第九十二話
ゴブリンを倒した後、俺たちは長谷部ダンジョンをサクサク進んでいった。
現在は二階層であり、全員無傷で探索を進めている。
(そりゃあ、練習相手にすらならんわな)
あの後もゴブリンを見かけたが、東雲とヴァルが素手でボコしていた。
東雲なんてパンチを躱して手刀で首を折って仕留めるとは、人間技ではない。
(素手でそこまでのレベルになれる気が…魔術を使えばいけるか)
身体能力を強化する魔術にも強弱があり、より消費を上げれば、強化度合いも上がる。
(ただ、魔力の消費が多すぎるんだよな)
不測の事態が起きるダンジョンで、過剰に魔力を消費するのは危険だ。
身体能力を強化して戦うということは、その分モンスターと俺の距離も近いということであり、そのタイミングで魔力が切れたら、完全に終わりである。
(それだったら、遠距離魔術を使った方がいいんだよな)
多少魔力が残っていれば身体能力を強化するのに使って、逃げれるし、もし魔力がなくなっていても逃げれる可能性が上がる。
俺にはああいった肉弾戦というか、近接での戦いが向いていないのかもしれない。
「次は俺がやるわ」
歩いていると、ゴブリンの姿が見えた。
流石に今度はしっかりとこちらを認識しており、こちらを睨みつけると、じりじりと近づいてくる。
(さっさと仕留めるか)
俺は刀を抜くことなく、素手のまま近づいていき、ゴブリンの腹に向かって蹴りを放った。
「ゴベッ!?」
明らかに素人と分かる蹴りだが、身体能力はとっくに並みの領域ではない。
下手くそな蹴りであっても、しっかりと命中すれば、その威力は凄まじいものとなる。
「うわ」
実際、ゴブリンの体は鞠莉のように飛んでいき、洞窟の壁にぶつかり、そのまま地面に倒れると、ピクリとも動かなくなる。
(蹴りも意外と有効なのか…?)
直接戦うとしても刀主体で、蹴りを戦いで用いたことはなかったが、思ったよりも強力だ。
人よりも少し軽いぐらいの重さのものが吹っ飛ぶのだから、使いこなせれば、武器になるだろう。
(でも、これはあくまでゴブリン相手の場合だけか)
相手が弱ければ通用するが、少しでも拮抗する要素が相手にあれば通じなくなるだろう。
今回のように簡単に倒すことができると考えるのは、危険だ。
(結局、俺には魔術なのか)
刀を使ってみたものの、東雲は当然のこと、ヴァルにも圧倒的な差がついている。
だが、当然のことながら魔術を使って遠距離から攻撃する能力は二人よりも遥かに高い。
(自分の戦い方を見直さないとな)
ここ最近は自分の体を使って戦うことに傾倒していたが、そういった部分を見直す必要があるかもしれない。
「どうしたんですか」
俺が考え込んでいると、東雲が近づいてきて声を掛けてくる。
『 ? 』
ヴァルもわざわざメモに文字を書いてみせてくるぐらいだから、思ったよりも考え込んでいたのかもしれない。
「いや、なんでもない。蹴りが思ったよりも威力があったから、戦いで使えるか考えていただけだ」
俺はそれだけを言い、ゴブリンの元へと歩み寄ると首飾りを手にする。
(今回は自分を見つめ直すのにも使えるかもな)
そんなことを考えながら、俺は首飾りを袋の中へと収めた。
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