3 黒川さんたちはお金がない その14
「……で、結局、三日間の強制労働でいくらもらったんですか?」
「日給一万五千円の三日分ですね」
「あ、けっこういいお給料じゃないですか。さすが売れっ子先生、太っ腹ですね」
「いやいや! 時給に換算すると千円切ってますよ! とんでもねえ低賃金労働ですよ!」
「そ、そうなんですか……」
まさか寝る時間もろくになかったのか。三日間、ひたすら着物の花の柄だけ描かされていたのか。まさに奴隷である。
「まあ、お金自体は、帰り際に現金で手渡されたので、それはよかったんですけどね……って、本当にちゃんと満額入ってるんでしょうか? どさくさに、ちょろまかされてる可能性も?」
黒川は突然不安になったのか、ジャージのポケットから細長い茶封筒を出し、中の紙幣を確認し始めた。いちまーい、にまーい……。その声はおどろおどろしく震えていて、足りないとお岩さんになりそうな勢いであった。
しかし、茶色い紙幣はちゃんと五枚入っているようだった。しかも、一万円札が五枚。そう、三日分で四万五千円のはずなのに五万円入っていたのである。
「こ、これはどういうことでしょう、赤城さん! 五千円多いですよ!」
なんかひたすらおろおろしはじめる男である。
「五千円札と一万円を間違えて渡されたってことでしょうか? だったらそのう……このままもらっちゃってもいいのかな?」
「本当に間違いなんですか?」
雪子はふと黒川の持つ茶封筒から白い紙切れがはみ出しているのに気づいた。手を伸ばし、それを引っ張って見てみると、それは手書きの支払通知書で、支払額はしっかり「五万円」と書かれていた。アシスタント作業代、諸経費込み、とある。
「諸経費込みとありますから、この金額で間違いないみたいですよ」
「ほ、本当に? 諸経費とかいうよくわからないもので、五千円も余分にいただいちゃっていいんでしょうか?」
「いいんじゃないですか。大変な現場だったんでしょう? だから、ちょっとサービスしてくれたってことでしょう」
「そうかあ……。僕にサービスしてくれたんですねえ、館守先生!」
とたんに、ぱーっと顔が明るくなる黒川だった。よく話を聞けば、五千円くらい足されても割に合わなさそうな仕事内容なのに、相変わらずちょろい生き物である。
いや、サービスで足されたのは本当に五千円なのだろうか?
雪子はそこで、はっと気づいた。漫画家やプロアシのような個人事業主に対する報酬の支払いには、基本的に、消費税十パーセントが加算されるはずだ。そう、四万五千円の報酬なら、消費税十パーセントを上乗せすると、四万九千五百円になる。つまり、この場合、諸経費だかサービスだかで追加された料金は、五千円ではなく、五百円になるのではないだろうか? 源泉徴収はされてないようだし。
というか、これはもはや帰りの交通費みたいなものなのでは?
「ところで、黒川さんは館守先生の仕事場からどうやってここまで帰ってきたんですか?」
「え、普通に電車で」
「運賃いくらかかりました?」
「六百円ぐらいですかね」
あれ? この人、交通費で足が出てる。諸経費(交通費)ちょっと足りてない!
「まあでも、五千円もサービスしてもらったんですから、六百円ぐらいどうでもいいですよね!」
「で、ですね……」
五千円も余分にもらったと信じ、満面の笑顔の黒川に対し、雪子は真実を伝えることは出来なかった。
なんでこの人、十年も漫画家やってて、消費税のこと気づかないんだろう……。そう思いながらも、そのまま彼の前から立ち去るだけだった。




