21.とある剣士の物語り(3)
「よし、次はお前たちの話をしてもらおう。まずこの葦寸に何をしにきた? 特に玲萌、お前は何のために葦寸の洞窟に入ったんだ?」
己稲に切りだされてあたしは、白草の魔道学院から卒業試験の課題を終えるため、魔術剣を求めて旅を続けてきたことを話した。
「やはりな」
あたしの話に頷く己稲。
「何がやっぱりなの?」
「白草学院は何を教えているのだ?」
国の補助で運営される王立魔道学院は各地にあるので、地名を取って〇〇学院という略称が使われる。
「え…… 普通に魔道の理論と実践的な魔術を少々――」
「汚職事件とお食事券の違いとか、睡眠学習の研究とか――」
「だー! 夕露は黙ってて」
「ふーん、白草学院って大丈夫なのか……?」
「え。なんでよ。夕露の話は無視すんのよ?」
「もちろん気にも止めていないが―― だが白草の学生を見ると…… 玲萌はいきなり私を火だるまにし、紫蘭は戦い好きの攻撃魔。樹葵は意味不明。――よくまあこんな問題児の巣窟を作り上げたものだ……」
「ちょっと待ってよ」
あたしは慌てて遮った。
「紫蘭と樹葵も、白草の魔道学院に通ってたの?」
「わ~い。同類!」
夕露の嬉しくない叫び声を無視して、己稲は説明した。
「お前たちと同じく卒業試験のためにここ葦寸に来たらしい。魔術剣を求めてな」
確か、おととし去年と二年続きで、葦寸に来た三年生は白草に帰っていないと聞いたが――
「あの二人は二年前の卒業予定学生だったらしいな」
己稲の言葉をあたしは口の中でゆっくりと繰り返した。
――二年前……
「ねぇねぇ玲萌せんぱい、じゃあ樹葵くんってあたしたちより年上ってことぉ?」
あたしの思考は、夕露のわりとどーでもいい質問に遮られた。確かに紫蘭は年上に見えるものの、樹葵は同い年ぐらいかと思っていたが。うちの弟(現在十四歳)と身長も声もあんま変わらんもんな……
「まぁ普通に考えればそうなんじゃない。大体魔道学院は十二~三歳で入学するから」
読み書きそろばん能力をはかる入学考査が行われるので、手習所を終えた子たちが入学してくる。ただしこれはあたしたちの通う普通科の話。さきほど己稲の話にちらっと出てきた魔道医科だと、そろばんレベルでは解けない本格的な算術が必要らしいが、あたしは正直なところ詳しくない。
己稲が先を続ける。
「去年も魔道学院の学生が卒試のためにこの地にやってきたぞ。確か彼等は葦寸の洞窟に入ったところで運悪く、中で研究中だった摩弥にみつかってな、つかまって実験台にされそうになった」
『ひょえぇぇぇっ』
思わず抱き合って悲鳴を上げるあたしと夕露。
「女の方はきーきーうるさいから摩弥が観念して逃がしたんだな。その女は始めから剣さえ手に入れたら、もう白草に帰るつもりはないと言っていたから、摩弥も葦寸の洞窟を自分の研究室として活用していることを魔道学院に帰って喋られる心配がなかったのだろう。他言無用の旨を厳しく言い含めて放してやったのだ。遊びたいなどという馬鹿な理由で家に帰らないとは驚くよ。
男の方はついこの間まで私の部屋にいた。祭好きな男でな、今は茜祭りに参加しに上方のほうへ旅している」
そんな祭があったんだ。
「私の調合する薬を飲んでもらっていたのだ。私自身も飲んで確かめるんだが、どうも特異体質ゆえ都合が悪くてな……」
「そんな程度の実験台なの……? あたしはてっきり樹葵みたいな――」
「あれは稀に見る変人だからな」
またまた攻撃される樹葵。
「美的感覚の相違から私には理解できんが、樹葵は摩弥の研究を助けようと自ら身体を差し出したんだからな。二年前のあいつは今より幼くて、人とは違う特別な存在になりたかったのかもしれん。つまるところ私は樹葵にだまされたわけだ。『美少年を改造する趣味』なんてもんじゃあなかった」
樹葵が美少年じゃないってところで気付けよ、おっさん。あいつ、つり目の三白眼じゃん……
「樹葵がいる限り、摩弥にほかの人間は必要ないだろう。しかしおまえらは摩弥のことを知りすぎてしまったから、もうのがれられないかもしれないぞ。私と同様にな……」
……なんだ、その含み笑いは。やなやつ。
「じゃあもう、魔術剣は二本ともないの?」
あたしは話を戻した。去年ここを訪れた家出少女らしき子が、持ち去ったのなら――
「いや。二本ともあるぞ。去年来た馬鹿女は、摩弥にだまされて魔術剣でもなんでもない安物をつかまされたんだ。学院側の資料にきちんと目を通してなかったから、気付かなかったらしいな」
――良かった。あたしはひとまずほっと息をついた。
「で、その魔術剣は今どこに――」
あたしは思わずこくっと喉を鳴らし、己稲の答えを待つ。
「一本はここ」
あっさり言って己稲が、袿の下から取り出したのは――
「でぇぇぇっ! やっぱりそれが鳳凰の剣!」
「そーゆーわけだ」
思わずあたしは手を伸ばすが、己稲は「だめ」と一言呟いて、剣を握る右手を高くかかげた。
「それ…… あたしたちの――」
言いかけたあたしを一瞥してから、
「もう一本はここの地下室だな」
「地下室って樹葵の部屋じゃなくて?」
「あそこ以外にもうひとつ地下室がある。半地下ではない完全な地下室だ」
場所によって半地下と完全な地下室に別れるのは、丘の斜面に建てられているせいだろう。
「案内してもらえるかな」
「やだ」
きっぱり返されて言葉に詰まるあたし。
「あそこは摩弥の物置なんだ。彼女以外は立ち入りを許されていない。摩弥が葦寸の洞窟を見付けて、研究室に改造したとき、魔術剣を二本とも移したらしい」
その後、剣技に長けた己稲が現れ、やがて摩弥の信任を得て高価な魔法薬を都の卸問屋まで運搬するようになると、街道で賊に襲われたときのためと、地下室に眠っていた鳳凰の剣を渡されたそうだ。
「龍の剣が欲しいなら、私のように時間をかけて摩弥に取り入ることだな」
「ひえ~ めんどー」
あたしは思わず悲鳴をあげた。
「でも魔術剣は、魔道医の摩弥には必要ないんじゃない?」
「魔道医学の研究には多額の資金が必要だからな。万一に備えて売れるよう持っているらしい」
拾ったものを資金源にとっておくとはなんともビンボー臭い話だが、学者バカではなく意外と金銭感覚しっかりしているらしい摩弥なら、そう簡単には手放さないだろう。魔術剣や護符、魔法陣の埋め込まれた宝玉や鏡などの魔術用具は、かなり高額なのだ。
「私の鳳凰の剣も摩弥の監視下だからな、私の判断でお前たちにくれてやるわけにはいかないというわけだ」
「わ~い、犬」
夕露の軽口に、己稲は怒るふうもなく弁解した。
「私はまだまだ摩弥のもとで学びたいことがある。それに摩弥の調合した薬を主に売り歩いている私は、生計さえほとんど摩弥に頼っているわけだ。彼女に逆らったりしたら、今までの努力が水の泡になってしまう」
あたしは溜め息をついた。
このまま学院へ帰るか否か――
帰るのは、引き下がるようで面白くない。摩弥は確かに天才だろう。でもだからなんだ? あたしたちは王立魔道学院で三年間、魔術の修業を積んできたのだ。恐れをなして帰る必要などあろうか。
これぞ卒業試験の名に相応しい真の課題ではないか。
あたしが意を決しかけたとき、横から己稲が呑気な声で話しかけてきた。
「そーいえば凪流とかいう少年は、今頃摩弥の餌食かな」
変なところで嬉しそーな己稲に、あたしは葦寸の洞窟から凪流と共に、偶然みつけた地下道を通ってここ「紫蘭の館」に着いたことを説明した。
「摩弥には美少年を改造するなんて趣味、ないんじゃなかったの?」
「そう思っていたが、手違いだったとはいえ夕露をさらい、今度は凪流を連れ去り――」
「あっ」
凪流の言葉が脳裏をかすめる。
「なんだっけ……。摩弥さんらしき人が言ってたってのは…… 『あの子の替わりになって欲しかったの』って――」
「求む! 二代目樹葵! ――というわけか? だがなぜ二代目が必要なのだ。そもそもあの意味不明野郎以外に誰が、摩弥の研究に賛同して実験に協力するというのだ」
「己稲ちゃんはやなの?」
と、夕露。
「やだ。木の上でセミと鳴き比べするよりやだ」
二人の会話を聞き流しながら、あたしは心を決めていた。
学院の卒業予定学生が二年連続で手に入れられなかった葦寸の魔術剣。――面白いではないか。
あたしと凪流は今年度卒業生の中でも期待の星なのだ! 優等生の力、とくと見せてやろう! あーはっはっはっ! ユカイユカイ♥




