03.昼下がりの誘拐事件(2)
「ちょっと、誰かと思えば凪流じゃないっ」
あたしは、夕露と共にズタボロになった誘拐犯の首根っ子をひっつかみ、思わず大声をあげていた。先に行っていたはずの旅の連れだったのだ。
王立魔道学院で同学年のこいつは、栗色のいかにも真面目そうな髪型と、もっと真面目そうなビン底眼鏡と、ほんとーに真面目な性格が、あたしには気にくわない。
「おお。玲萌くん」
とっさにあたしの名を呼ぶ彼。
「なにが『おおっ』よ。あんた、なに誘拐犯のまねごとなんかしてんのよ」
「物事には全てしかるべき理由がありましてね」
「だからあたしはそれを聞いてんの」
犯罪者もどきなことやっときながら、それでも智者ぶる根性に感服してしまう。
「実は……」
と、凪流は話し始めた。
目的地である葦寸の洞窟へ行くには渓山という小さな山を越えなければならない。渓山にはこぶのように丘がくっついている。あたしたちをおいて先に葦寸へ向かった凪流は、その丘の下で紫蘭と名乗る若い女性に、高額な報酬を払うから依頼を受けぬかと呼び止められたそうだ。金に困っていた凪流が承諾すると丘の上に建つ古城に連れてゆかれ、そこで詳しい依頼の内容を聞かされたという。
「金にちょっと困ってたくらいで人さらいの依頼うけたの? あんたが?」
らしくない。凪流は曲がったことが大嫌いだったはずである。そこが、あたしと合わないのだが。別にあたしは曲がったことがダイスキなんてわけではないが、世間の常識が正しいとすることをそのまま受け入れることに反発を感じるのだ。
「あのー、実は巾着袋を落としちゃいまして、路銀が全てパアになってしまったわけでして……」
…………………。
「凪流せんぱいったら、意外とマヌケ」
それまで黙ったまま、着物の裾を整えていた夕露がぼそっと言う。黄色い巻き毛のショートヘアがかわいらしいこの少女が、お荷物こと夕露である。
「そーよっ! 超マヌケっ 金貸さないかんねっ! 第一人さらいの依頼なんか受けちゃって罪悪感、感じないのっ?」
あたしも、ここぞとばかりに責めたてる。
「いや、僕はちゃんと夕露くんの同意のもとに誘拐を決行したんですよ」
「同意したの?」
と、夕露を振り返る。こいつなら自分の誘拐に手を貸すなんてゆーボケも朝飯前だからである。たぶん。
「そーなのぉ?」
目をくるくるさせて夕露は首をかしげる。「あたしは愉快なことがあって、玲萌せんぱいが絶対助けにくるっていうから、なんか楽しそーだなーと思って」
これはゆーかいとゆかいを聞き間違えたとかいう初歩的なボケなのでは……?
「ちょっと凪流、こんなんで本人の同意を得たって言うの?」
「僕に夕露くんのレベルまで馬鹿になれって言うんですか? ふ~ あまりに無茶な……」
気障っぽい仕草で髪をかきあげる。
「まあそれは確かにキツイわね。常人には」
思わず溜め息こぼすあたし。
「玲萌せんぱい!」
あ。夕露が怒った。分からんでもえーよーなことは分かんでやんの。
「でも玲萌せんぱい、助けにきてくれてありがとーございます」
「え、ああ」
「玲萌せんぱいにこんな必死になってもらえるなんてあたし、さらわれるの趣味になっちゃいそう♥」
なるな。迷惑だ。
「で、夕露をつれ去るよう凪流に依頼した紫蘭ってぇのは何者なわけ?」
と、あたしは凪流に向きなおる。
「何者と言われても―― 背の高い女性で、短い髪を金髪に染めて逆立たせてるんです。不良っぽい人です」
全くとんでもないといわんばかりに、眉をしかめる。
「大人なんじゃないの?」
「でもまだ、二十歳にもなってないぐらいですよ」
「それじゃ、夕露をさらおうとした理由は?」
「聞かされてません――が……」
言いかけて眉をひそめる。「確かではないんですがね、彼女、『摩弥さまのため』と言ってたように聞こえたんですが……」
「摩弥って……」
その名前を耳にしたことがあるのに気が付いて、あたしは記憶の糸をたぐりよせた。
「あの―― 天下一の天才魔道医、紅摩弥?」
「さあそこまでは……。でももしそうだったら、ちょっとした事件ですね」
しばし沈黙のみが辺りを支配する。
と、空き地の土にぺたんと座ったまま夕露が口を開いた。
「摩弥ってなにぃ? 玲萌せんぱいの隠し子とか……?」
「違わああっ! ったく何を根拠にそんな意味不明なこと言ってんのよ」
「だって玲萌せんぱいも凪流せんぱいも真剣に驚いてるんだもん」
驚いただけでなぜ隠し子になるっ!
はっ! その前にあたしの夫って……?
「夕露くん、紅摩弥ってゆーのはね、ほら三、四年前話題になったと思うが……」
「あたしが説明するってば」
思わず口出しするあたし。実は昔、あたしは天才魔道医と騒がれた摩弥に憧れを抱いていたことがある。瓦版で見た彼女の似せ絵は、目鼻立ちのきりりとした若く美しい女性で、幼いあたしは才色兼備の彼女に胸をときめかせたものだ。
「相も変わらずでしゃばりな……」
棘のある声で呟く凪流をにらみつけてから、
「紅摩弥はねぇ、魔道医学界の若き天才って騒がれた人なんだけど、天文学や占星術にも精通していて。都の魔道学院で魔道医学だけじゃなくて、時空間魔道とか数術魔道とかいくつもの専攻を飛び級して学んだのよ」
王立魔道学院は各地に存在するが、都の学院は国で一番レベルが高い。
「魔道ってそんなに種類があるんだぁ」
とぼけた顔で感心する夕露に、凪流が「一年次に君も学んだと思うが、魔道学院では学びやすさを考慮して便宜的に専攻を分けているんですな」と説明する。
「便器的?」
真顔で聞き返す夕露は放っておいて、あたしは先を続ける。
「時空間魔道は自然界の物理的仕組みを魔術で操る技術、数術魔道は計算式で術式を組み立てる研究ね」
「どちらも僕たちの通う第一過程には専攻自体がありませんね。専門的すぎて」
と補足する凪流。
あたしたちが今回受ける卒業試験は、魔道学院第一過程の修了証明を得るため。卒業後まだ学びたい者は第二課程に進み、より専門性の高い研究をおこなう。ちなみに白草のような規模の小さい学院には、第三課程は設置されていない。
「摩弥が第三課程でやってた研究―― 脳細胞をある程度復活させる術とか、移植手術のとき拒絶反応を最小限にする術とか覚えてない? 瓦版でも連日騒がれてたんだけど」
「ぜんぜん」
あっさりきっぱり首を振る夕露。
「あっそぉ……。
でもね彼女、そのうち次第に精神状態が不安定になってきてね……」
「どうして?」
「だってやっぱりずうぅ~っとこもって命を扱う研究続けてたからじゃあないの?」
天才などと騒がれていたとはいえ、当時彼女はまだ十代であった。
「それで結局数年前――あたしが白草の魔道学院に入った頃だったと思うけど、研究中にちょっとした事故が起きて彼女……」
「分かった! 治療費が無かった!」
「じゃないっ! 失踪しちゃうのよ」
「夜逃げぇ?」
「じゃないってばっ! 精神的に不安定になって、ある夜ふらふらっと研究室から姿を消したの。それ以来彼女の姿を見た者はないってよ」
これはあたしの脚色だ。夕露にでも分かるよーに。夕露以外の人は信じちゃだめだよ♥
凪流が真面目顔のまま先を続ける。
「それで彼女が最後に残した書き置きがありましてね……。『本当の事を探したい』っていうんですよ」
摩弥のこの言葉は世間をまたもや騒がせた。学問の先端を突っ走っていた彼女にとって、『本当の事』とは何であるのか……。彼女は一体何を求めていたのか……。
「その後の摩弥についてはね、胡散臭い噂がたつばかりで、真相を知る人はいないってことよ」
あたしの言葉に夕露は首をかしげ、
「噂って……?」
「深い洞窟の奥で、人知れず公では決してできないような研究にいそしんでるとか」
「きゃぁぁぁっ♥ そーゆーのあたし大好きだよ~!」
「そんなこと言ってっと、実験材料にされちゃうよ」
「だいじょうぶ。さらわれた時点であたしの王子さまが助けにきてくれますから」
「誰だそれは」
「玲萌せんぱい♥」
笑顔で言う夕露にあたしは絶句した。こーゆーのってかわいい後輩と思ってやるべきなのかもしれない……。
だがそれにしても摩弥は一体今どこでどうやって生活しているのか。
へーわな日常も名誉も捨ててまでして探したい『本当の事』――真実か――。言葉として存在するのみで、実態を持たぬものに、人は魅せられるのか。魔道医として何もかも――生命すらも知り尽くし手にした――そう彼女は思い込んでいたのだろうか……。
いや、そうは考えていなかったからこそ、彼女はそれを探そうとした――?
結局あたしには、彼女のことなど分からない。
…………。
思わずひとつ、小さな溜め息がこぼれる。
「これなーにー?」
夕露がケツの下から書状を引っ張り出した。先程凪流の懐から落ちたものだ。
「ああ、それは君に渡すように頼まれたんですよ。すっかり忘れてた、僕としたことが」
「あたしにー? 誰がぁ?」
と、夕露は書状をためつすがめつする。
「誰って―― 名前は言ってなかったなあ。依頼を受けて紫蘭の館を出たらですね、表にその人が立っていて、『あなたの知り合いに、夕露とか言う怪力野郎がいるでしょう?』って――」
「怪力野郎だとぉ?」
かわいー声で夕露が凄む。「どんな奴だぁ? そいつはぁ」
喋り方がのろいのは変わらない。
「妙に古風な着物を着て、物静か――っていうより、冷静な感じの人だったな。女性にしては、けっこう大柄で声も低いわりに色っぽい喋り方するというか。濃い紫の髪を真っすぐのばしててね、後ろは腰の辺りまでなんですが、前がこんくらいまであるから」
と、右手を鼻の上にかざし、
「ちょっと表情が分からなかったかな」
「あやしー奴」
と呟いたあたしに、夕露は書状を広げて見せ、
「うわぁ、達筆ですね~、玲萌せんぱいなんかじゃあ読めないでしょ~?」
げいんっ
拳で夕露の頭をたたいたら、何やら変な音がした。やっぱりこいつ、脳内成分がちょっと他人とは違うようだ。
「つきかげや 檜かぐはし ゆふつゆの 恵みのしづく 受けにまゐらむ」
和紙に墨で書かれた歌らしきものを音読してやる。
「これは?」
と、紙の左下を指差す夕露。
「ええっと…… 己稲――だね」
くずし字に苦労する。
「ゆふつゆって、漢字になおしたらあたしの名前だよぉ。なんなんだろ」
夕露は首をかしげる。でもこれにはあたしと凪流も首をひねるしかなかった。
「ま、あんたにってんだから、持っときなよ」
と。あたし。
「でもこの己稲って奴もあの紫蘭も、なぜ僕たちのこと知ってるんでしょうねぇ」
「あたしたちのこと知ってるんですかぁ?」
「僕と玲萌くんについては名前までは知らないようだった。でも人相は知ってるわけでしょう? 僕が会ったとき、二人とも見つけたって顔しましたからね。だけど僕は二人とも面識がない。道ですれ違った覚えもない。僕は人の顔覚えるの得意な方なんですが」
あたしは凪流の背中をぽんとたたいた。
「まあとにかくその紫蘭って人のところに案内してちょーだい」
「えっ? どーして……」
「夕露誘拐事件の真相究明の為よ」
「あたし誘拐されてな~い」
「されそーになったでしょっ」




