5 黒川さんの里帰り その4
「でも、なんでわざわざ着替えたんですか? それも、そんな平安貴族みたいな着物に……」
「さすがにあの鬼の装束は邪気がたっぷり織り込まれていますからね。神気妖怪でいる間は着れたものじゃないです。その点、この衣は実にしっくりきます。これは霊衣といって、神気が織り込まれた特別な衣なんですよ。いわば、神気妖怪の第二の皮膚のようなものです」
「へえ、それぞれに専用装備があるんですね」
なんかゲームのキャラみたいだ。ちょっとかっこいいかも。
それから、二人は再び森の奥へと歩き出した。黒川は神気モードにチェンジしたとたん、謎の力で周囲に青白い光を出してくれたので、さっきまでよりはずいぶん歩きやすかった。
「僕は邪気の扱いは正直苦手なんですが、神気はわりと器用に使えるんですよ。人間に化けたときの髪の長さも鬼のときと同じでしょう?」
歩きながら彼は説明した。ということは、この青白い光は彼が神気妖怪でいる間だけの特殊能力だろうか。停電のときとかすごく重宝しそうだ。
というか、やはり気になるのは……。
「黒川さんってどんな神気妖怪なんですか?」
そう、それだ。歩きながら、雪子は尋ねずにはいられなかった。
「今の姿は人間に化けている状態なんでしょう? 本当の姿は別にあるんですよね?」
「まあね。見てみたいですか?」
「はい!」
力いっぱい即答してしまう雪子であった。黒川は笑った。
「はは。すぐにお見せしてもいいんですが、ここだと少し問題があるので、実家に着いてからにしましょう」
「はあ」
問題ってなんだろう。ちょっと待ってってことかな。雪子はとりあえずうなずいた。
と、そのとき――、
「お前たち! この神聖なる森で何をしているっ!」
前方から突如、声がした。見ると、少し離れたところに開けた岩場があり、その岩の上に一人の少年が立っている。簡素な袴つきの着物姿で、年齢は十五歳前後くらいだろうか。切れ長の瞳の、よく整った和風の顔立ちをしており、髪は黒く長く、うなじの少し上あたりで無造作に一つに結っている。
「おー、お前かー」
黒川は少年を見て、手を振った。知り合いのようだ――が、
「お前のような男に、お前呼ばわりされる覚えはない!」
少年のほうは黒川を知らない様子だ……。
「いや、僕ですよ! 忘れたんですか、タカオ!」
黒川は焦ったように少年に駆け寄る。
「……なぜ、お前のようなやつが、私の名前を知っている?」
少年は不思議そうに首をかしげた。名前はあってるらしい。
「いや、知ってるも何も! 僕ですよ! 一夜です!」
「え、一夜様?」
「そうですよ! よく見なさいよ、この霊衣!」
「……いや、違う。私の記憶の中の一夜様は、もっと気品があり、聡明で優美であらせられる。今のお前のような、下品な話し方はしない!」
「お、お前の中の僕のイメージはどうなってるんですか……」
黒川はひたすら困惑しているようだった。雪子も同感だった。気品があって聡明で優美な一夜様って、どこ世界の存在だ。見た目以外、何一つその要件を満たしていないではないか。
「さてはお前、一夜様を名乗る不届き者だな! 私は騙されないぞ!」
なんか、しまいにはニセモノ扱いされてるし。
「うーん、この姿だとタカオにはわからないのかなあ? というわけで、赤城さん、ちょっと僕から離れて」
「え?」
「いいから、あぶないので」
「は、はい」
よくわからないが言われたとおりに雪子は黒川から離れた。
すると、そのとたん、彼の体が強く白く光り、その姿が大きく変貌した。
現れたのは――金色の瞳を持つ巨大な黒い龍だった。
そう、蛇のような細長い体を持ったそれが、黒いうろこを月光に輝かせて、周囲の木々をなぎ倒しながら突如としてこの場に顕現したのである。
「あ、あなたは――」
少年、タカオはその姿にぎょっとしたようだった。
「か、一夜様! お帰りになられたのですね!」
「……今さら気づかれてもなあ」
黒龍は、いや、その姿に変化した黒川は、何か直接心に語りかけるようなくぐもった声でしゃべった。
「黒川さん、その姿――」
「ああ、赤城さん。これがそうなんですよ。僕の神気妖怪としてのもう一つの姿、ゴールドアイズ・ブラック・ディバインドラゴンKAZUYA様です」
「いや、どう見てもそんなカタカナの名前の妖怪じゃないでしょう」
トレカの超レアカードみたいに自己紹介されても。
「はは、またの名を黒龍。この長野の、黒姫山に古くから住まう、龍神の末裔なのですよ」
「りゅ、龍神?」
この男、まさか本当に神の眷属だったとは。衝撃の事実である。
「お、おかえりなさいませ、一夜様! 玄信様もさぞやお喜びでしょう!」
タカオはそんな黒龍に向かって土下座した。
「いや、そんな急に手のひら返されてもですね。僕、さっき下品って言われちゃいましたし」
「え、それはそのう……。私、夜目がきかないものでして。暗くて、一夜様のお姿をちゃんと確認できなかっただけです」
「ふーん? それで下品とか言っちゃうんですか? 龍神様に向かって、それはちょっとひどいんじゃないかなー?」
「お、お許しください!」
「だーめ。おしおきです」
黒川はそこで大きな頭を下げ、タカオに鼻息を吹きかけた。たちまち、その少年の姿が風船がはじけるように変化し、一羽の鳥になった。猛禽の一種のようだった。




