15.昼下がりの地下室(2)
昨日夕露のぶっこわした扉は、段ボールとガムテープでわびしく応急処置がほどこされていた。
とんっとんっ
――などという音がするわけもなく、ぼくんぼくん、と切なげに段ボールが響く。
「玲萌くん、わざわざ紫蘭と戦うんですか? このまま帰っちゃった方が得策だと思うんですが」
「凪流、帰る道分かる?」
彼は無言で首を横に振った。
「でしょ? 昨日来たときはね、紫蘭が案内してくれたのよ。玄関まで」
「今日もそれを期待してるんですね」
「そゆこと」
ちなみにあたしは昼食も期待している。
「で、夕露くんは?」
「紫蘭は手違いだって言ってたから――彼女から己稲に説明してもらいたいのよね」
己稲は紫蘭のためにあたしを呼んだのだと言っていた。己稲は紫蘭より「格」が低いのか、それともただ単に紫蘭の性格が面倒で言うこと聞くのか。どちらにせよ紫蘭に頼めば有効なはずだ。
あたしはまたぼくんぼくんと扉のふりしている段ボールをたたいた。
「紫蘭の方から呼んだんだから開いてるんじゃないですか?」
と、後ろから凪流。
「――て言ったってこの扉、どーやって開ければいーのよ」
「きっと押すんですよ」
後ろから凪流が力一杯押すと、
『うわあああ!』
ばたんっと音をたてて、段ボールは室内に倒れこんだ。もちろんあたしたちもそれと共に転がり込む。
「うわ~、またおまえかよ玲萌。二度も扉壊しやがって」
聞き覚えのあるハスキーボイスに、凪流の下敷きになったまま見上げれば紫蘭の姿。やつはこの段ボールを扉と認めているらしい。卓を挟んで向かい合わせに腰掛けた樹葵と、数枚の札を手に睨み合っている。花札だろうか?
「ちょっと凪流、重いから早くどいてよっ」
「分かってますけど手足が困絡がって、足の所在が不明確で……」
「そこにあるの、あんたの右足じゃないの?」
「いえ、これは左足ですよ」
「だあああぁ! いーから早くどいてくれっ!」
あたしが力任せに跳ね起きると凪流が思いっきりうしろにずっこけた。後頭部打ったかも。ごめん。
あたしは着物に付いた砂埃を払い卓で札とにらめっこしてる二人のもとまでつかつかと歩み寄り、
「やっほー紫蘭ちゃん! また手違いで夕露がさらわれちゃって――」
「ああうるさいな! ちょっと黙っててくれ。今は大切な勝負の時なんだ!」
むかっ。
「勝負って?」
「ババ抜き」
「二人で?」
紫蘭は答えず、再びババ抜きに熱中してゆく。
「で、今どっちがババ持ってんの?」
「俺」
「はあ? あたしだろ?」
「俺だよ。見ろよ」
と、手持ちの札を紫蘭の方に向ける樹葵。
「あたしだってほら!」
横で見ていたあたしは溜め息ついて、
「ババ二枚入れてやってたの? あんたたち」
「樹葵だろ? 切ったの。気付けよ」
「違うよ、神経衰弱のあとで紫蘭が!」
当分続きそうな予感がしたのであたしは、段ボールの前で大きなたんこぶさすってる凪流のそばへ行き、
「大丈夫?」
「涼しい顔で聞かないでください。玲萌くんのせいでこうなったんですから」
うっ…………
「で、あれが樹葵くんですね」
未だ紫蘭と口論している樹葵を指さす。
「一体なんの実験なんだか、全くどこかで進化を間違えたような姿ですね。魚類なんだか両棲類なんだか」
眼鏡を上下に揺らしながら評していると、いきなり樹葵本人が立ち上がった。
「なんだとぅ! 俺とあの人の美を言葉でけがしたな!」
こちらの話が聞こえていたらしい。
「これは愛する人の――」
「――って摩弥さん?」
すかさず尋ねるあたしをあっさり無視し、凪流に目を向けたまま、
「誰だおまえ。見ない顔だな。いかにも恋を知らなそーな顔しやがって」
凪流は鼻で笑うと、左手で眼鏡の位置をちょっと上げ、
「きみの服は石器時代の遺品ですか?」
と、樹葵の服を上から下まで見た。膝丈程の布を前であわせ、細い帯で結んだだけのものだ。
「ふんっ。これは俺の愛する人の手作りなんだぜ。うらやましいんだろう。けっけっけっ。うらやましいからってそんな目で見んなよ」
凪流は今度こそ反応に困って沈黙した。さっきから愛だの恋だの明らかにこいつの苦手分野だもんな。
「その愛する人って――」
詮索したいあたしには答えず、樹葵は地下室の壁に寄りかかりそっと瞼を閉じる。
「俺は俺のすべてが愛する人の芸術作品なんだ」
「おい樹葵、そんなとこで寝てないで昼食作ってこいよ」
紫蘭が卓上に散らばる札を片付けながら突っ込む。
「寝てないよっ。第一なんで俺が作るの」
「昨日あたしが作っただろ」
「俺昨日昼、食ったっけ?」
「食ったろ」
冷たくあしらってからあたしたちの方を振り向き、
「玲萌、今日も昼食たかるのか?」
「へっへっへっ」
「もみ手はやめろって。
――樹葵、四人前!」
「おうよっ!」
景気よく叫ぶと、ガムテープだらけの段ボールをよけて階段を駆けあがってゆく。
紫蘭はまとめた札を小さな木箱にしまいながら、
「やっぱあの扉はまずいよな~」
「うん。文化祭でやるお化け屋敷みたいだもんね」
「誰のせいでああなったんだ?」
「夕露です! 夕露ですってば!」
冷ややかな眼差しを向けられて、思わず敬語になるあたし。
「でね、今日うかがったのは、その夕露がこの家にいる己稲って人に連れていかれちゃったのよ」
「へ~。なんで?」
とぼけた顔で聞いてくる。
「なんでって、己稲が言うには――」
あたしは少し戸惑った。昨日の様子から考えて、その名を出したときの紫蘭の反応が怖かったのだ。
「――摩弥のためって」
「ぬわぁぁにぃぃ?」
ほ~ら怖い。
「そんなことしゃべったのか己稲は! ああ、なんで摩弥さまはあんなムカつく奴置いとくんだよっ!」
「その様子を見ると、己稲くんは紫蘭くんの部下、などというわけではないようですね」
凪流は冷静に観察している口調。
「当たり前だ。あんな奴」
不機嫌な声で、ついと目をそらす。「あいつは自分のため、あたしはただあの人が好きだから役に立ちたい。でも結果としてはあたしら二人とも摩弥さまの指示に従うことになるってだけだ」
ハスキーな声に不機嫌な色がにじむ。
「目的は違うが手段は同じ、というわけですか」
「でも己稲は摩弥さま自身のことなんか考えずに言うこと聞くから、時にはあたしより受けがいい」
と、投げやりな口調。どさりと椅子に腰をおろす。「まあとにかく。バレちまったもんはしょーがねーな。摩弥さまはこの館にいる。それは本当だよ」
それからあたしの両手をしかと握った。
「だけど玲萌、約束してくれ。摩弥さまのことは絶対誰にも言わないって」
紫蘭の黒い瞳は、哀しいほど真剣だった。
「あの人がここにいるって分かったらまた世間の奴等はうるさく騒ぎたてるんだ。もうあの人はそんなの絶えられないんだよ……」
肘をつき片手で額を覆い苦しげに言葉を吐き出す。
「分かった。絶対誰にも言わないから。ね、凪流」
あたしは扉の脇で膝を抱えて座っている凪流に声をかける。
「ええ。もちろんですよ。夕露くんもやがては事情を知ることになるでしょうから口止めしておきましょう。じゃああなたたちは摩弥をかくまっているんですね?」
「まあ、そーゆーことになるかな」
どことなく憂欝な表情。
「なんでわざわざ」
無粋な声で呟く凪流に、
「どうしてって、そりゃ摩弥さまが好きだからさ」
照れ隠しに怖い顔して視線をそらす。
「あんたにゃあ分からんよ。打ち込んでる学問が異常だってさ、半狂乱になるほど没頭してる姿は、一途な強さを感じてかっこいいんだ。それに摩弥さまは、本当はやさしい人で……」
紫蘭が下を向いてもごもごしだすと凪流は興味なさそうに、あっさり話を変えた。
「あなたと樹葵くんは姉弟なんですか?」
「うわぁ、違う違う違う! なんであんな変人と血ぃ繋がってなきゃなんないんだよっ!」
紫蘭は慌てた。
「それはそうと紫蘭くん、僕を覚えてますか?」
凪流は紫蘭の感情に微塵も流されることなく、また平気で次の質問をする。
紫蘭は目玉を右へ左へ動かしながら、
「え…………あたしおまえに会ったことあったっけ?」
近づいてきた凪流は卓上に右手をついて、
「きみが昨日夕露くんを連れてきてほしいと頼んだ者です。しかし僕は途中で具合が悪くなってしまったんで、代わりにここにいる玲萌くんに、夕露くんを連れていってもらったんです。そんなわけで報酬を頂きたいんですがね」
ここで金とるか……? とはいえ現状一文無しになった凪流を置き去りにするのも後味悪いし、紫蘭から巻き上げてくれたら助かるってもんだ。
紫蘭は状況をいまいち飲み込めない様子であたしに確かめる。
「そ、そうだったのか? 玲萌」
「そうだったのよ。紫蘭」
力いっぱい頷くと、
「それじゃあ……金やらなきゃな」
あたしたちの言葉を信じてしまったらしく、未だしっくりしない表情のままふところをさぐり、くしゃくしゃに丸めた紙幣と紐に通した硬貨をてのひらに乗せ凪流に突き出す。
それを受け取った凪流は、
「にぃしぃ……五千と七十克ですか? 昨日言ってたより少ないじゃないですか」
「だっておまえ本人が連れてこなかったし。第一手違いだったんだから、あたしにはなんの得もないんだよ。一克ももらってないんだからこれ以上は払えないよ」
「摩弥さんには確かめたの?」
とあたし。
紫蘭はもちろんと言わんばかりに頷いた。
「それじゃあなんで己稲は夕露を……」
「あいつのことなんて知らないよ。摩弥さまのことなんかこれっぽっちも分かっちゃいない――分かろうともしないし。だから何も考えずに言われたとおり連れていったんだろうな。夕露が女の子だと気付いていながら」
女湯に襲撃かけてきたんだから、そこは間違いないだろう。
「しかも摩弥さまは学者気質で気まぐれな人だから、いちいち指令の撤回なんかしないんだよ。それに昨夜は久しぶりに楽しいことが起こるかもなんて珍しく明るい声出してたから――いや、無理に明るく振る舞ってただけかな……」
「それってもしや凪流のことじゃあ」
と、あたし。首を傾けた紫蘭に凪流本人が、
「昨日僕、えんじ色の髪の女性に古い洋室に連れてゆかれて――」
といきさつを説明した。
「うわっ、マジかよ。最近の摩弥さま、あたしにもよく分かんねえんだよなあ」
「最近?」
と聞き返すあたし。
「ああ、ここ一ヶ月くらいかな。摩弥さま元気無くってさ。もとから明るい人じゃなかったが。でも無口になっちまってなんか悩んでるみたいでさぁ」
神妙な顔つきで腕組みして、紫蘭は話を続けた。
「だから玲萌がここに滞在してくれたらなって。摩弥さまが落ち込んで研究室にこもりっぱなしじゃあ、あたしつまんねぇんだ」
「……は?」
思いがけないことを言い出した。
「ほら、玲萌ってずぅずぅしーとことか何気に強いとことか摩弥さまに似てんだよ。その子供っぽい声をどーにかして背高くして、べらべら喋るのやめたらかなりイイ線行って……って玲萌っ、その椅子を下におろせ!」
「黙って聞いてりゃああんたはっ! 今の全部あたしの悪口じゃないのよっ! 似てるとこも似てないとこも! 第一あたしはあたしなのよ。好敵手としてあたしをここへ呼んだんなら、ちょっとは嬉しい気がしないでもないけど、ンな誰かに似てるからなんてんで呼ばれたんじゃあねぇ、あたしは代用品かっつーのっ!」
「玲萌くん、その椅子座らないでかついでるんだったら、僕に座らせてくれませんか」
「座るわよ」
どこまでものってこない凪流を睨んであたしは席に着く。
「きっと樹葵なら摩弥さまの事情も知って――」
と言いかけた紫蘭に、
「そういえば樹葵の愛する人って摩弥よね?」
と念のため確かめると、彼女はそうだよ、と頷いた。
年上の女性への憧れみたいなもんだろうか……? 樹葵の歳は知らないが、見たところあたしと同じぐらいに思えるのだが。
「樹葵のやつ、情緒不安定な上に感情表現おーげさだから分かり易いんだけど、半年前くらいからずっと落ち込みモードだったのに、ここんとこ急に元気になってきて、そのかわり摩弥さまが沈んでいて変なんだ」
それから頭をかかえて、
「ああ、もうおもしろくないよ!」
と吐き捨てた。「あたしだってこんなに摩弥さまのこと愛してるってのに、二人だけの世界を作りやがって。きっとここ最近の微妙な雰囲気だって、二人の間でなんかあったんだろ!」
なにか声をかけようと口をひらきかけたあたしより早く、テーブルの横で紫蘭の話を聞いていた凪流が、
「ところで紫蘭くん、僕たちは夕露くんを返してもらうためにここへ来たんですが――」
と、また「半分ウソ」みたいなことをしれっと言い出した。あたしたちはぐーぜんこの屋敷に着いてしまったのだが。
凪流は全く場の空気に流されず、
「夕露くんのいそうな部屋まで僕たちを案内してくれませんか」
「なんだ。あたしはてっきり昼食のためにここへ来たのかと思ってたぜ」
「それは玲萌くんだけです」
「なんでよぉ!」
てゆーかなんでそんなこと分かるんだ?
紫蘭は首をかしげながら、
「夕露の居場所ったって、夕露をさらって隠してるのは己稲なんだから、あたしには分からないよ」
紫蘭の正論に、あたしは別の方向から提案する。
「夕露の誘拐が手違いだったんなら、紫蘭ちゃんが己稲に事情を説明してくんないかな?」
「でもなぁ、この屋敷は広すぎて己稲がどこにいるかも分かんないぞ?」
「なんて住みにくい家なんだ、『紫蘭の館』!」
驚愕するあたし。
「勝手に人の名前を建築物につけないでくれっ!」
「『紫蘭の館』で紫蘭が迷うなんて失格よっ!」
「何が失格だ! この家にそんな名前があったなんてあたしは今初めて聞いたぞっ!」
「や~ね~、住んでいながら知らなかったなんて」
「じゃあ結局、夕露くんを連れ戻す手立てはないんですね、紫蘭くんには」
いきなり結論めいたことを言い出したのは凪流である。
「そんな用済みみたいな言い方しないでくれよ」
しゅんとする紫蘭がちょっとかわいい。
それからちょっと考えていたが何か閃いたらしく、ぽんと手を打った。
「自分の家で迷うって馬鹿にするけどな、敵を欺くにはまず味方からって言うだろ? 住人すら迷う家なら、侵入者や敵は絶対に入ってこられないわけだ。どーだ、すごいだろう?」
夕露を取り戻す話じゃないのかよ……
「現時点でどんな敵を欺く必要があるんです? こんな人住んでなさそーな屋敷、泥棒すら振り向きませんよ」
自慢げに言った紫蘭だったが、凪流にあっさり自説をくつがえされる。
ついでにあたしも、
「でもその前に紫蘭って自分の家に欺かれてるわけでしょ?」
ふくれる紫蘭に気付いているのかいないのか、凪流が問う。
「この屋敷はもとからあなたたちの家なんですか?」
「違う」
憮然として言い放つ紫蘭。
「誰が建てたの?」
と、あたし。
「どっかの異邦人」
――そりゃあそーだろーなぁ……洋館なんだから……
「尋常な神経の持ち主ではないですね」
「うん。一昔前に建てられたそうだけど、その頃はこんな造りにしなけりゃならないわけがあったらしいぜ。まだまだ戦とかあったんだろ。それで船が難破して流されてきた異国の建築士に頼んだんだと」
紫蘭が解説してくれる。
「詳しくはこの渓山のふもとの町にある地域資料館に行けば分かるんだけどな。ちょっと珍しいものだから、壊されないで保存されてたんだ」
「そんなとこに住んでいいんですか?」
凪流が真面目くさった顔で咎める。
「先に住んだのは摩弥さまのほうだぜ~!」
ちょっと違う言い訳をする紫蘭。
「じゃあ摩弥は失踪して世間を騒がせたあとでこんな田舎町に行き着き、そこにあった歴史的建築物に住みついたわけですね」
歴史的建造物に住み着いたり、洞窟にこもったり、地元の人からすりゃあはためーわくこの上ない。
「そういえばこの屋敷のどこかに、自爆装置が仕掛けられてるらしーぜ」
「ふぇっ?」
紫蘭は呑気な声で場違いなことを言いだした。
「いくらなんでも、なぜそんな家を選んだんです? 摩弥は!」
いつもは冷静な凪流も身を乗り出す。
「そーよねー! いくら立派なお化け屋敷だってねぇ! 廃寺とかのほーがずっとマシじゃん!」
「お化け……?」
「紫蘭ちゃんの聞き間違えよ。それはたぶん」
「そうか……? まあとにかく種を明かせば、この屋敷をいつでも吹っ飛ばせるようにしたのは、他ならぬ摩弥さまなんだよ」
『うえええぇぇええっ?』
思わず声をそろえるあたしと凪流。
「ここには摩弥さまがたいそう可愛がって大切にしている、実験用の様々な生きものがいるからなあ。いざって時にゃあ彼等と心中するつもりなんだろーよ…… この屋敷のどこかに、物凄く大きな術を封印してある場所があるらしい。その場所についてはあたしたちも全く知らないんだけどな。とにかくその封印を解くと、ものの数秒でこの屋敷はケシズミだとよ」
「きみ…… それを知っててよくここにいますね」
呆れかえった凪流の視線に、紫蘭はふと自嘲気味な笑みを浮かべた。それはどこか哀しくも映った。
「そんくらいの覚悟がなけりゃあ、摩弥さまのそばで二年間も暮らせやしないよ」
思わずあたしたちはしんとする。
「なぜそこまで――」
呟いたあたしに紫蘭はちいさな溜め息ひとつ、
「摩弥さまをひとりにしたくはないんだ…… あんたらは、あたしを奇特な奴と思うだろう。あたしだってそう思うさ。でもな――」
次の言葉を遮るように戸口の段ボールがずず、と動いて、甘い香りが室内に流れこむ。
「樹葵だな。やっと来たか」
立ち上がったのは卓に頬杖ついていた紫蘭だった。こちら側から段ボールの扉を開けてやる。
「何作ってきたんだ……? おまえ」
「見りゃ分かるだろ。おはぎだよ」
そう言って、長身の紫蘭に差し出した盆には大きなおはぎが、ごてごてと積まれている。
樹葵は猫のような目を細めてにっこりと笑ってみせた。
「俺、お菓子作り得意だから♥」
「あたしに手渡さないでそこの卓の上に置け。おまえそれ……四人前か?」
おはぎ――とゆーよりその大きさから「田舎ぼたもち」という趣を感じさせるそれは、どうみても十個以上積みあがっていた。
「ちょっと多めかな」
首をかしげる樹葵に、紫蘭は目を見開いた。
「ちょっと……?」




