10.地下室の邂逅(4)
「ふきゃぁっ、おなかいっぱ~~い」
あたしたちは大満足で、紫蘭の館をあとにした。
自然と草を踏む足取りもゆっくりになる。
足下のやわらかい草と、真上からあたたかく照らす太陽が、理屈抜きの幸せを与えてくれる午後――
木々の枝がトンネルのように空を覆い、ゆれる小枝の間で陽の光が舞う。梢を渡る風が気持ちいい。
雑木林の中を続く坂道をくだっていると、夕露があたしの袖を引っ張った。
「玲萌せんぱい、葦寸の洞窟、本当に行くんですか?」
不安そうに、「紫蘭ちゃん、鬼が住んでるって言ってたけど……」
「洞窟に入らなきゃ、あたしと凪流は卒業できないでしょ。あんたは入り口で待っててもいーのよ」
「えええぇぇ〜っ」
さらに不安そうな声をあげて抗議の眼差しを向ける夕露。鬼が出る洞窟の入り口で一人突っ立っているのも怖いらしい。
「ま、あの洞窟が危険だってのも本当かどうかわかんないけどね」
あたしは紫蘭の言葉をあまり信じていなかった。
「そぉなんですか〜?」
と、まだおびえている夕露に、
「あいつ自身になんか、わけがあるとも考えられるじゃん? 見られちゃやばいもん隠してるとか」
「零点のテストとか、一だらけの通知表とか?」
「そんなん隠すのはきみぐらいだろーけど、例えば……あそこの洞窟で実は金がとれるって噂を耳にしたとか」
「そんなこと考えるのは玲萌せんぱいくらいでしょーけど」
さらりと言ってのける。間髪入れず「そういえば」と話を変えた。夕露にしては素早い。
「紫蘭ちゃんと戦ってるとき、樹葵くん何度か玲萌せんぱい守ろうとしてたじゃないですか」
「そんなことあったっけ?」
仕方なくあたしも応じる。
「あったよぉ」
あたしに「約束」とやらを果たしてもらうためだろうか。
「玲萌せんぱい必死で戦ってたから気付かなかったかもしんないけど」
「夕露は必死で食べてたわけじゃあなかったんだ」
「あたしは聖徳太子だから、食事に専念しながらまわりが見えるんです」
「聖徳太子は聖人だからもの食べないのよ」
「そうなんですかっ?」
おー、信じた信じた。
「それで玲萌せんぱい、二年前とか三十三日前とか、樹葵くんに会った覚えあるんですか?」
「全然ないんだよね。二年前なら忘れてるとしても一月前はねぇ。凪流と一緒に葦寸の洞窟のこと下調べしてた頃だもん。それであたしがうっさい凪流を黙らせて、そ~っと学院側の書類、盗み見たらなんとあの洞窟に行ったペア、去年もおととしも帰ってきてないの!」
「えええっ! うそぉっ?」
「まじ。師匠に問い詰めたら、葦寸に行ったヤツ不良ばっかだったから、卒業修業を口実にそのまま家出したらしいけどね」
「良かったぁ」
「でもこれって言い訳くさいけどね」
「え……」
「だから今年は信用おける凪流くんを選んだんだよ~とか言いやがってあのくそおやじ、あたしの名前は出っさねーの」
師匠のむかつくツラを思い出して、あたしは思わず足元の石を蹴る。
「……あの……玲萌せんぱい……凪流せんぱい、忘れてたでしょ……」
「……………………そ~だ。しっかりばっちり記憶削除してやんの。戻ろ」
「あれっ、玲萌せんぱいにしては素直……」
「だって置いてったらあいつうっさいよ? それに――ぶっとばしてそのまんまってのも、なんか気んなるしね」
あたしはぺろりと舌を出した。
――忽然――
そうとしか形容しがたい状況だった。
紫蘭の屋敷の横手に再び戻ってきたのだが――
右手の壁につたが絡まっている。どこまでも「アヤシイ古城」を追求しているらしい。
「凪流せんぱいとあたしが落ちたのって、このへんでしたよねぇ?」
「うん。だって枝が折れてるし……」
古城の横手は林になっている。なだらかな斜面に根を張った木々を見上げる。
「ひとりで復活して先、行ちゃったのかな」
「凪流せんぱい、眼鏡とるとけっこー美形だから、さらわれたとか」
「あんた好きねぇ。誘拐事件。凪流なんか誘拐してもな~んの『お楽しみ』もないじゃない」
「玲萌せんぱいの変態っ」
「あ、身代金請求くらいならできるか。しょーがないから葦寸に行く?」
葦寸の洞窟へは一本道だ。けもの道でも探さない限り、彼が先に行っていようとあとから来ようと、いずれどこかで合流できるだろう。事前の下調べで泊まる宿も決めてある。
「どしたの? 夕露」
木の根元にしゃがみこみ、茂みを見つめている背中に声をかける。「なんかみつけたの?」
「うん。これって――」
夕露が差し出したのは凪流の眼鏡だった。
「やっぱりゆーかいされたんですよ! あのど近眼が眼鏡置いてっちゃうはずはありませんからねっ! 自分の眼鏡くらいは見えるでしょうしっ!」
さらりとひどいことを言ってガッツポーズを決める。
「みつけようとしてみつかんなかったって線は考えないの?」
「考えませんっ! つまんないからっ!」
「あっそ。で、凪流が誘拐されてるとして、あたしたちはどうするの?」
「玲萌せんぱいが助けにいくっ!」
「どこへ?」
「………………」
「さ~ 葦寸へ向かおうか。今日中に渓山の宿に着かなくちゃなんないからね」
葦寸の洞窟へ行くのに越えなければならない渓山には、近くの大きな湖――斜原湖から水が注ぎんでいる。そのため「渓」の名がついたようだ。
「でも洞窟までの地図、凪流せんぱいが持ってるんでしょ? どぉするんですか~?」
あの男は「君なんかに預けておけませんからね」などと言ってあたしから地図を奪い取ったのだ。
「まーだいじょーぶよ。道は一本しかないんだから、今日泊まる宿で教えてもらえば迷うこともないでしょ」




