22.とある剣士の物語り(4)
「ねえ、凪流せんぱいって連れ去られてどうしたの?」
夕露が尋ねる。
「大八車に乗せて地下道を通って、葦寸の洞窟まで私が運んだのだ。地下道の入り口と出口だけは、摩弥の魔術を借りてな。その後のことは知らん。洞窟内に運び入れた途端、私は早々に追い返されたのだから」
「ねえ、己稲」
二人の会話を遮ってあたしは呼びかける。「魔術剣のことなんだけど、摩弥は話せば分かってくれる人だと思う?」
即刻、予想通りの答えが返ってきた。
「思わないな。お前が摩弥だったら素直に渡すか? 剣を手に入て数年経ってから自分の剣だと主張する者が現れた。が、そいつのものだという証拠は何もないんだぞ」
「話し合いの効かない相手なら、力づくってことになるわね……」
「でも玲萌せんぱい、こっそり持ち出したってバレないんじゃないですか? きっと摩弥ちゃんが気付く頃には、あたしたち白草だよ」
う~ん…… 消極的手段で面白みには欠けるが利口な手かもしれない。世間から隠れている摩弥が、保険代わりに取ってある魔術剣目当てに白草まで追ってくるとは思えない。
「でも、地下研究室にあるのは龍の剣のみよ。鳳凰の剣はこいつが持ってるんだから」
と、己稲のほうに目をやるあたし。
「ねー 己稲ちゃぁん、その剣、絶対渡してくんないの?」
夕露に腕をつかんでゆさぶられ、己稲は苦笑する。
「ああ、渡してあげない」
「だとすると、強行手段に訴えるしかないわね」
あたしは己稲をにらみつける。
「実力行使というわけか……? 相手が違うだろう」
「摩弥に頼んでくれってこと?」
「そうだ。どうせ龍の剣のほうで衝突するんだろう? 彼女とは」
頷きかけたあたしを遮って、夕露が口を挟んだ。
「違うよ、龍の剣は、ぬきあし・さしあし・こっそりこそ泥だよ?」
いつそんな情けない案に決定したんだ!
変な足振り身振りで草の上を歩き回っている夕露を、口の端をひきつらせて見守っていた己稲は、やがて飽きたのかあたしのほうに向き直ると口を開きかけた。だが何を思ったか、ふと口をつぐむと視線を再び夕露に向けた。
「ねえ夕露ちゃん、私の話を聞いてくれ。さっきも話したとおり、私はここにくるまで本当に大変だったんだ。苦労に苦労を重ねて、やっと摩弥のもとで学べる暮らしを手に入れた。それを私から奪うというのか…… 私は剣術士だが、魔道を操る玲萌と凪流、二人に攻められては勝つことは出来ぬだろう。ああ、私はほとんど魔術など使えないんだぞ。そんな私から剣を奪うなんてひどい話だ。優しい夕露ちゃん、なんとか言ってくれ」
「己稲ちゃん…………」
夕露は草の上に立ち尽くしたまま、口の中で小さく呟いた。
おいおいおい? な~んかヤな展開だぞ? これって。
「玲萌せんぱい、やっぱ己稲ちゃんを攻めて剣を奪うなんてやめよぉ? ねぇ、お願いですよ~、玲萌せんぱいなら摩弥って人だって怖くないでしょ?」
一生懸命説得しだした夕露の後ろで、己稲がにやにやしている。
己稲が本当に腕利きの剣術士ならば魔道に疎くても、あたしたちに太刀打ちできないはずはない。それをうまいこと言って、夕露を丸め込みやがって――
「でも夕露、龍の剣はこそ泥の真似して盗んでくるんでしょ? そうしたらわざわざ己稲の持ってる鳳凰の剣を得るために、摩弥と衝突する必要はないんじゃない?」
「それとこれは別っ!」
力説する夕露に、あたしは思わず溜め息をもらした。
――別じゃないやい……
「じゃあ夕露、こーゆーのはどう? あんたのおじいちゃん、廻船問屋の大旦那様だったでしょ?」
「あれ、そうだったっけ……?」
「そぉぉぉおだったでしょ! あんたの家が毎年、魔道学院に大金を寄付してくれるから、あんたは無試験で学生になれたんでしょ!」
「そ……そーでした……」
国の補助と、地域の有力者のバックアップで運営される各地の魔道学院は、第一過程なら年間学費が一ヶ月の食費程度だ。
「己稲が本気で魔道医志したいんなら、摩弥なんてアヤシイ奴のもとなんか去っちゃって、あんたのコネで学院の魔道医科第二課程に入学させてあげたら? 廻船問屋の若いもんに混じって住み込みで働けば、衣食住に困ることもないし」
そうすれば、己稲は摩弥に気兼ねする必要もなくなり、あたしたちは鳳凰の剣を入手できる。夕露の祖父は、孫を目の中に入れても痛くないほどかわいがっているので、なんでも言うこと聞くんである。
己稲に負けじと心をこめて弁をふるうと、夕露は悩みだした。己稲もまんざらではない様子で人生計画を立て始める。「そのあとは都の第三課程に進むのも夢ではないか…… 白草学院には第二課程までしかないからな」
「よく知ってるわね」
「近隣の魔道学院については調べたからな。私とて実家を出たときは志高く、王立魔道医協会から免状を受けるつもりでいたのだ」
免状を手にできるのは、魔道医科第三課程の卒業試験を突破した数少ない秀才だけ。ちなみに紅摩弥は史上最年少で免状を受けた――が、現在取り組んでいるような異様な研究が明るみに出たら、取り消される可能性もある。
しばらく考えていた己稲が、
「――しかしその廻船問屋って夕露の家族が経営してるんだろう? 大丈夫なのか?」
心底不安そうな顔で尋ねてくる。無理もないが。
「大丈夫。夕露は突然変異よ。進化してるの」
「退化じゃなくて……?」
己稲のつぶやきは聴こえなかったらしく、夕露がとーとつに立ち上がって叫んだ。「決めたよ、己稲ちゃん! 玲萌せんぱい! 今からあたしたちはこの屋敷の地下研究室に龍の剣を取りに行く! 成功したら己稲ちゃんも一緒に白草へ帰ろ! 鳳凰の剣は凪流せんぱいに渡すんだよ!」
裏庭を出て屋敷に入ると、己稲はあたしたちにあっさり背を向けた。
「ちょっとぉ、地下室まで案内してくんないの?」
その背中に声をかけると、
「そんな摩弥ににらまれそうな仕事はごめんだね、自分たちで探すこった」
そそくさと廊下の向こうへ消えてしまった。




