第百五十一話
自信がついてからの探索は、非常にスムーズに行われ、多少の苦戦はあったものの、第二十八階層、二十九階層を突破し、遂に三十階層へと到達した。
(この階層のモンスターはどのくらい強いんだか……)
佐々木ダンジョン第三十階層のモンスターは花眼人形。
一見、東京第二ダンジョンにいる自動人形と変わらない見た目のようであるが、両目がある箇所には、目の代わりに美しい花が咲いている。
(そんなに強そうには見えないが…)
モンスターの強さは、各ダンジョンの階層に依存する。
佐々木ダンジョンの第三十階層を徘徊するモンスターともなれば、現存する中でも、かなり上位の強さであることを覚悟した方が良いだろう。
花眼人形は基本的に白兵戦が得意なモンスターであり、常人ではまともに視認することすら敵わないスピードを持っているとされている。
いくら距離が離れていても油断はできず、その他の機能も非常に高いそうだ。
ただ、このモンスターの本当に危険な要素は、身体能力ではなく、ある種異能に近いような、特異な能力にある。
(既に若干、鈍くなっているな)
花眼人形が持つ、二つの花から出る花粉に触れた探索者は動きが鈍くなるのである。
この花粉は第三十階層中にばらまかれており、決して逃れることはできない。
風で払ったとしても、ものの数秒で周囲には花粉が戻ってくる。
また、長時間この階層に居続けると、花粉の影響が急速に強まり、突然身体が動かなくってしまう。
そして、徘徊する花眼人形になぶり殺しにされるそうだ。
(おまけに花粉を通して、こちらを察知する機能まであるとか、反則だろ)
花眼人形に視覚はない。だが、この階層のあるゆる場所に存在する花粉を通して、探索者の居場所を察知しており、通常、その索敵から逃れることはできない。
強いて、このモンスターの弱点をあげるなら、花眼人形は普段から活発に徘徊しているわけではなく、基本的にはじっとしていることだろう。
身体能力は高いが、エネルギーをその分使うためか、探索者が近づいてきた時に動き始めることが大半であり、連続して襲われるということはあまりない。
「ヴァルは大丈夫か?」
花粉の影響を受けたこともあって、少し心配になった俺は、先頭を歩くヴァルに声を掛ける。
これまでのモンスターよりも厄介さが際立っており、ヴァルが本調子でなければ、この階層の探索は中止するのもありだと、思い始めていたからだ。
だが、俺の心配をよそに、ヴァルは振り向くことなくサムズアップした。
(ホントに頑丈だな)
もしかしたら、僅かな時間で、この動かしにくい状態に適応したのかもしれない。
(いや、あり得ないだろ)
本当にそうなら、ヴァルはとんでもない化け物であり、一体、どこまで強くなれるのか、俺でも皆目見当もつかないことになる。
俺は余計な考えを頭の隅に置き、花眼人形の察知に集中することにした。
魔術を使って気配を探るが、階層を歩き始めて間もないこともあってか、現在、モンスターどころか人の気配すらない。
だが、花粉の影響を受け始めている以上、この階層に花眼人形は間違いなく徘徊している。
(【探知】は絶対に必要だな)
花粉の影響がある以上、この階層は花眼人形の領域であると言って良い。
敵を察知する類のスキルないし魔術を使っても、先制のアドバンテージを得ることは難しそうであるが、逆に先制されるリスクを排除する必要があった。
代わり映えのしないダンジョン内を、ただただ歩いていく。
すると、ようやく【探知】に反応があった。
「ヴァル、そろそろ来る」
【探知】に引っかかっていた花眼人形が、ゆっくりとだが、迷いない足取りで、俺たちのいる方に進んできている。
花眼人形は既にこちらの居場所を察知し、戦闘態勢に入っているとみて間違いない。
俺とヴァルは警戒態勢に入り、お互い、ほぼ同時に武器を抜いた。
「……………」
警戒しながら待っていると、やがて花眼人形が姿を現す。
パッと見は自動人形と認識してしまいそうだが、本来は目があるはずの窪みには、綺麗な紫色の花が咲いていた。
(確か、普段の花は青色をしているが、戦闘態勢に入ると徐々に変色し、最終的に赤色になるんだったか)
特に気配を断つことに長けたスキルと技術を持った、Aランク探索者の調査によって判明したそうだ。
花眼人形と俺たちは一歩も動かず、しかし、確実に空気が張り詰めたものになっていく。
いつの間にか、目の前の花眼人形の花の色がとても濃い、血のような色をした紅い花になった。
(やるか、【結界】)
俺の魔術発動と同時に、花眼人形は姿を消した。
(はやい)
高速で移動した花眼人形の腕を、前に出ていたヴァルが受け止める。
大盾による防御のタイミングも悪くなかったはずであるが、花眼人形は一歩も引かず、それどころか更に攻撃を加えてくる。
ヴァルの大盾からギャリギャリと不快な音が鳴った。
花眼人形は超高速で腕を鞭のように振るっており、ヴァルは完全に動きを封じられている。
(化け物だな)
改めて感じる、Bランク探索者が相手にするモンスターの強さ。
一瞬姿を見失いそうになったほどのスピードに、俺が相手をしているのが化け物であることを実感する。
(【肉体強化】【神経強化】)
「【アイス・カタパルト】」
無数の氷の砲弾が、花眼人形に向かって放たれるが、物理法則を無視した超人的な動きで、全ての氷塊を躱した。
花眼人形は、ヴァルの大盾に前蹴りを放ち、その力を使って、あっという間に距離を取る。
戦況は振出しに戻った。
(あぁ、強い)
得も知れぬ高揚感を感じつつ、どのようにして、このモンスターを粉砕できるのか、俺は思考を開始するのであった。
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