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07.地下室の邂逅(1)

 昼なお薄暗い地下室に、天井近くの小さな窓からいく筋も、初夏の陽光がこぼれている。

 石の床には毛足の短い絨毯が敷かれ、部屋らしく整えられていた。中央には木製の卓と椅子が二脚、奥の壁際には天蓋付きの寝台も見える。

 卓上には舶来品とみえる燭台が置かれ、ゆらめく灯に照らされているのは匂いの根源、料理の数々!

「あんた…… 玲萌じゃんか! ちゃんと来てくれたんだな!」

 あたしが地下室に足を踏み入れるなり、奇異な姿をした少年が椅子から立ち上がった。

 初対面の相手に名を呼ばれ、あたしは思わず立ち止まる。

「なんであたしのこと知ってんの?」

「えっ、だって―― 三十三日後に会うって約束したじゃんか。だから来てくれたんだろ?」

 少年は、子猫を思わせるつり目に不安の色を浮かべた。燭台の炎が、彼のエメラルドグリーンの瞳の中でゆれている。銀髪からのぞくのはこうもりのようなとがった耳。麻だろうか、粗い生地で織られた袖のない丈短の着物から細い手足をぬっと出して、今の季節には少々寒そうだ。その両肩からは二つに枝分かれした角がはえ、白蛇のように青白い(うろこ)におおわれた前腕からは、ちいさな翼かヒレだかが生えている。

 ――何の役に立つんだろう、などとゆー感想はおいといて……

「ちょっと待ってよ。約束ってゆーか、そもそもあたし三十三日前にきみに会ってさえいないよ?」

 こんな特徴的な見た目の奴を一ヶ月で忘れるはずがない。

「あいや、あんたにとっちゃあ二年前だったんだ」

 意味不明なことを言い出す。

「なんだそれは。なんであんたの三十三日前があたしの二年前なのよ」

「忘れちまったんかい? だってほら――」

 言いかけて夕露のほうを気にかける。知られてはまずいことがあるような素振りだ。小声で、「あれを使ったんだから」

 あたしには通じると思っているようだが、夕露同様、何のことやらさっぱり分からない。

「あれって?」

 少年はもろに返答に詰まった。しばし沈黙していたが、やがて怪訝な面持ちで、

「それじゃあ、もうひとつの約束も忘れちまったんかい?」

「……ほかにも何か、あたしはきみと約束していたの?」

「うん―― でも今はまだいいや。ひとりでもう少し、ちゃんと考えるから」

と、真面目な口調で言われて、何も思い出せないのが気まずくなってくる。

玲萌(レモ)せんぱ~い」

 扉の残骸を動かしていた夕露(ユーロ)、「この扉、押すんじゃなくて引くみたいですよぉ」

 マジ……?

「そーだよ。俺、鍵なんかかけてないもん」

「しかも玲萌(レモ)せんぱぁい、これ紫蘭(シラン)~?」

 ああ! 一番聞かれたくなかった一言!

 夕露(ユーロ)は彼を指差して、

紫蘭(シラン)は背が高いって凪流(ナギル)せんぱい言ってたけど、この人どっちかっつーとチビじゃん」

「なっ!」

 少年は夕露の言葉に叫び声をあげた。

「あのガキが俺をチビとゆったぁぁぁぁ」

 どーやら気にしているらしい。彼の名誉のために付け加えておくと、夕露のほうがよっぽど背低いけどな。

「あの妖怪があたしをガキとゆったぁぁぁぁ」

 なんかこいつら二人、気があうかもしんない。あたしはひたすら疲れるけど……

 床の上でおーげさなリアクションしていた少年はとーとつに跳ね起きると、つかつかとこちらへ歩み寄り、あたしの右手を握った。

「俺、あの日名前も言わなかったよな。(たちばな)樹葵(ジュキ)ってんだ」

 あの日、とは彼があたしに会ったと主張している日のことだろう。

「ねーねー樹葵(ジュキ)くん、お食事もらってもいーい?」

 さっそく夕露(ユーロ)が尋ねる。

「一口だけだぞ」

 けちなこと言う樹葵(ジュキ)。卓上に並ぶ料理は明らかに二~三人前ある。

「こんないっぱいひとりで食べるわけ?」

 つっこむあたしに、

「俺はいっぱい食べていっぱい大きくなるんだもん」

「マッチョはモテないよ?」

 あたしの言葉を無視して、

「そこの黄色い髪がくしゃくしゃしてるガキ」

夕露(ユーロ)だよっ!」

 樹葵(ジュキ)の呼び掛けに、肉団子を頬張ったまま魚をほぐしていた夕露(ユーロ)が抗議する。

「それ以上丸くなってどーするんだ?」

 チビ呼ばわりの恨みをしっかり晴らす。

「ひっどぉぉぉぉぉぉいぃ!!」

 夕露(ユーロ)激昂(げっこう)した。無理ない。夕露(ユーロ)はほんわか色白で、雪見だいふくみたいなのがかわいいんだから。

 二人のやりとりを横目に、あたしは大きな湯のみ茶碗になみなみとつがれたお茶をひとくち――あ。ぜんぶ飲んじゃった。

「あああああっ!! 玲萌(レモ)せんぱいとっといて下さいよーっ! あたしのぶんもーっ!」

「おいおい! それ、はじめっから俺のだぜー!」

 そうしてあたしたちは、なんとかタダ食いにこぎつけたのだった。

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