16.昼下がりの地下室(3)
頭と両腕を寝台に乗せ両足を投げ出して、ふくれた腹を抱えたあたしは大きく吸い込んだ空気を満ちたりた思いと共に吐きだした。絨毯の下が石のせいか、着物の生地を通してひややかな感触が伝わってくるのが気持ちいい。
なんだかんだ言って、四人であの量をたいらげたのは全くキセキであった。
断っておくが、あたしはたいして食べていない。
「玲萌くん、よくあんな大きいの三個も食べましたね~」
………………。
凪流のツッコミは聞こえなかったことにする。
「さぁ~て! 喰ったら戦だ!」
指を鳴らして椅子から立ち上がったのは紫蘭である。
あたしと凪流はおしかけ者扱いされて、紫蘭と樹葵に椅子に座る権利を奪われたのであった。彼等、「客」という言葉を知らぬと見える。
「さ~~、玲萌!」
「そーだ、紫蘭! 今日は凪流とやってみたら? 凪流はめっちゃ強いんだから! 紫蘭だっていろんな人と手合わせした方が勉強になるでしょ?」
「それもそーだな」
「いえ、僕は――」
何やら抗議の声をあげかけた凪流に、紫蘭ははや印を組みながら宣戦布告する。
「それじゃ、どっちかが降参するまで勝負は続けるぞ!」
「どっわぁ、こんな無益な戦い、始める迄もなく降参ですよ……」
抗議の声を上げるいとまもなかった樹葵は、座っていた卓を離れ、いつでも逃げ出せるよう地下室の入り口へ移動する。
「遠慮無くゆくからな! ――翠薫颯旋嵐……」
逃げる時宜を失ったあたしは慌てて九字を切る。昨日も使った防御の術である。
「――我が意のままに駆けよっ!」
紫蘭は黒い瞳に炎を燃やして術を完成させる。昨日あたしに対したのと同じ術だ。呪文は短く、しかも扱いやすくて単純な紫蘭にはもってこいなのだろう。
あたしも同時に、自分と凪流を包み込むように結界を張る。こちらへ向かい猛威を振るわんとしていた魔力の風は、危ういところで結界によってはばまれた。
「すいませんね。玲萌くん」
「いーえ。あれ『無波無嵐』で簡単に消せるわよ!」
身を守る最低限の魔術は下級生のうちに習うから、召喚魔術を選択した凪流でも使える。ただ防御力は、本人の魔術量とコントロール技術に大きく左右されるが。
「翠薫颯旋嵐、無波無嵐、鎮抑静心……」
呪文を唱えだす凪流の声にまじって、紫蘭の声が風にはばまれ途切れ途切れに届く。おーよそ次のよーなことを言っている。
「玲萌っ! 手を出さないでくれっ! 結界張るんなら、自分だけ結界内に入ればいいんだよ。凪流は見捨ててな。時には厳しくすることも友として必要なんだぞー」
術を制御しながらよく喋る奴だ。
凪流は既に呪文を唱え終わったようだ。
あたしは結界のこちら側から叫び返す。
「紫蘭! 部外者を巻き込むよーな術は使わないことっ!」
「そんなめんどーなこと考えてたら、敵が誰だか分かんなくなっちゃうじゃんか」
こわいぞ。それは。
「凪流、早く『無波無嵐』やっちゃってよ」
「いや、紫蘭くん面白いからもーちょっと喋らせとこっかな~っと……」
「いつまであたしに結界、張らせとく気だっ!」
思わず凪流を結界外に蹴りとばすあたし。だって両手ふさがってるんだもん♥
「どっわぁ!」
弾みで術を開放する凪流。ぐっど・たいみんぐ♥ である。暗い四角い空間を荒れ狂っていた目に見えぬ風の波は、一瞬にしてその力をそがれ消えてゆく。
静かに対峙するふたりを横目に、あたしはそそくさと樹葵の隠れる段ボールの傍らへ避難する。凪流から見たらやたらと寒い後ろ姿だろーが、「敵が誰だか分かんなくなっちゃった♥」などと言って攻撃されたらたまったもんではない。自分を敵と思って自爆してくれれば幸運だが。
あぐらをかいていた樹葵は、小走りで近づくあたしに上目遣いで、
「ねえ――ここって俺の部屋だよなあ……?」
「部屋っつーか地下室?」
「…………。と……とにかくなんで俺の地下室が戦場になるんだよ」
「あんたが反駁しないんじゃない」
「だ、だって言っても聞かねーんだもん! 紫蘭の奴! しかもそれで攻撃されたら馬鹿じゃん!」
そのとき向こうから氷の塊が飛んできた! 背を向けた樹葵は気付かぬまま。あたしは樹葵を盾に慌てて飛びすさる。
魔力によって作り出されたこぶし大の氷は、樹葵の右腕に触れ凍り付く。
「なんも言わなくてもじゅーぶんに攻撃うけてるけどね」
溜め息混じりに言うあたしに、樹葵は火炎系の術で氷を溶かしながら、
「なんで俺を突き飛ばすんだよ!」
「だってあんた頑丈そーなんだもん」
実は今、反射的に紫蘭の術のほーに樹葵を押し倒してしまったのだ。防衛本能ってコワイ♥
「盾にしたな……?」
アブナイ笑みを浮かべる。まずい。仕返しする気だ。
「ちょぉぉっと~、な~に怒ってんのよ樹葵。いーじゃない。人助けに一役かったと思えば。そんな目しないでよぉ」
あたしの言葉になど耳も貸さず、ゆっくりとあたしの後ろに回る。
「な……なによ」
彼に後ろを取られぬよう、あたしもゆっくりと後ろを振り返る。
氷になど絶対あたりたくないもんな~、まだまだこの季節じゃあ……。
だが次の瞬間、彼が視界から消えたと思ったときには、あたしは後ろから羽交い締めにされていた。
「うわぁ~ぁぁっ! ちょっと放してよぉ! あたしはかよわい女の子なのよぉ!」
「嘘をつけ嘘を」
耳元で冷静な声でささやきやがる。
「あたしはあんたみたいにウロコで攻撃魔術はね返したり、角から牛乳吹いたり、口から炎吐いたり出来ないんだからっ!」
「ンなこと俺が出来るかぁぁっ!」
紫蘭が次の呪文を唱えだす。
「青霧透霞鏡、褐漠巨厳壌、雷針降来――」
げ。
右手の人差し指と中指を絡め、ゆっくりと腕を上げ天を指差す。
「――雲より放たれし電光よ、闇を切り裂き疾くと走り給えっ!」
術者の周囲のみを避けて雷が落ちる術だ!
じびびびびびっ!!
『うひゃぁぁああぁぁぁ……』
部屋いっぱいに雷撃がおこる。全員が地にうずくまり、皆の悲鳴が重なった。
……全員……?
ちょっと待て。なんで紫蘭自身まで倒れてるんだ。
しびれた体に鞭打ち、なんとか首だけを紫蘭の方に向け見やると、舌を出してうつぶせに倒れてる彼女が小さくうめく。
「なん……でぇ……?」
「そこ」
同じく地に伏せたままの樹葵が紫蘭の体の下を指差す。石の床の上に、地下室を横断するように銀色の帯が走っている。壁までつながっているようだ。地質的に不安定な地下室を補強するためのものと思われる。
「それ、金属製なんじゃないの? 『雷針』放ったときもしっかり踏んでたけど」
「…………しまったああぁぁっ!!」
結果的に、自分自身に攻撃してしまった紫蘭だった。でもあたしまで巻き込まれたのでは、ちっとも「幸運」ではなかったのだが。
「よーっし……気を取り直して、もー一戦だぁ……」
「僕……こーさんしますぅ……」
「まだまだぁぁ~……」
迫力のかけらもない会話をしてる二人を尻目にあたしは言った。
「ねえ、ここ避難しない?」
「しよう」
迷わず樹葵は頷いた。
あたしたちは二人に気付かれぬよう、そのまま地下室をあとにしたのだった。




