34.自爆装置(2)
今や銅鏡の放つ光は、目も開けていられぬほどだ。
――間に合うか?
「夕露くん、頼みます!」
「はいよぉ~」
己稲に支えられて立ち上がった夕露が金棒を構え――
「えいやぁ!」
地下室の天井をぶち破った!
続いて――
「とおぉっ!」
一階の天井!
「はあぁあっ!」
二階の天井!
そして――
「これで最後だ、てやんでぃっ!」
がっしゃーんっ!!
「外に出た!」
唐突に頭上がぶち抜ける。
広がる大きな大きな青空。そう、今は初夏だったんだ。
「助かった……?」
四つの天井のがれきにまみれ、己稲が呟いた。
「『天翔け』、頑張って! もっと遠くに飛んでくれ!」
凪流が叫ぶ。
渓山の山頂にさしかかる。山の向こうに一点白く見えるのは葦寸の洞窟だろう。
振り返れば紫蘭の屋敷全体が、昼の景色の中でも異様に明るく輝いている。
「まだ爆発しないねぇ」
鳥の背にしがみついたまま、いつもの呑気な調子で夕露が呟く。
「案外ハッタリとか。実は光るしか能の無い術だったとか」
白に近い銀髪をなびかせながら、樹葵が馬鹿なことを言う。
二人の会話に、みんながなんとなく落ち着いてきたとき――
どっくわああぁあぁぁぁぁんっ!!
耳をつんざくほどの大音響をあげて、紫蘭の館は大爆発を引き起こした。
同時に真っ赤な火柱が、青空に届かんばかりに立ち上がり、我々の飛ぶ上空まで熱風が吹きつけてくる。
「俺たちの家が燃える……」
「みんな、なくなっちまうんだなあ」
樹葵と紫蘭の声には、何かやりきれない淋しさが含まれていた。
――確かあの館って、建造に至った経緯や歴史が地域資料館に掲示されるような代物だった気が……
あたしは紫蘭の話を思い出しながら、大事な文化財じゃありませんよーに、と祈ることにした。
「皆、灰になる。形あるものはね」
己稲が低い声で呟いた。その声に違和感を感じたのか紫蘭が振り返った。「己稲…… おまえ、なんだか……」
目を隠していた己稲の長い前髪が風にあおられ、切れ長の両眼があらわになる。
「私は男だよ」
「うっわぁぁぁぁぁぁっ! 樹葵、知ってたか!?」
鳥から落ちそうにのけぞる紫蘭に、
「うん、俺は」
と後ろから樹葵がしれっと答える。
「あたしっ、おとといの夜っ、湯を使ったとき手拭い忘れて……、こいつに持ってきてもらっちまった!!」
「ありゃぁ、それはショックだねえ。俺が持って行ってやりゃあよかった」
樹葵、それでは何も変わらんぞ……?
紫蘭は己稲に向き直り、
「貴様、なぜあたしをだますようなことを!」
と詰問しだす。
「違うんだ、私は摩弥の……」
言い訳しようとした己稲を遮って、
「そーいや摩弥は?」
あたしは思わず身を乗り出した。
「忘れてた」
凪流が冷静な声で呟き、
「今死ぬところよ」
ぞっとするような暗い声が、くちばしの方から聞こえた。
ビビって鳥が一瞬、降下する。
鳥の首にしがみついていたあたしは、くちばしからぶるさがった摩弥の手を見て叫んだ。「しまった! 摩弥、鳳凰の剣持ってる!」
「ぬわにぃ!?」
後ろで驚愕の叫びを上げる樹葵。「頼む玲萌! 摩弥から剣を奪ってくれないか」
「分かってる!」
あたしは鳥の首に左手でつかまり、右手を摩弥の方へのばす。「摩弥、剣をよこすのよ!」
「渡すものか!」
摩弥は強い調子で呟くと、その刃を首筋にあてる。
「うわあぁぁ、やめて!」
あたしは必死で手をのばす。
あともうちょっとで、摩弥の握る剣のつかに届くのに…… あとちょっと……
もうちょっと……
届い――
「きゃああぁぁぁぁぁっ!」
一瞬のうちに、あたしの体は宙に放り出されていた。
「玲萌くんっ!」
『玲萌っ!』
「うわぁぁぁん! 玲萌せんぱ~い!」
皆が口々にあたしの名を叫ぶ。
一瞬状況が理解できなかった。
だが剣に手が届いたあの瞬間、確かにあたしの左手は鳥の首から滑り落ちていたのだ。
今やあたしは、抜き放たれた剣のつかに、右手一本でぶる下がっているだけだった。
そしてあたしの手のすぐ上を、摩弥が必死の表情で握っていた。だが彼女も片手で。鳥のくちばしに挟まれた摩弥は、それ以上動くことが出来なかった。
「手を離してはだめよ……!」
歯を食いしばったまま、摩弥があたしに教える。
「分かってる……。でも手に冷や汗かいて……」
ずるずると、次第に体が下がってゆくのが分かる。
恐る恐る足の下に目をやると――
鳥は既に葦寸の洞窟を越え、斜原湖の上にさしかかっている。
水の上ならば落ちたとしても助かるのだろうか? だがこの高さだ。湖の水深は……
怖くなるので考えないことにした。
皆が口々に何か叫ぶ中、、凪流は冷静な声ではっきりと言った。
「玲萌くん、摩弥くんの右手に両手でつかまりなさい!」
「でも、剣が――」
摩弥が剣を握ったままでは危険な上に、腕につかまるだけでは心もとなさ過ぎる。
「摩弥くん、剣を捨てなさい」
鳳凰の剣は凪流のものなのに……。
「……分かったわよ。
でもわたし、死ねなくなる……」
「この期に及んで何を言ってるんですか、君は! 僕たちが君を命を賭けて救ったのが分からないんですか? もういい加減、わがままはやめなさい!」
摩弥は凪流の言葉半ばで、鳳凰の剣を手放していた。あたしは既に、左手で摩弥の右腕にすがっている。
「これでひとまず大丈夫よ」
不思議なほどやさしく微笑んで、摩弥はあたしの右手をぎゅっと握った。
はるか下から、ぽしゃんと水音が響いた。
「次はどうすれば……?」
我ながら情けないと知りながら、凪流の指示を仰いでしまう。
「僕が手をのばすから――」
「ねーねー玲萌せんぱ~い」
鳥の尾の方から、夕露の間延びした声が届いてきた。
「あたしなら空飛ぶ術使えるよー、己稲ちゃんに教えてもらったから。玲萌せんぱい、助けられるよー」
――一瞬、その場にいる全員が凍り付いた。そうだ、魔術って手があったんだ。あたしら王立魔道学院の学生じゃん。
沈黙を破ってあたしは言った。
「ごめん。あたしも空中くらい飛べるんだった……」




