5 黒川さんの里帰り その13
さて、そんなこんなで正式に?夫婦になった二人であったが、黒川が言ったとおり、それで雪子の生活が何か変わるわけではなかった。翌日からも、まったく今までどおりであった。そう、ただ家と勤務先のレストランを往復するだけの日々……。
黒川は、彼女の家の隣に間違いなく潜んでいるのだが、相変わらずアパートの廊下などでは顔を合わせることはなかったし、ベランダから遊びに来ることもなかったし、電話もかけてこなかった。
雪子は次第に彼の態度にいらだちを感じはじめていた。一方的に愛の告白をしておいて、いくらなんでもそっけなさすぎるのではないだろうか。別に毎日花束を持って求愛しに来て欲しいとは思わないけれども、たまには会いに来たり、電話で声を聞かせてくれてもいいではないか。こっちは、夕方の時間帯はいつもベランダの窓の鍵を開けて待ってるのに。防犯上よくないと思いながらも、そうしているのに……。
ただ、そんなふうに考えながらも、彼女は自分からは黒川に会いに行けないし、電話もかけられないのであった。彼女は、自分の中の彼への気持ちの変化に気づくには、あまりにも恋愛経験値が低すぎた。
そして、そんな日々の中、彼女はふと、ある発見をした。仕事の帰りに寄ったコンビニに、ちょうど月刊サバト最新号があったので、本当に誌面がリニューアルされて黒川の漫画が排除されているのか、買って確かめてみたのである。(目次だけを見ればいいのだが、シュリンクされていたので買うしかなったのだ!)
家に帰り、その中身を確認すると、確かに前には巻末にあった「ひょっとこリーマン」という漫画はなくなっていた。代わりのように女子高生のゆるい日常四コマ漫画が八ページ掲載されていた。「ひょっとこリーマン」の入れ替わりの新連載だろうが、ページが倍だ。いいのか、これで?
ただ、彼女が一番注目したのはそこではなかった。なんと、その号には、ウェブに追いやられたはずの黒川ミミック先生の漫画が掲載されていたのだ。しかも三十二ページも。目次の作者コメントを見ると、「諸般の事情でお蔵入りしていた読み切りです。読んでね」とだけあった。
どういうことだろう。彼女はさっそくその漫画を読んでみた。タイトルは「超五感探偵スプーキーセンシズ」だった。主人公の超鋭い五感の能力を使って事件の謎を解くミステリーもののようだが……。
「あ、あれ?」
雪子はびっくりした。それは、超絶底辺作家、黒川ミミック先生らしくない、まともで面白い漫画だったのである。
なんといっても、あの「ひょっとこリーマン」と違って、話にちゃんと中身があり、何をどう楽しめばいいのかわかる。ミステリーものながらも、変に理屈がこみいってなく、話自体も三十二ページですっきりまとまっており、主人公の少年もけっこうかっこいい。女の子もかわいい。というか、相変わらず画力高い。
これはもしや……とてもよい漫画では?
「黒川さん、ちゃんと面白い漫画も描けるんだ……」
雪子は感動した。ようやく彼を一人の漫画家として尊敬できるようになった気がした。ただの単発の読みきりではあるけれども。
彼女はすぐにその月刊サバト最新号を持って、家を出て、黒川の部屋に向かった。前に、「ひょっとこリーマン」の面白さがわからないと、正直に感想を述べて、彼を傷つけてしまったことを思い出したのだ。あれはあまり親しくないころのことだったけれど、あんなことをしてしまった以上、今日、彼の漫画を面白く思ったことはきちんと伝えておきたい。
ただ、いざ彼の部屋の前まで来ると、妙に気恥ずかしくなり、チャイムを押すのをためらってしまった。
黒川とは久しぶりに顔を会わせるのだ。前は形だけとはいえ結婚して、おまけに好きだと言われてしまった。思い出すと、ますます恥ずかしさが強まって、顔が熱くなってしまう。どうしよう。別に無理して会う必要ない気もしてくる……。
と、そんなふうにうじうじしていると、突如、その扉が勝手に開いた。
「おや、雪子さん。どうしたんですか、こんなところで?」
中から出てきたのは、当然、黒川だ。いつもと同じジャージ姿だ。これからどこかに出かけるところだろうか。
「い、いや、あのう……」
雪子は突然の黒川の出現に面食らったが、
「これ、読んだんですけど!」
携えていた月刊サバト最新号を彼の眼前に突きつけ、ちゃんと用件を言うことができた。
「私、これ読んで、ちょっとびっくりして――」
「ああ、そうですよね。僕の代わりに入った新連載、八ページもあるんですよね。僕はウェブ連載で二ページに減らされたのに……」
「いや、そこじゃなくて! 黒川さんの漫画、載ってるじゃないですか、読みきりで三十二ページも」
「ああ、それは代原ですね」
「ダイゲン?」
「十一月号は、誰か連載を落とした作家さんがいて、その空いたページ数を埋めるために、何か適当な漫画を載せる必要があったんですよ。それが代原。そして、それにたまたま、僕が昔描いた読みきり漫画が選ばれたんです。五年前くらいに描いたんですけど、掲載直前になって、漫画の一部シーンと酷似した一家惨殺事件が発生して、不謹慎だということで掲載を見送られてお蔵入りしていたんですよ」
「へえ、そんなことがあったんですか」
そういう話、ドラマやアニメなどでもたまに聞くが、作品には罪がないのに、かわいそうな話だ。




