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33.自爆装置(1)

「これが封印――」

 地下室の一番奥。ただ捨て置いたように見せかけた、がらくたの後ろにそれはあった。

 仏像を納める石窟のように、壁にぽっかりと半円形の穴が掘られている。

 穴の奥に古びた銅鏡と、その前に交差させて立てかけた神剣(しんけん)。鏡を守るように張られたしめ縄と、それに貼られた護符。

 その前で、夕露(ユーロ)が金棒を握り締めて摩弥(マヤ)の振り回す鳳凰の剣を受けとめている。

 摩弥(マヤ)は剣など使えないのだろう、流儀も何も関係なく、ただ前に前に斬りつけてくる。だがそれに対する夕露(ユーロ)は防戦一本。夕露(ユーロ)摩弥(マヤ)の剣術などに苦戦しているのではない、彼女には戦う気がないのだ。摩弥(マヤ)を止めなければならない、だが傷つけたくはない、夕露(ユーロ)の困惑した表情から、それがありありとうかがえた。

玲萌(レモ)! 一体どうすれば……」

 走ってきたあたしに紫蘭(シラン)が声をかける。

「術は鏡に封印されてるみたいね」

「じゃあ玲萌(レモ)は鏡を守ってくれ。あたしは摩弥(マヤ)さまを止める」

 あたしが頷いたと同時に、夕露(ユーロ)が悲鳴をあげて倒れた。すねが浅く切れ、着物の裾が朱く染まっている。

夕露(ユーロ)! 大丈夫?」

 慌てて駆け寄る。

玲萌(レモ)しぇんぱ~い…… 足斬られた」

「あーよしよし」

 たいした傷ではない。

「――天下勅令(てんかちょくれい)分陰陽解呪(ぶんいんようかいじゅ)――」

 ――しまった!

 夕露(ユーロ)の怪我に気を取られた隙に、摩弥(マヤ)が封印を解く呪文を唱えだす。

 護符がはらりとはがれ落ちる。

玲萌(レモ)、封印を――」

 しめ縄も振り落とされ、紫蘭(シラン)の言葉も途切れた。

 あたしは次の瞬間、剣を握る摩弥(マヤ)と銅鏡の間に滑り込んだ。体勢を立て直しながら、

臨兵闘者皆陣列在前(りんぴょうとうじゃかいじんれつざいぜん)!」

 時を越えたことで消耗した気を振り絞り、九字を唱え指で空中に縦四線、横五線を描く。あたしと摩弥(マヤ)の間に結界が出現した。

「邪魔だ」

 摩弥(マヤ)が鳳凰の剣を一閃させる。

 結界にはばまれあたしまでは届かないが、剣に込められた強い気は、幾分か結界の力をそいだ。

「全てを無にしてやる」

摩弥(マヤ)さま、後生だからやめてくれ! 本当に樹葵(ジュキ)の言うとおり、何が不満なんだよ? あたしたちと過ごしたこの二年間はなんだったんだよ!」

 紫蘭(シラン)の言葉に摩弥(マヤ)の気が、ほんの少し弱まるのを感じた。

摩弥(マヤ)! なんで自分を愛してくれる人を、必要としてくれる人を消そうとするの?」

 結界を維持しながらあたしも問う。こめかみを脂汗が伝ってゆくのが分かる。

「黙れっ! おまえなどにわたしの心が分かってたまるか!」

 迷いを打ち消す怒りの炎が、鳳凰の剣に乗せられ結界にたたきこまれた。

 しうっ……

 摩弥(マヤ)の強い気の力を前に、嫌な音をたてて結界は消滅する。怒り狂う摩弥の前に、本調子ではないあたしなど敵ではなかった。

 間髪入れずに紫蘭が仕掛ける。「翠薫颯旋嵐(すいくんそうせんらん)、ほそく(すだ)(ほだし)となりて我が敵影、()らえたまえ!」

 うなる風の鎖が摩弥(マヤ)に襲いかかるが、彼女の強い気と同調した魔術剣はただの一閃で、それらを霧散させた。

摩弥(マヤ)さまは全然ひとりじゃないじゃないか! そう思い込んでるなら目を覚ましてくれよ!」

 紫蘭(シラン)は次の術を仕掛ける代わりに必死の説得を試みる。

 しかしその声が届いているのかいないのか、摩弥(マヤ)が振り上げた鳳凰の剣は、神剣(しんけん)を吹き飛ばし鏡に届く。

 がしゃんっ!

 派手な音を立てて銅鏡が床に落ちる。

 銅鏡に剣の切っ先を向けた摩弥(マヤ)に、小さな迷いが見えたような気がした――

 だが――

「――天よ、勅令を下せ。陰陽(いんよう)を分かち、(じゅ)(かい)せよ」

「いけないっ!」

 あたしが叫ぶとほぼ同時に――

 銅鏡が光を発した。

 巨大魔術発動まで、あと幾分もない!

玲萌(レモ)くんたち! 乗りなさい!」

 紫のもやの中から、樹葵(ジュキ)己稲(キーナ)を乗せて、凪流(ナギル)がでっかい鳥と共に現れた!

 振り返った紫蘭が、

「でかしたぞ、凪流(ナギル)!」

 と叫んだ。だがその顔はどこか曇っている。

 まず足を怪我した夕露(ユーロ)を乗せてやるあたしを手伝おうと、樹葵(ジュキ)がひらりと舞い降りた。「玲萌(レモ)摩弥(マヤ)も頼む」

 並んで鳥の上に丸っこい夕露を押し上げながら、彼は小声で頼んできた。その真剣な横顔に、

「そのつもりよ」

 と即答する。未来を担う天下一の才能をみすみす失う気はもとよりない。

「あんたならそう言ってくれると思っていた」

 彼はちょっとウインクすると、

「ちっこいくせに重いなぁ」

 と失礼なことをぼやく。

「重いのは金棒だもん!」

 じたばたしながら反駁する夕露を、凪流(ナギル)の後ろに座っていた己稲が受け取った。

 鏡の発する魔力光は、いよいよその強さを増してゆく。

「あなたたち、逃げるの? そんなことは決して――」

「馬鹿っ! あんたも逃げんのよ!」

 あたしは叫んで摩弥(マヤ)の筒袖を引いた。

「離して! なぜわたしに構うのっ!?」

摩弥(マヤ)さま!」

 紫蘭(シラン)も銅鏡の前から動こうとしない摩弥(マヤ)の腕を取り、飛ぶ巨大鶏のほうへ引っ張る。

「ふふふ、いいわ、そうだったわね。あなたたちも一緒に死んでくれるのよね……」

摩弥(マヤ)、俺はあんたとずっと一緒にいる。それはこの世でだ。一緒に死ぬんじゃねぇっ!」

 樹葵(ジュキ)は、自分より背の高い摩弥(マヤ)を後ろから無理やり抱き上げようとする。

玲萌(レモ)くんたち、もういいから乗りなさい!」

 鳥の上から凪流(ナギル)が叫んだ。

「馬鹿抜かすんじゃねぇ! そんなら俺はここにとどまる!」

樹葵(ジュキ)くん、今は僕の言うことを聞いて下さい、考えがあります」

 不安そうな眼差しを向ける樹葵(ジュキ)に、あたしは大きく頷いた。「凪流(ナギル)は信用していい奴よ!」

「分かった」

 あたしたち三人は鳥に飛び乗り――

「『天翔(あまが)け』、あの赤い髪の女も運んでくれ」

 凪流(ナギル)は鳥に呼びかけた。

 鳥――その名も「天翔(あまが)け」は、嫌がる摩弥(マヤ)を大きなくちばしに挟むと、地下室の天井へと舞い上がった。

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