02.昼下がりの誘拐事件(1)
「待てぇぇぇえぇぇっ!」
汗ばむほどの陽気の中、真昼の商店街にあたしの声がこだまする。
「湖魚新鮮」とか「薬草多種」などと、様々な看板をかかげた店々と、その前にあふれんばかりの商品を広げる露店の数々。そして品物の多さにも負けず、大通りにあふれかえる人、人、人。人力車にゆられる者の姿も見える。それらをすりぬけ、あたしは走る。
「どうしたん? おねえちゃん」
店先で饅頭をふかしていたおばちゃんが、走るあたしに声をかける。
「人さらいが出たぁ!」
「ええっ?」
へーわな田舎の小さな町に住むおばちゃんは驚いた。いや、都からたったの二里半――海沿いの宿場町「白草」から旅をしてきたあたしだって驚いている。
いきなり旅の連れが誘拐されようとは。まあ彼女――夕露は旅の連れというよりは、なぜかあたしたちの旅についてきてしまったお荷物、といったほうが適切だったりするのだが。「あたしたち」と言ったのは、今朝から別行動をとっている凪流がいるからだ。買い食いできる商店街を歩きたいあたしと夕露に「時間の無駄」と叱責をとばして、彼は一足先に目的地へ向かった。こんなときに夕露が行方不明になっては、あたしの監督不行届と真面目な凪流になじられる。それはめんどい。
自分とそう変わらぬ大きさの夕露を小脇に抱えたまま、誘拐犯は小柄な体でちょこまかと、人込みを縫うように走り去る。
「夕露を返さないと災いがおこるわよ~! そんなもん持ってってもなんもいいことないんだからね~!」
あたしの真実の忠告に耳を傾ける気になったのか、誘拐犯のスピードが落ちた。
――案外素直じゃん。
などと思ったとき人ごみの向こうで誘拐犯が、店に埋もれるようにして建つ小さなほこらに手をのばした。口元に運ぶその手に小さな茶碗。
ああっ! お供えの水、飲んだな!
「ばちあたるぞぉぉ!」
息を切らせて走りながらも叫ぶあたし。
あたしだってのど渇いてんのにズルイ!
誰かを必死で追っているというこの状況が、ふとあたしにあの二年前の秋夜のことを思い出させたのだ。場所も季節も、全く異なるにも関わらず。
二年前、あたしは魔道を極める若者たちが集う王立魔道学院の一回生だった。そして当時学院の三回生だった名も知らぬ先輩に好意をよせ、なんとか家をつきとめようと帰り道尾行していたのである。
そんな十三才はとことんイヤだろーが許してほしい。あたしにとっても今では立派な黒歴史である。なんせ、その先輩に興味を持った理由が、ただただ彼が学院一変わっていたからというだけなんだから。
先輩と同い年になった今思えば、彼は当時人気の傾いた吟遊詩人にでも憧れていたんだろう。まるで花魁のような極彩色の着物に、さらに目を引く緋色の髪をツインテールに結い、唇には紅をさして、それから――
やめよう、思い出すと恥ずかしくなる。男物とは思えない蝶柄の着物をひらひらさせ、いつもひとりきり、近道だった鎮守の森を抜けて帰ってゆく後ろ姿を今でも覚えている。この記憶は墓場まで持っていくに限る!
誘拐犯はあたしをまくためだろう、唐突に揚げ物店の脇道にすべり込む。あたしも慌てて細い横道に飛び込んだ。脂っこい匂いの中、苔の生えた土の上を走り抜けると、小さな町の商店街は終わっていた。
茅葺き屋根の民家を左右に見つつ、なおも追い続ける。誘拐犯の足が、次第に鈍ってくるのが分かった。夕露を抱えているためいい加減疲れてきたのだろう。
ひさしを並べる民家の間に、大きな空き地が現われた。
「うしゃあっ!」
思わず喜びの叫び声をあげる。商店街や民家の立ち並ぶ通りでは人を巻き込む恐れがあって、攻撃魔術が使えないのだ。
あたしは今まで散々走らされたうっぷんを晴らすべく呪文を唱えだす。
「褐漠巨厳壌、壮んなる噴煙をあげよ!」
あたしがイメージした辺り――誘拐犯の足下の大地が大爆発を引き起こす。
やったーっ、大成功♥
飛び散る土塊と共に舞い上がった誘拐犯が地面に激突する寸前、その懐から書状がひらりと舞い落ちた。
二里半=現在の10km未満。




