第二話 魔術
あれから、どれほど意識を失っていたのだろうか。
目覚めると既に朝日は昇っており、時計の時刻は午前10時を回っていた。
今まで経験したことのないほどの怠さを感じ、俺は魔力を消費して魔術を発動する。
『ヒール』
魔法に比べると効果がイマイチな魔術であるが、イメージが明瞭であればあるほどに消費する魔力が低くなる上、魔術で引き起こす現象に多少のアレンジを加えられる。
同じ呪文の魔法と魔術を撃った場合、最高火力はどうやっても魔法が上だが、魔術は出力を下げて魔力の消費を抑えたりすることができる。
そのため、魔術の使い勝手は魔法のそれを遥かに上回る。
これはプロセスの違いによるものなのだが、細かいことはこの際どうでもいいだろう。
学生時代の快活だった頃をイメージし、魔術を唱えた。
すると、倦怠感によって重さを持っていた身体が軽くなり、重さを全く感じなくなる。
喉の乾きも感じていたため、俺は魔術を使ってコップに水を入れると一気に飲み干した。
「うまいっ」
子供の頃に山奥で飲んだ水をイメージして出した水は、今まで飲んだ中でも最高の味だった。
「って、この力は何なんだよ!」
俺は自分に激しいツッコミを入れる。
当たり前のようにこんな力を使っているが、スキルなど昨日まで持っていない俺にはなかったはずだ。
「昨日のスキルか?」
俺は思考加速の魔術を使って考えを巡らせると一瞬のうちに、昨日スキルオーブを使ったことを思い出した。
「こんなスキルは聞いたことはないはずなんだよな。魔法はあるんだが」
学生時代に探索者について軽く調べたことがあった。
当時の情報でも火魔法や水魔法という属性の決まった魔法スキルは存在していたが、こんなチートじみた優良なスキルは聞いたことがない。
(魔法よりも劣るからってイメージで消費する魔力が下がるって、デメリットを打ち消すどころかメリットが遥かに上回ってるじゃないか)
魔力は人間の体内にそこまで多くは生成されない。
ミスリルに関する職場にいたので、たまにMPを使うことはあったが、俺の魔力は下級の魔法三回分程度しかなかった。
それなのに、
「全く疲れていない」
既に魔術を3回は使ったが、疲れは全くない。
魔力を大きく減らすとそれなりの疲労感に襲われるのだが、ヒールのおかげで寧ろ調子がいいぐらいだ。
「それにこの知識はなんだ」
何千何万どころではない膨大な魔術の知識や、効果的な魔術の使い方や魔力の回復法や最大値の上げ方などなど、未だ未発見な知識が山のように頭の中に入っている。
今の時点で使える魔術は百に届かない程度だが、それでも膨大な知識は武器になる。
下手をすれば、この知識だけで億万長者になれるかもしれない。
そう思い至った瞬間、頭がスンと冷えた。
(いや、それは危険か)
この情報の価値は大きいが、その価値は一人が保有していいレベルではない。
もしもこの知識を持っていることを知られてしまえば、国は躍起になって俺を捕らえて、ある限りの情報を絞り出して、殺すぐらいのことはするだろう。
(さてどうしたものか)
効果時間の過ぎた思考加速の魔術を再びかけなおし、考える。
(派手に動かず、自分自身の強化をしながら気ままに生きるか)
かなりいいスキルを手に入れたのは明白。
派手に動き、探索者としての地位をいきなり高めたりすれば、国家は何かしら気づく可能性が高い。
そうなればアウト、運が良くとも軟禁状態、悪ければ命はないだろう。
(幸い、ダンジョンでのレベル上げをせずとも強くなる余地はある)
この世界ではレベルの高さこそが強さの指標だが、俺の頭の中にある知識では、レベルを上げる以外にも、魔術師が強くなる方法はある。
(魔力の最大値を上げられる方法・・・この情報は本当にヤバい)
日本にも魔法のスキルを持った者だけを集めた特殊部隊みたいなのがある。
確か、対テロ特殊急襲魔法師部隊だったか?
この前も元探索者のテロリストを魔法で殲滅し、人質を全員確保していたと思う。
全ての警察官や軍人に魔法スキルを保持することを義務付ければよいのだが、特殊部隊が作られているように魔法スキルの保有者は少ない。
上級の探索者であればあるほどに持っている可能性は高いが、それでも一般的な探索者で持っている者はほとんどいないだろう。
それだけ魔法スキルは貴重であり、国家の戦力として、他国への牽制として重宝されている。
(それにしても腹が減ったな)
これまでのことが驚きの連続な上、帰ってきてから何も食べていない。
かなりの空腹感があることに今気づいたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。