25.罠(2)
広い地下室の中にはあたしの予想をはるかに越える量の物が積みあがっており、この中からたった一本の魔術剣を探し当てるのは、飽きっぽいあたしにとってそれはそれはつらい試練だった。
五、六段積まれた比較的新しい箱の向こうに、見覚えのある円柱型の装置が覗いていた。
なぜこんなものに見覚えが……?
――そうだ。
あたしは葦寸の洞窟でみつけた摩弥の書き本に描かれた、時を越える装置を思い出した。
そのときだった。
「夕露くん!」
咄嗟に、戸口に立っている凪流が叫んだ。
慌てて振り返ると小さな人影が宙を舞い、その下を銀色の刃が一閃した。身軽な夕露はすとんと木箱の上に着地する。
「夕露! 無事なのね」
思わず声をかけたあたしに、
「玲萌たちなのか?」
と問うた声は、聞き覚えのあるハスキーボイス。時を越える装置の後ろで人影が立ち上がる。天井に向かって逆立てた短い髪、すらりとのびた両の足――
「紫蘭……?」
あたしはその名を口にした。
あたしと同じく彼女も訝しげな声で、
「なんで…… あんたたちがここにいるんだ……? 侵入者って―― あんたたちなのか……?」
侵入者? 誰があたしたちのことをそんなふうに呼んだのだ? そして紫蘭は、ここであたしたちを待ち伏せしていたのか?
「どーゆーことだよ! 己稲!」
紫蘭が叫ぶ。夕露を襲った影に向かって。
「なぜ名前を呼ぶんですの?」
うおお。己稲が再び女バージョンだ。「なんのために隠れて三人がばらばらになるのを待っていたと思っているのかしら?」
隠れて待った?
あたしは振り返って叫んだ。
「ちょっと己稲! あたしたちをハメたわね。侵入者としてあたしたちを捕まえて、手柄を立てる寸法だったんでしょ」
鈍い明かりに照らされた己稲の顔に、うっすらと嘲笑が浮かぶのが見えた。
「さあ。なんの話かしら……」
「本当は龍の剣なんて――」
言いかけたとき、部屋の奥から何かが現れた。
「紅灼溶玉閃――」
あたしは反射的に呪文を唱え、猛スピードで床の上を走り来るそれを、あわてて飛びよけた。
だがそれは即向きを変え、あたしを狙ってくる!
「我が前にあるもの、其の炎が中にうち囲み給え!」
迫り来る小動物のようなものの少し手前に着弾させる。
と、思ったとおり、その生物は炎の中に突っ込んできた!
肉の焼ける嫌な匂いに慌てて目をそらす。向こうでは夕露が、小型の翼竜のような奴にケツを追われ、木箱の上を飛び渡りながら金棒を振り回している。
そーいや凪流は――?
思ったとき、また前方から何かが迫り来る! あたしは大きく後ろに飛び、右に積んであった重い箱を両手で押し倒した。
がらがらっ!
「ぎゃっ」
箱はいっぺんに床になだれ落ち、あたしを襲った小動物は、後半身を箱と床にはさまれ動けなくなった。
前にまわり、猫のような悲鳴をあげたそれをのぞきこむと―― 犬ほどの大きさはある、四つの目を持つ鼠だった。苦悶の表情に胸が痛む。そんな甘いことを言っていられる状況ではないが。
「紫蘭は玲萌をたたいて!」
己稲が叫んで夕露を見上げ、剣を振りかざす。その背中に向け紫蘭は一喝する。「己稲には指図されたくない!」
夕露は二匹の翼竜を金棒で撃退しつつ、足元に転がる複雑な形をした鉄の塊を己稲に向かって蹴り落とした。一瞬動きの止まった己稲を指差すと、口笛を鳴らし、
「敵はあいつだ!」
夕露の掛け声ひとつで、翼竜たちは己稲に向かってゆく!
すげー
「摩弥さま!」
紫蘭が叫ぶ。摩弥がここにいるのか?
「玲萌たちをどうするんだ?」
あたしのいる位置より少し奥―― うずたかく積まれたがらくたの一角に向かって、「つかまえるだけでいいんでしょ?」
紫蘭が声をかけた辺りに向かって、あたしは唱えていた術を解き放つ。
「其の炎が中にうち囲み給え!」
「ああああああああああああああああ!! 摩弥さまぁぁぁぁぁぁ!
玲萌! なんてことを!」
時を越える装置の透明な扉をすかして、紫蘭が絶叫するのが見える。
炎の中では声ひとつしない。
「大丈夫! 致命傷になるよーな術じゃないから!」
「そーゆー問題じゃない!」
だが紫蘭が言いおわらぬうちに、再び何かが床を這ってきた!
これらの奇っ怪な生物たちは、摩弥につくられ摩弥に動かされているものだろう。――ってことは……
摩弥はむちゃくちゃ無事だ!
たった今放たれたトカゲのような三匹は、恐ろしい速さで床を進んでくる。
「敵はあれだ!」
夕露の真似して紫蘭を指差すが――
「うぎゃああああっ!」
足にからみついてきた!
うわぁぁぁんっ! あたしの命令なんて全然きかなぁぁい……
さっき落とした箱でハ虫類の五つに別れた尾をばしばし叩く。
紫蘭は摩弥のいた辺りに向かい、必死で何事か叫んでいる。
からみついていた五つ尾トカゲの体から、くたっと力が抜けた。
その瞬間、向こうで短い悲鳴が聞こえた。
――――?
とにかくまずは一匹倒した!
床の上を這ってくる二匹目に焦点を合わせ、
「其の炎が中にうち囲み給えっ!」
ぼぉぉぉっ
三たび炎が現れる。
が―― 効いてない!
今度は火の効かない相手だ!
「青霧透霞鏡、氷華飛乱」
「わたしの可愛い子供たちを…… なんとひどいことを――」
あたしが呪文を唱えだしたとき、がらくたの陰から静かな声と共に筒袖の白い衣を着た女性が姿を現した。ぼやけた紫の光の中でも妖しく目を引く、えんじ色の長い髪。低い位置で無造作に束ねている。
「摩弥さま!」
ひざまずき、あたしの倒した五つ尾トカゲをかき抱く彼女のもとへ、装置の後ろから紫蘭が走りよる。
「紫蘭、さっきからなぜわたしに話しかけるの。なんのためにわたしは隠れていたの……」
――黒き空より舞い落つる――
あたしは呪文を続ける。
「あ。すんません。でも摩弥さま、無事で良かった!」
「お前のせいで、危うく地獄行きでした……」
「摩弥さまなら極楽行けるよ」
まさか。……じゃなくて呪文呪文……
――凍れる刃よ、願わくは――
「いいえ、賽の河原でドクロ積みね」
「摩弥さまの仇はこのあたしがとる! 許すまじ、玲萌!」
叫んであたしの前に躍り出てくる。ちょうど完成した呪文を、五つ尾トカゲと紫蘭のいる方向に向けて放つ!「――悪しき輩に白きいましめを――!」
降りそそぐ氷の針が二匹目の五つ尾トカゲを直撃すると、摩弥がまたもや悲鳴をあげた。自分で攻撃させているくせに!
飛び来る氷をかわして、あたしの横に着地した紫蘭に、
「摩弥を黙らせれば、かわいそうな実験動物たちの攻撃も止むのよ!」
「問答無用!」
「――って、理解出来ないだけでしょーが!」
「なおさら問答無用!」
叫んで一歩引くと紫蘭は印を組み、またいつもの強風を起こす術を唱えだした。
敵が増えたぁぁぁぁぁ
ふぅふぅと嫌な鳴き声をたてながら、最後の五つ尾トカゲが助走に入る。助走というより助這か。彼らはスピードを上げると途中で曲がれないらしい。充分に引き付けてから先ほど紫蘭のいたあたりに飛び、彼女の術を無効化する呪文を唱える。「――翠薫颯旋嵐、鎮抑静心――」
向きを変えた五つ尾トカゲが、またあたしと距離をつめる。
紫蘭の術が完成する!
同時にあたしも――
「悪夢より覚め、あるべき姿へ帰し給え!」
呪文と同時に、あたしは大きく横に飛んだ。
たった今まであたしのいた場所を、五つ尾トカゲが走り過ぎる。
がらくたへの着地に失敗したあたしは倒れこみながらも、完成させた術で紫蘭の風を消していた。
そのあたしの視界を左右から透明な板が覆ってゆく。
これは……?
――時を越える装置!
しまった! 装置の中に着地してしまった!
自動的に閉まりゆく透ける扉の向こう、迫り来るトカゲと、次の呪文を唱える紫蘭の姿。
もう逃げ場がないっ!
もはや完全に閉まってしまった扉に手をかけるがびくともしない。
絶望的な眼差しを床に向けたとき、転んだ拍子に鞄から滑り出た摩弥の本が目に入った。何度も読んで折り目がついていたのか、あのページがひらいている。あたしは反射的に、そこに記された呪文を早口で唱えていた。
「褐漠巨厳壌、其の大なる力を以て 空、歪ましめ、異界なる隧道、現じ給え
褐漠巨厳壌、其の大なる力、斥力に転じ狭まらんとする隧道、現じし時がままにとどめ給え」
恐ろしいめまいが襲い、辺りは闇に沈んでゆく。両手をついた冷たい床がぐらりぐらりと揺れ動く。強い力で頭部をしめつけられているようで、息も吸えない。
闇に落ちた世界の中であたしはもがいた。そして思い出した。
明るい庭で聞いていた樹葵の話を。
念じなければ。時の行き先をつくらなければ。
だが気の遠くなるような頭痛に襲われ、何も考えられない。苦しみと共に意識が遠のいてゆく。
強い眠りに襲われ、全身が重くなってゆくように……




