第一話 スキルオーブ
マンションにある自室に戻った俺は、スキルオーブをテーブルに置くと、床にドカッと音を立てて座り込んだ。
今まで経験したことのない疲労感が身を包んでいた。
自ら職を放棄する、それはこれからの生活の維持を放棄することに他ならない。
爽快感や興奮は既になく、あるのは少々の期待と今後の不安や恐怖であった。
冷静になった頭の中をよりネガティブな感情が支配する。
「考えたところで後の祭りだ」
頭を軽く振りながら、自分自身に言い聞かせる。
今更過去は変えられないし、既に別の世界への道を一歩踏み出している。
くすんだ色の水晶玉、六級のスキルオーブを見た。
六級のスキルオーブの色は三級などの上等なスキルオーブとは違って濁った色をしている。
その色が心に燻る不安な心を煽った。
「ふう、とりあえずスキルオーブを使ってみるか」
ネガティブな思考を完全に切るため、箱の中にあった説明書を見る。
スキルオーブを使うには、スキルオーブの水晶の部分に手を当て、「覚醒せよ」と言わなければならないらしい。
ひと昔であれば中二病などと言われていたかもしれないが、かつては創作物でしかなかったファンタジーな世界も今は常識である。
特に抵抗感もないまま、直ぐに行動へと移した。
「覚醒せよ」
シーンと静まる室内。
スキルオーブが発光するわけでもなく、俺の体にも異常はない。
ハズレか。
肩を落としながら、二つ目のスキルオーブを手に取る。
「覚醒せよ」
スキルオーブから微かな光が放たれた。
これは体力強化か。
スキルは取得する瞬間にどんなスキルか何となくではあるが感知することができる。
その理由はよくわからないが、ダンジョンから出た物なんだから別におかしくはない。
「二回連続でハズレか」
ハズレとは言いつつも、俺としてはどこか感慨深い。
俺が若い頃は探索者になる条件が厳しく、最低でも最下級以上のスキルを保有することが義務付けられていた。
これは誰でも彼でも探索者になることを防止するための処置であり、危険なダンジョンで命を落とす確率を下げるための措置だったのだが、ここ二十年でノウハウが蓄積されていき、今ではスキル無しでも探索者になることが可能になっている。
若かった頃の俺にとってスキルは憧れのモノであり、それを手に入れたことに多少の喜びはあった。
(選択ミスったかなぁ)
ただ、結果は良いとは口が裂けても言えない。
五級以上のスキルオーブであれば確実に最下級のスキルを得ることができる。
だが、五級のスキルオーブからは最下級スキル以外のスキルは出ることはなく、値段も六級の十倍以上する。
そのため、もしかしたらグレードの高いスキルが手に入るかもしれないと、六級のスキルオーブを買ったのだが、勢いに任せすぎたかもしれない。
(どうしようもないけどな)
初めて上司に(元が付くが)反抗した爽快感と、様々な品物を見た興奮とが合わさって、ついついギャンブルのような選択肢を取ってしまった。
だが、何度反省しても仕方がない。もう後戻りはできないのだ。
「ええい、ままよ、覚醒せよ!」
ドクンッ。
最後のスキルオーブに手のひらを当てながら叫ぶように言うと、全身が凍り付いたように動かなくなった。
心臓を鷲掴みされたような感覚に陥り、喉が焼けるように熱い。
その上、身体が凍えるように冷たい。
明らかに異常な状態に脳内がパニックに陥る。
《スキル・【魔術】の覚醒を確認》
《伊藤春彦を魔術師に認定》
無機質な声が脳内に直接聞こえるが痛みのせいで何を言っているのか分からない。
【必要な情報をインストールします】
突然、プチンという音がした。
その音は頭からゆっくりと伝播していき、やがて全身に伝わる。
(あっ)
俺は何が起こっているのか正しく認識することもできないまま、訳も分からず意識を手放すのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。