俺がこの屋敷に住むようになってからの二年間、死を決意した瞬間でさえ、この部屋は俺を見守り続けていたんだ。そして三十三日前のあの運命の転換さえも…… ああ、俺の中では全ての物語がすでに幕を閉じてしまったも同然。この地下室はその舞台で……(以下延々とポエムが続く)」
そのとき遠くから階段をかけ下りる足音が近付いてきた。
箸を持つ手が一瞬止まる。
「今度こそ紫蘭……?」
「でひょーかぁ?」
まだ喋り続けている樹葵を無視して、筍を頬張りながら問い返す夕露。
せわしげな足音が次第に近付き――
それはぴたりと止んだ。
――思わず身構えるあたしと夕露。
緊張がはしる。
――沈黙――
そして………………
「くっ?」
大きな「気」、次いで目を焼き尽くすほどの閃光、耐え難いほどの灼熱感。
一瞬の間をおいて、壊れた扉の斜め後ろから人影が躍り出る。身長の一.五倍はあろうかという長い棒を携えて――。
夕露が背に負う金棒に手を掛けたとほぼ同時に、後方から樹葵が飛び出す。
かんっとかたい音が響いた。
「いてぇや……」
情けねー声を出す彼。
見れば、彼は右腕で女の繰りだした棒を支えていた。
白い腕を流れる一筋の鮮血。――腕の外側に並ぶ鱗で受け止めたようだ。
「なに考えてんだよ紫蘭! 俺まで火だるまにする気かよ!」
「なるほど。冷却結界を張ったのはおまえだったか」
気付かなかったが紫蘭が現れると同時に、樹葵は結界を張っていたらしい。かなり魔道に通じてると見た。
「ふざけんないっ! あやまれよな、血が出ちゃっただろ」
「うわぁっ、血は嫌いだっ!」
棒を手放し飛びすさる紫蘭。
からんと音を立てて転がるそれを拾い上げ、樹葵がぼやく。
「こんなもん持ってきちまって。明日っからどこに洗濯物干すんでい」
「とっ、とにかくあたしの邪魔をしないでくれよ。炎術のことは悪かったから」
「物干し竿もな」
釘刺す樹葵は聞こえぬものにして、彼女はあたしたちのほうへ向き直った。
たすき掛けした袖と、女だてらにからげた裾から、日焼けした手足がすらりと伸びている。凪流の言っていたとおり逆立てた金髪の根本が黒かった。
「樹葵はどっか行ってろ。あたしは久しぶりに一戦するぞぉ!」
黒い瞳が、喜びと期待に爛々と輝く。どうやらかなりの「魔術戦好き」らしい。
あ~~~~ あたしは和平交渉が目的で来たってのにっ!
ふと夕露をかえりみれば、彼女、再びランチタイムに戻っていたりする。
「ちょっと待って! 紫蘭さん!」
「問答無用!」
「だって戦う理由なんてないじゃない!」
「扉破壊と食物略奪で理由はじゅーぶんだろう! おまけに不法侵入もつけようか?」
あー イタイぜ………………
「とにかく理由は二の次だ! さあ、手合わせ願おう!」
興奮あらわに叫んで、呪文を唱えだす。
「翠薫颯旋嵐……」
説得は無駄みたいだった。
「……我が意のままに駆けよ!」
「臨兵闘者皆陣列在前!」
あたしはほぼ反射的に叫ぶと同時に、指で宙に縦四線、横五線を描いた。そして両手を斜め前方に突き出す。
しうっ…………!
音にはならぬ風の叫び声が室内を旋回し、あたしの魔力結界にぶちあたるつど相殺しあう。
「全てを呑み込めっ!」
だが紫蘭の、呪文とも思えぬ無茶苦茶な呼びかけに応じ、旋風は再び激しさを取り戻した。
――こいつ強いっ!
あたしは次第に弱まる結界を維持しながら、攻撃に転ずることを決意した。
「翠薫颯旋嵐、無波無嵐、鎮抑静心、悪夢より醒め、あるべき姿へ帰し給え!」
とりあえず、彼女の術を無効化させてもらう。
「あたしの風を消したのか? ……あんたすげーや!」
「紅灼溶玉閃、炎舞回旋、我が敵影を核とし廻り給え!」
続けて唱えたあたしの呪文に応じ、石盤むきだしのままの床に紫蘭を囲むように炎の輪が出現する。輪は次第にその半径を狭め、円の中心――紫蘭へと向かう。
「紫蘭、あたしの話を……」
「破っ!」
紫蘭が気を吐く。
――と同時に炎の輪があろうことか、あたしのほうへ進行方向を転じ迫ってくる。
「うぎゃあっ!」
すんでのところで飛び越えるあたし。
「あだ」
どんがらがっしゃ~~ん!
どーやらあたしの陰でランチタイムを決めこんでいた夕露が直撃を受けたようだ。
「炎舞回旋の脅しなんか効かないぞ。本気でかかってこい、本気でぇ!」
嬉々(きき)として叫ぶ紫蘭。印を結び呪文詠唱に入る。
あたしは内心舌打ちしていた。ここは地下室なのだ。強いのブッ放って上の建物が崩れでもしたら――。
だが今は起こり得るかどうか定かでない危険より、目前に迫った危機の回避を優先すべきだった。あたしは呪文を唱える。
「紅灼溶玉閃、願わくは其の血と等しき色成す烈火を以て……」
――ヤバイっ! 間に合わない……!
「我が敵影、燠とせん……」
――来るっ
「うわああああぁぁぁ…………」




