35.誰かのせいでまた一難!
なんとか元通り、鳥の背に腰かけて――
「まだ魔術、習い始めて三年だもんな~。いざってときに使えないのよね~」
言い訳するあたしに、
「それじゃ意味ないじゃん」
あっさりつっ込む樹葵。自分も気付かなかったくせに。
「あたしまだ二年なのに気付いたよ~、すごいでしょ」
夕露はふんぞり返った。
「えらいえらい」
樹葵が夕露の丸まった黄色い髪を、くしゅくしゅと撫でてやる。
「でもとにかく、みんな無事で本当に良かったな」
安堵の笑顔を見せる紫蘭に、小さく摩弥の声が重なった。
「何が『みんな無事』なのよ……」
彼女も今は、くちばしの中ではなくあたしの隣に座っている。
「みんな―― あんなにたくさん死んでしまったのよ」
摩弥は実験動物たちのことを言っているのだ。
「全ての元凶はわたしなのに、わたしが生き残ってあの子たちを犠牲にすることになってしまった」
人為的につくられた命、ごく小さな生物の命だったとしても、紫蘭の屋敷が炎上して一体どれほど失われたろう。無事だったのは人だけ。シャーレや試験管から出ることの出来ない実験生物たちや移動できない植物たちは、炎の中で天へと昇華してゆくしかなかったのだ。
「なあ――」
樹葵が口を開いた。
「あいつら摩弥に愛されてたんだからさ、あんな最期だったけど成仏できると思うよ」
「それを願うわ……。わたしの研究成果も全て消えてしまったけれど」
「なんだよ、俺が残ってるじゃんか」
「そうね…… おまえがいてくれるんだものね……」
摩弥は静かな眼差しを樹葵に向けていた。「それに実を言うと、生命を生み出したり時空を操ったり、わたしが宇宙の想像主になろうとする研究は潮時だと思っていたの。わたしが魔道医学の中に『本当の事』など求めたばかりに、これほどたくさんの命を犠牲にしてしまったわ」
「そうだよ、摩弥さま」
紫蘭が話に割って入った。「あいつらの犠牲を無駄にしちゃ駄目だぜ。もう樹葵を泣かせるようなことはすんなよ」
「俺、泣いてなんかいねーよ」
樹葵がぷいとそっぽを向いた。
鳥に指令を出していた凪流が、
「着地しますよ」
とあたしたちに告げた。
「斜原湖のほとりだな」
眼下に広がる青い木々と水を見下ろしながら、己稲が呟く。
あたしはずっと胸に引っ掛かっていたことを伝える気になった。
「摩弥、樹葵は心変わりなんかしてないよ。それに、苦しめただけだなんてそんなこと絶対ないと思う。樹葵は一月前よりずっと大人になってるもん」
「もしかしてあなた――」
摩弥は時の秘密に気が付いた。「そういうことだったの……」
「そゆこと」
あたしもにっこりと微笑み返す。
樹葵がすねたように、
「もう『なんで生まれてきてしまったんだ』なんて言うなよ。折角俺がいんのにひでぇじゃんか。俺と同じ世に生まれてきたってだけで、めちゃめちゃついてんだぜ」
と言うと、摩弥はふと笑った。
「紫蘭、玲萌、それからおまえらも、みんなついてんだぜ。俺に感謝しろよ」
あたしも紫蘭もあきれ返ってツッコミ不在になる中、振り返った凪流が冷静な声で、
「樹葵くん、立ち上がらないでください、落ちますよ」
『天翔け』は旋回しながら次第に高度を落としてゆく。
遠く山々を見つめながら、摩弥は幾度目かの溜め息をついた。「わたし小さい頃から世界が存在するのを恨んでいたのよね。なぜ小宇宙は大爆発を起こしたんだろうってずっと考えていたの。百四十億年前の大爆発がなければ、わたしたちは生まれてこなかったわけだから。あなたたちは知らなかったでしょーけど」
一言余分である。
「な~に言ってんでい、ばーっかでぇぃ」
樹葵が再び鳥の上に立ち上がる。「俺らが生まれてきたのは、生まれてきて良かったって思えるときのため。訳分からん大爆発が起きたのも、大爆発が起きて良かったな~って思える奴のためなんだよ」
樹葵が後ろの方に立っているせいで、鳥は重心が不安定になり、降下をやめてしまった。
凪流がにらみつけるが、いい気になってる樹葵は一向に気が付かない。
「樹葵―― おまえは変わったね」
と、摩弥。もし樹葵が二年前にも摩弥の問いに今のように答えていたなら、あるいは今回の事件は起こらなかったかもしれない。
「樹葵くん、いい加減に座ってください! 『天翔け』が困っています!」
「ちぇーっ、けちけちするない! 俺ぁ召喚魔術使わねぇから、鳥に乗って空飛ぶなんざぁそうそうない貴重な体験なんでい!」
「天翔け」はいよいよぐらつく。
「俺もこんなニワトリみたいんでもいーから、呼び出してみてーよ」
「きゅこぉぉぉぉぉっ!」
「あっ、『天翔け』が怒ってる!」
「なんだよっ、トサカがお洒落って褒めてやったんだぜーっ!」
いきなり「天翔け」が左右に揺れだす。
『きゃあぁぁあぁぁ!』
みんなの悲鳴が重なる。あたしも必死で白い毛にしがみつく。
「もしや僕たちを振り落とそーと……?」
「飼い主に似てんじゃねーの? この鳥」
樹葵ひとりが立ち上がっている。
「あーもぉ! 座んなさいよ樹葵! あとちょっとで着くんだから」
「余の辞書に不可能の文字はないっ!」
「いーから早く座れよ…… おまえ頭が一番軽いから吹き飛んじゃうぜ」
紫蘭のきつーい一言にもめげず、樹葵は両手を高くあげて叫んでいた。
「朕は国家なり~~~~っ!」
「なにあれ」
冷めた声で呟く夕露。
「極西の国のエライ人の名言かなんか?」
鳥の背に必死でしがみつきつつも、冷静に応じるあたし。しかも自分が国家になっちゃうオッサンは、辞書も引けないオッサンとはまた別だろ。
「摩弥、いいか? 俺らはみんな一人一人が宇宙の想像主って―― うわああぁぁ!!」
『ぎゃああぁぁああああぁぁぁぁ………』
全員の叫び声が重なる。旋回していた鳥の上で、いい気になって立ち上がってた樹葵のせいで、あたしたちは地上に真っさかさまに落ちていった。




