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あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目  作者: 真木ハヌイ
4 黒川さんと星月夜
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4 黒川さんと星月夜 その3

「ああ、よかった! これで僕も赤城さんも同じ卵を買えたってことになるんですね。ちょっとその幸せの大きさが減ってしまいましたが、赤城さんと一緒に同じ幸せを分かち合うんだから、こっちのほうがいい結果には違いないですよね」

「なるほど。ものは考えようですね」


 なんだか、らしくない、妙にかっこいいこと言っちゃって。雪子はまたしても笑みをこらえきれなかった。たかが特売の卵のことだとわかってはいるが、それはとてもよい言葉のように聞こえた。


 それから二人は急いで特売のモヤシと鶏肉を売り場に買いに行った。それらは卵よりは競争率が激しくなく、少し遅れて行ってもまだ残っていた。ほっと一安心して、それらをすばやく買い物かごに確保する二人であった。


 その後、彼らは一緒に店内を見て回り、買い物した。雪子にとっては初めて訪れる店だったが、貧乏人の黒川がチラシをチェックしているところだけに、全体的に値段の安い、お得な店のようだった。また、品揃えもそこそこよく、店内も清潔だった。またここに買い物しにこようと雪子は思った。


 タイムセール直後ということもあって、店内は客がいっぱいだった。そして、そんな中、黒川はお買い得な商品をめざとく発見し続けた。まずはワゴンセールになっていた冷麦。もう夏も終わりだからだろうか。八百グラム百七十八円のお安さであった。


 ただ、その近くにはもっと安いそうめんがあったのだが……。


「赤城さん。安いそうめんというのは罠なんですよ。決して買ってはいけない」

「え、罠って何が」

「実は食品には二種類あって、値段によって大きく味が変わる悪魔の食品と、値段が安くてもそう味は落ちない天使の食品があるのです。そして、そうめんは、まごうことなき前者、悪魔の食品。安物のそうめんは、だいだいにおいてまずくて食えたもんじゃないのです」

「はあ……」


 なんだその独自の理論。初耳だ。


「その点、冷麦はいいです。そうめんと違って、どれを買っても、だいたい味は同じです」

「ああ、そういえば、そうめんには有名なブランドがありますが、冷麦にはそういうの聞いたことないですね。調べれば高級品もあるのかもしれませんけど……」

「でしょう? 初めから高いも安いもない食品なんですよ。つまり、安売りのものを買っても安心して食べられるわけなのです。これはやはり、天使の食品といわざるを得ない。さらに、そうめんよりは太いですから、うどんのように熱い汁に入れてもおいしくいただけます。実はオールシーズン活躍できる万能選手なんですよ。何より安い! 今の時期は特に!」

「なるほど……」


 なんという圧倒的な説得力。雪子はもはや買うしかなかった。ワゴンセールの冷麦を。


 その後も、黒川は雪子に独自の買い物メソッドと薀蓄を開陳し続けた。それによると、たとえば缶詰は出荷されて半年ぐらい経ったもののほうが、中身にエキスがしみておいしくなるということだった。また、大根はひげ根がドリル状にねじれているものが辛く、そうでないものは甘いらしい。どれも妙にためになる話だった。この男、やはりプロの主婦か何かか。


 ただ、全ての食品について知悉しているわけでもないようで……。


「あ、赤城さん! あの人を見てください!」


 大根の薀蓄を聞かされた直後、黒川は何やら果物売り場のほうを見て、愕然としているようだった。その視線の先を追うと――どこにでもいるような普通のおばさんの姿があった。


「あの人がどうかしたんですか?」

「どうか、じゃないですよ。あの人、今、シャインマスカットを買い物かごに入れたんですよ」

「はあ?」


 それがどうしたっていうんだろう?


「そりゃあ、普通に棚に並んで売ってるものですし、買う人だっているんじゃないですか?」

「いや、おかしいでしょう。だって、あの人の買い物かごの中には、さっきタイムセールで配っていた、激安の六十八円卵が入ってるんですよ? それなのに、あんなバカみたいに高いブドウも一緒に買うなんて」

「それはそれ、これはこれじゃないですか?」

「そんなわけないでしょう! よりによって、シャインマスカットですよ! ほぼ水分のくせにそこらの牛肉より高いボッタクリフルーツですよ! あの六十八円卵をゲットしておきながら、そんな買い物許されるわけがない!」

「は、はあ……」


 まあ、なんとなく言ってることの意味はわからなくもないが……。


「別にいいじゃないですか。他人が何を買おうと。私たちには関係ないですし」

「よかあないです! あんなふうに誰かが買うことによって、シャインマスカットというボッタクリフルーツの存在が、世界に許されてるのです! 僕はまったくもって許してないのに!」

「ああ、ようするに黒川さんは高くて買えないから、酸っぱいブドウ的な――」

「ち、ちがっ! だって、おかしいでしょう! ブドウってそもそも食べるのめんどくさい果物じゃないですか。種取ったり、皮むいたり。なのに、そんな高値で売っていいのかって話ですよ!」

「え? シャインマスカットって種入ってないですけど?」

「え」

「あと、皮ごと食べられますけど?」

「え? え?」


 黒川は目をぱちぱちさせた。どうやら、けちをつけておきながら、シャインマスカットことはよく知らなかったようだ。


「さ、最近のブドウってそういう風になってるんですか?」

「まあ、シャインマスカットはそうですね」

「種無しで皮ごと食べられる? そ、そんなストレスフリーで人間に食べられるためだけに存在しているような果物でいいんですか? おかしいでしょう、生物として!」

「いや、品種改良されてそういうふうになってるんでしょう。あと、収穫前に何かやるんですよ、農家の人が手間をかけて」

「だから高いって言うんですか! 人件費かかってるから!」

「そりゃあ、そうでしょうよ」

「そ、そんな……。たかがブドウのくせに愛されすぎじゃないですか。箱入り娘ですか……」


 なぜか意味不明にくやしがる黒川だった。

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