第六十一話
俺とヴァルは恒例となっている素材の売却を行うため、探索者協会の地下一階へと向かっていた。
今の俺は疲労感はあるものの、休憩をはさんだおかげで身体の重さはだいぶ抜けている。
本調子ではないが顔には出ない程度に、疲労感が抜けていた。
(レベルが上がっていなかったら、どうなっているんだろうな)
レベルが上がることで身体能力は勿論、体力なども上がっている。
そんな状態でもここまで疲労が出ているのだから、レベルが1の場合どうなっているのか、見当もつかない。
下手したら、身体が完全に動かなくなっているのかもしれない。
(あり得るな)
そうなっていれば、探索なんて三日に一回か四日に一回程度しかできないだろう。
残りは全部休み。
まったり家でくつろぐことになる。
(いや、それはそれでいいのでは?)
そんなありもしない生活を妄想しているうちに、俺とヴァルは地下一階の受付へと来ていた。
「お疲れ様です、伊藤様。本日はどういったご用件ですか?」
前と同じ受付嬢、淵田さんが笑顔を浮かべながら受付に立っていた。
淵田さんはおっとりとしているためか、笑顔を浮かべていても優しさが具現化したような笑みになっている。
(東雲とは違うな)
顔が違えば笑顔のタイプも変わるのは当然だが、こちらの方が断然優し気な雰囲気がある。
(最近の東雲の笑顔は、笑顔であってもなんか怖いんだよな)
見惚れるような笑みを浮かべていても、その内には恐ろしい化け物を飼っているような気がしてならない。
そんなことを考えていると、ふと背筋がぞわりとした。
(これ以上このことは考えない方がよさそうだ)
東雲が何かしら感じ取っていたら、たまったものではない。
この世界にはスキルなんて超能力じみたものというか、超能力そのものがあるのだ。
知られていてもおかしくはない。
俺は先程までのことを忘れると、素材の買取をしてもらうため、リュックをカウンターの上に置く。
「淵田さん、今日も素材の売却に来ました」
俺はそう言って、リュックに入った魔核と逆鱗を取り出した。
リュックの中には魔核と逆鱗が十数個ずつ入っており、それらを全部、カウンターの上にあったトレーの上に載せる。
すると淵田さんは目を真ん丸にして、素材の一つ手に取り、しげしげと見つめた。
「これはミニドラゴンの逆鱗ですか?それもたくさん」
淵田さんは大きな瞬きを繰り返しながら、ミニドラゴンの逆鱗を様々な角度から見ている。
やがて納得がいったのか、逆鱗をトレーの上に戻すと口を開いた。
「これは間違いなく、本物ですね」
そりゃそうだ。
偽物を持ってきても、一文にもならない。
「はは、それはそうですよ」
「いえ、私もそれは分かっているのですが、あまりにも進むのが早いなと思いまして」
ああ、そうか。
淵田さんはミノタウロスを狩れるのは知っているが前回持ってきた素材は三個程度で、今回は十数体分の素材を持ってきている。
ミノタウロスを狩れる程度の実力はあったとしても、ここまでの数を集めるのはかなり難しいと考えるのが普通のはずだ。
(ワイバーンの素材も出していたら、大変なことになっていたな)
大量のミニドラゴンの素材に、ワイバーンの素材まであったら、どうなっていたことか。
「ヴァルが優秀なんですよ」
とりあえず矛先をヴァルに向ける。
実際にヴァルは優秀なモンスターだ。
嘘をついているわけでもないし、言葉に不自然さは生まれにくいだろう。
「ヴァル様がですか?」
予想通り俺の言葉を特に疑いもせず、ヴァルを見る淵田さんであったが、突然ハッとしたような表情になると、慌てて顔をキリッと引き締め直して一度お辞儀をする。
いきなりのお辞儀に理解ができなかったが、お辞儀をした淵田さんから出た言葉に俺は、はたと理解した。
「すみません、余計な詮索でした」
探索者にスキルの詮索は禁物。
それを探索者協会の職員がやることはあまり褒められたことではない。
「いや・・・別に大丈夫ですよ」
スキルに関する情報の詮索は推奨されたことではなく、この行為に対して理解もできるが、それと同時にこの程度で頭を下げるほどかと言われれば、そんなこともないだろうとも思う。
正直、深入りしてこないのであれば、こちらとしても特に問題はない。
「すみません」
バツが悪くなったのか淵田さんはそう言って、素材をトレーごと奥の部屋へと持っていこうとするが。
「あっ」
慌てていたのか、淵田さんが思わず転びそうになる。
(あぶな)
淵田さんはすんでのところで体勢を持ち直し、素材を落とさずに済んだ。
魔核などは落ちた程度で割れることはないだろうが、万が一がある。
「すっすみません」
彼女はこちらに軽くお辞儀をすると、今度は慎重にトレーに載った素材を運んでいく。
(意外とドジなのか?)
協会の職員なのに探索者のスキルを詮索しそうになったり、素材を運んでいるのに転びそうになったりと、意外と抜けているところが多い。
(彼女がここで仕事をしていて大丈夫なのか?)
危なっかしい淵田さんが消えていった方を見て、俺はそんなことを思いながら、素材の鑑定を待つのであった。
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