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12.洞窟に潜む鬼?(1)

 まぶしい日差しを浴びて、青い湖は明るく輝いていた。入江の形が美しい。

 昼前、あたしは葦寸(アシスン)の洞窟を見下ろせる場所まで辿り着いた。緑に覆われた丘のすそから、間違えたみたいに白くはみだして見えるのが葦寸(アシスン)の洞窟だ。

 近くまで降りると、洞窟の前には草や低木が群生していた。蜘蛛の巣のようにはりめぐらされた枝の奥に白い壁が現れ、そこにぽっかりと大きな穴が闇を飲み込んだように開いていた。

 ちょろちょろと流れる細い小川の近くに、地面から突き出た石の箱があった。二、三人が並んで腰かけられるぐらいの大きさで、厚い木の板で蓋されている。

 好奇心から両手で板を持ちあげると―― そこは空洞だった。湿った空気が冷たく鼻先をくすぐる。

 何も入っていなかったことにちょっとがっかりしながら板を戻す。一辺が金属で止めてあるのだが、酸化しているため動かしにくい。

 さやけき水脈を飛び越え草を分け、洞窟へ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が体を包んだ。

 進むにつれて、外の明かりが届かなくなってくる。

 左手をぬれた土壁にすべらせながら、ゆっくりと足を運ぶ。

 古い空気が鼻をつく。

 道はゆるやかに右へ旋回しているようだ。

 しばらくすると左右の壁がひらけ、暗闇の中、土壁が台のように手前へ突き出しているのが分かった。

 ――あれっ……

 あたしははたと足を止めた。

 これは確か……

 凪流(ナギル)に預けたままになっている、「葦寸(アシスン)洞窟内部図」の記憶をたどる。地図の右下に記されていた文字が、ちらちらと頭をかすめる。

 「暫シ進ミテ右折突当リ、其処在双魔術剣」

 そう、学院卒業の証である「剣」は、確かにここにあったはずなのだ。

 学院の師匠たちがあの地図を作成したときまでは。

 暗くてよく見えないが、そこに剣はなかった。そもそも封印の魔力をまったく感じない。王立魔道学院の魔術師がかけた封印を、解呪の呪文を知らずに解けた者がいたのだ。魔道を極めた者なら封呪の解読も不可能ではない。芝居や講談に出てくるような歴史的怪盗が、私腹を肥やした悪代官の蔵や、両替商の金庫にかけられた封印を解いてしまう話ならあたしも聞いたことがある。多分に脚色されていると思っていたが――

 一歩足を踏みだして、あたしは再び凍りついた。

 壁を、地面を、そしてあたしを、(だいだい)色の光がぼんやりと照らしだす。

 ……息が止まるかと思った……

 多分、人の気を察知すると、明かりがつくような術がかけられていたのだろう。学院側の資料には勿論、こんなことは書かれていなかった。

 どこか薄気味悪い橙色の光にぼんやりと照らしだされた台の上には、あるはずだった二本の剣のかわりに、今では書物が積み上げられている。

 ――ううっ、好奇心が……っ このどーくつ、危険なんだっけ……?

 あたしは一番上にあった一冊を手に取る。和紙を束ね、背を紐で閉じたもので、版本ではなく書き本だった。緻密な図とそれに付随する説明書きがびっしりと書き込まれている。ぱらぱらとめくるうち、興味深い見出しに目が止まった。

 「時を越える方法」

 円柱状の透明な容器の図が書かれている。書き込まれた寸法を見ると、人ひとりが優に入れる大きさだ。底面には魔法陣が描かれている。

 この本の主によると、「輪虫洞(ワームホール)」というものを使えば時を越えることが可能らしい。

 「輪虫洞(ワームホール)」とは、任意の地点甲から地点乙に行く別次元の道とのこと。例えばあたしが家から魔道学院へ行くのに、この三次元空間を歩く以外の経路を提供してくれる、四次元空間ってことだ。

 「輪虫洞(ワームホール)」は大地に働きかけ強い重力を引き出し、召喚魔術の要領で空間を歪ませることで人為的に作り出せるそうだ。

 そういえばこの底面に描かれた魔法陣に書き込まれた梵字(ぼんじ)が皆、召喚魔術関係のものである。

 そして肝心な「時を越える方法」だが、それは次のように書かれていた。

輪虫洞(ワームホール)の一端を光速に近い速さまで加速して停止させ、それから再び加速してもとの位置に戻す。

 往復運動したものは静止していたものに比べて時計が遅れるため、静止した口から輪虫洞(ワームホール)に入り、往復運動した口から出れば過去へ行ける。

 また逆にたどれば未来へ行くことも可能である〉

 ……だんだん頭が困絡がってきた……

 あたしが今一度読みなおそうとしたとき、洞窟の奥から物音が聞こえた。

 ――人がいる……

 咄嗟に体が逃げようとしたが、考えてみたら何も逃げ隠れするようなことはしていないのだ。誰かが来たならばそれこそ好都合、魔術剣のことが聞けるではないか。……とか言って熊が住んでたりしたらやだけどね。

 あたしはこの「時を越える方法」の項目だけでも読み終えようと先へ急いだ。

〈作り出した輪虫洞(ワームホール)は一瞬開くと次の瞬間には閉じてしまい、人が通り終える前に、中にいる人間もろとも巨大な重力で押しつぶされてしまう。これを防ぐには、陰の気を用いて反重力を起こす必要がある〉

 重力は引き合う力である。ということは反重力はしりぞけ合う力であろう。輪虫洞(ワームホール)の壁と壁が物凄い速さで引き合い閉じてゆくのを、反重力を起こして開いたままにするってことか。

 魔道学院の基礎科目で、気は熱や光・音を引き起こしたり魔力・重力に変換されるだけでなく、物質・質量などすべての源と習った覚えがある。これは陽の気の話だったんだろう。陰の気なら反重力を引き起こすのか。

 あたしがページをめくったとき、洞窟の奥から緊迫した女の声が響いてきた。

「動かないで!」

 半ば命令するように、半ば懇願するように叫んだその声に続いて、

「うわあぁっ!」

 と悲鳴をあげたのは聞き覚えのある声だった……!

 ――凪流(ナギル)

 それから何かが落ち割れる音――

「待ちなさい! なぜわたしから逃げようとするの!」

 女の叫び声に凪流(ナギル)は答えなかった。そのかわり、必死に逃げる足音がこちらへ近付いてくる。

 凪流(ナギル)の声がした方へ走りだそうとして、あたしは本を広げたまま躊躇した。そこには時を越えるのに必要な呪文が記されている。これを書き写す時間はない。

 でもこのまま知らずに終わるのは嫌だ!

 そのページを破ってしまおうかなんぞと血迷ったとき、すぐそこの角を曲がって決死の表情で駆ける凪流(ナギル)が姿を現した。――音が反響していたため、こんな近くまで来ていようとは知らずにいたのだ。

玲萌(レモ)くん、こんなところにっ?」

 凪流(ナギル)は本を手にしたままのあたしの腕をひっつかむと、そのまま洞窟の外へ走り出た。

 真昼の太陽に一瞬目がくらむ。

 唇まで蒼白になった凪流(ナギル)は上半身裸で右手に自分の服をつかんでいた。ちょっと辺りを見回してから、あたしの腕を引っぱってせせらぎを飛び越えると、例の石の箱に乗っている蓋を蹴り上げた。

「どうするの!?」

「とにかく隠れないと!」

「でもこんなとこ…… うわああああっ」

 凪流(ナギル)に右腕をつかまれたまま土の壁を滑り落ちる。

「ちょっと手ぇはなしてよ!」

 叫んだときには底まで落ちていた。

 見上げると石の箱の入り口から急な斜面になっている。板の隙間からこぼれ落ちる筋状の光が、その上を波打っていた。

 左手で木の板を握っていたため、あたしが下に落ちると同時に閉じてしまったのだ。

 ふと右手を見て「時を越える方法」が記された本を持ってきてしまったことに気が付いた。

 どーしよー。持ち主の人ごめんなさいっ! これって……盗みかな……?

 今度洞窟に行くとき戻さなければ。

「あいたたたた……」

 凪流(ナギル)がうめきながら、あたしの下から這い出してきた。見れば彼が落ちたのは大八車の上。土壁の急斜面に立てかけてあったようだ。

玲萌(レモ)くん、急ぎましょう!」

 その声に焦燥感がにじむ。どこかぶつけたようだが、そんな痛みを忘れるほど慌てているらしく、持っていた着物を急いで羽織ると、へそ辺りで手早く紐を結ぶ。

「暗いから明かりでもつける?」

 凪流(ナギル)の上に落ちたおかげで無傷のあたしは、着物の土ぼこりを払いながら立ち上がる。

「そんなことより逃げなければ! つかまったらどうなると思ってるのかね玲萌(レモ)くんは」

 ひょえぇ。怒られてしまった。

 あたしは肩に掛けた布の小物入れから、幅四短(約四センチ)縦十短(約十センチ)程の紙片と小筆を取り出す。紙片の上部には梵字(ぼんじ)が刷られている。その下に小筆で「紅灼溶玉閃(こうしゃくようぎょうくせん)」としたためる。

「暖かき灯火(ともしび)となりて(きら)めき(たま)え」

 紙片にぽっと火が灯った。

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