04.昼下がりの誘拐事件(3)
空き地をあとにしてしばらく歩くと、建ち並ぶ民家は次第に田んぼに代わっていった。若い緑がやわらかい風に揺れている。あぜ道の右手は勾配が多く、田畑より雑木林が多い。やがて急な斜面を描いて盛り上がり、小さな丘を形成する。この丘の上に建つ廃墟の城が、凪流が連れてゆかれた紫蘭の館だった。廃墟の古城に住みつくあたり、とことん怪しい。
ぬけるように青い初夏の空は高く、時々思い出したかのように現れる低い家を見下ろしている。
「玲萌くん、きみ僕たちの旅の目的、理解してます?」
あたしと夕露の会話が途切れてしばらくすると、先を行く凪流がムカつく口調で尋ねてきた。
「卒業試験を無事終えること」
あたしは即答してやった。
……どーせこいつのことだ。興味本意で、夕露誘拐未遂事件の真相など突き止めにいく場合ではない、などとぬかすつもりなのだろう。まあ彼が無一文になったことを考えれば当然の懸念だが。
とはゆえあたしは、中途半端で事を終えてしまうなど、大嫌いである。知りたいもんは知りたい。夕露なんか欲しいと思う奴――ただの世間知らずか変態か、会ってみたいこと、この上ない。
乾いたあぜ道を右にそれる。見上げた新緑の中、のぼり坂が続いている。
「玲萌せんぱい、卒業試験ってなんですか」
横から夕露が、着物の袖を引っ張る。道幅は広く、悠に二人並んで歩ける程だ。
「あんた、それも知らないでついてきたの?」
「だってぇ、時間をあやつる魔術の練習してたら間違ってお母さんの真珠の首飾り、もとの貝に戻しちゃったんだもん。だから、家出同然で……」
「はいはい。
卒業試験ってぇのは、王立魔道学院卒業資格を取得するための最後の試練でね、三回生の夏休み前にやる修行なのよ。あんたも来年は受けるんだから」
あたしは溜め息混じりに言葉を続ける。
「学院の決めた二人組で行かなくちゃなんないんだけど……」
あたしの挙動に余計な心配をしまくる先生たちのおかげで、あたしは凪流なんかと組まされてしまったのだ。どうやら『生活態度はいまいち』と思われているあたしにひきかえ、凪流の奴は『まじめな良い子』らしい。腹立つぅ。成績はあたしのほーがいいのに!
「そう。僕たちが学院から言い渡された試練は、葦寸の洞窟の奥にある魔術剣をとってくることでね。その剣が卒業の証明にもなる」
「柄に鳳凰が付いてるのと龍が巻きついてんのがあるんだって」
「僕はよく鳥を召喚するから、鳳凰の剣を手に入れたいなあ。きみは龍のほうでどうです?」
ここだけの話、凪流の呼ぶ鳥など飛べる鶏以外の何物でもない。どでかいぶん、食いでありそーだけど。
「とはいっても僕たちに魔術剣なんてあまり必要ないですよね」
「なんでぇ?」
と首をかしげる夕露に、凪流が解説する。
「ほら、夕露くんも後期になったら選択技能というのが入るでしょう。そこで、剣技を選択すればいいんですが……。僕は召喚魔術だったし、玲萌くんは創作魔術やってたし」
二回生の前期までは初歩的な攻撃魔術と極簡単な回復・日常魔術しか習わないのだが、三回生になると、魔術剣を扱う魔術剣技・召喚魔術・本格的な回復魔術・創作魔術の四つの中から選択できるのだ。ここに攻撃魔術が含まれていないのは、平和なわが国には現在不要だからである。
魔術とは呪文・結印(指先を種々の形に組み印を結ぶこと)・魔法陣などを用いることによって、自然の力を人為的に引き出すもので、攻撃魔術はその作用が大きく、日常魔術は小さい。
殊に回復魔術の場合は引き出される能力が他と異なり、生体の自然治癒力・免疫力となる。これは極初歩的な魔道医学といえなくもない。
ちなみに、召喚魔術とは大地に働きかけ強い重力を引き出し空間を歪ませることにより、術者に有利なものを別の次元から呼び出す魔術のことを意味する。
あたしが創作魔術を選択したのは、新たな魔術を組み立てるために必要な魔術理論の知識を吸収したかったからだ。自分で術を創りだす能力を手に入れて新たな術式を組み立てられれば、習っていない強力な攻撃魔術を生み出すことも可能になる。
「きゃあぁぁぁっ! 玲萌せんぱいっ! たすけてっ!!」
重なる枝の向こうに紫蘭の館が見え始めた頃、突如響いた夕露の悲鳴にそちらを振り向けば、雷系の術で夕露を拘束し、飛行術で逃げだす凪流の姿。
あたしに旅の目的を理解しているのか、などと聞いておきながら、まだ紫蘭とかゆー女の依頼に忠実になり、このあたしを裏切るとは……。
「紅灼溶玉閃、願わくは其の血と等しき色成す烈火を以て、我が敵影、燠とせんことを<」
あたしは急ぎ呪文を唱えると、夕露を抱え上空をふらりふらりと飛行する凪流に焦点を合わせ、術を解き放つ。
しかしその瞬間。
凪流がふらりと下降したのが確かに見えた。あたしの炎術はむなしくも、遥か彼方、虚空へと消え去るのみ。
偶然か? などと思ったその時、彼は自ら呼び出したであろう召喚獣(ひとことでゆーとヘンな鳥)の上にどさりっと着地――とゆーより落っこちる。
「はっはっはっ。玲萌くん、僕が二度もきみの術にひっかかるとでも思ったのかい? 二度も夕露くんをさらわれてしまうきみとは違うんだよ、僕は」
遠目にも妙に長いまつげと、きらきらのコワ~イ瞳ばかりが目立つ鳥が、ひたすら羽をばたつかせるのも、ものともせず、くそえらそーに言い放つ。
あたしは凪流の軽口にもめげず再び術を完成させ――
「我が敵影、燠とせんことを!」
再び炎が凪流に迫り――
――かおぉぉぉん!
「ぅそおぉっ」
あたしは思わず声をあげた。
あろうことか凪流の呼び出したあの鳥、奇怪な叫び声をあげたかと思うと、あたしの放った炎を鵜呑みにしたのだ。
くそっ、とさか生えてるくせに並の鶏じゃあなかったか。
「はっはっはっ。僕の愛鳥『天翔け』には勝てまい。…………」
また凪流の口上が始まるが、あたしは耳をかさずにちょっと考える。
魔術を吸い込むとは厄介な奴を出してくれたものだ。
ある程度の限度はあるのだろーが、ンな強力な術一発、夕露も凪流もケシズミに~♥ などとゆーのでは話にならん。
だがそのとき。
がぎんっ!!
――どさどさっ
え……
一瞬の状況の変化にあたしは立ち尽くす。
たった今あたしの見上げる目の前で、凪流が後ろに倒れこみ、次の瞬間、鳥が消えると同時に上のふたりは落ちていったのだ。大地へと。
慌ててふたりの墜落した茂みのあたり――今あたしのいた場所からは死角であった――に走りよる。
木影からあたしが顔を出したとき、夕露がちょうど立ち上がった。
「夕露っ?」
彼女はにっこり微笑むと、右手に握った金棒をぐるんぐるんと回してみせる。夕露が常にかついでいるこの金棒、ろくに魔術の使えない彼女にとって、唯一にして最強の武器である。非常に重く、十四才の少女が扱えるものとは到底思えないが、そこは夕露である。彼女のチカラに常識など通用しない。
「でもあんた、凪流の術で動けなかったはずじゃあ……?」
「あまいですよぉ、玲萌せんぱいにしちゃあ。あのくらいの電気ショック、気合い入れれば振りきれるよぉ?」
う……うそぉ……
「気絶したふりしながら凪流せんぱいの隙をうかがってたんだ♪」
と、笑顔を見せる。「あ。紫蘭の館、すぐそこですね。行きましょうか」
「路銀のために友を裏切るよーな奴は捨て置いてね」
くさむらに倒れ伏した凪留に目をやりつつ言うあたし。
……そーいえば、夕露も一緒に地面に激突したはずなのに……やっぱこいつ、強すぎる……
「それではしゅぱ~つっ!」
あたしの胸のうちの小さな畏怖の念など気付くわけもなく、夕露は元気に拳を空につきあげたのだった。




