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あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目  作者: 真木ハヌイ
3 黒川さんたちはお金がない
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3 黒川さんたちはお金がない その13

「実は、同じことやってたの、僕だけじゃないんですよね。その場に五人くらいアシスタントさんいたんですけど、ほぼ全員が着物の花の柄を描いてたんです。みんな、ひたすらうつむいて、カリカリと……って、おかしいでしょう、いくらなんでも! ペルシャ絨毯作ってるわけじゃないんですよ!」


 と、急にセルフ突っ込みでキレはじめる黒川だった。


「なんぼなんでも、締め切り前のクソ忙しい時期に、なんで着物の柄なんて本筋と関係ないことに作画のリソース割いているのか、僕はマジで意味がわからなかった! んなもん、パソコンのデジタル処理でアレして、テキトーなトーン貼り付けて終わりでいいんじゃないかなって、僕は何度もあの場で叫びたかった! でも、言えなかった! しょせん、単純労働力でつれてこられただけの作画奴隷だったから!」

「そ、そういえば、館守先生の漫画って、めちゃくちゃ着物の作画凝ってましたね……」


 雪子ははっとその絵柄を思い出した。なんでも、漫画が売れ始めたころにアニメ化の話があったそうだが、着物の細かい柄の再現がアニメで難しいという理由で作者NGが出たという噂すらある作家であった。


「きっと、館守先生なりにゆずれない絵のこだわりみたいなのがあるんですよ」

「いや、あの人は、いくらなんでも指定が細かすぎますよ。最初、普通に菊の花を描いたら、花びらの数が多すぎるって理由でリテイク食らいましたからね」

「菊の花の、花びらの数って……」


 そんなん多いのが当たり前の花じゃないのか。それなのに多すぎるって。なんかもう意味のわからん世界である。怖い。


「その後、ヒトコマしかないモブキャラの着物の柄に朝顔を指定されて、これは線が少なくて描くのが簡単そうだなって、ちゃちゃっと下書きを仕上げて館守先生に見せたら、欲しい朝顔はこれじゃないって言われて、分厚い資料手渡されたりして。っていうか、江戸時代の朝顔の種類多すぎ!」

「ああ、確か、当時は朝顔の園芸が流行ってたらしいですね」


 ただ着物の柄の指定が細かいだけじゃなくて、江戸風俗ガチ勢か。これはまためんどくさそうな作家先生だ。ちょっと黒川にも同情してしまう。


「しかも着物の柄はめちゃくちゃ凝ってるくせに、話の内容はほんとくだらないんですよ。江戸城の大奥の女たちが、かんざしの意匠がどうとか、上様とどんな話をしたかとかで、いちいちマウントを取り合っているだけなんです。女子高の会話ですか、あれは!」

「いや、まあ、女性向けの漫画なんてだいたいそんな内容ですし……」


 男がガチ女向け漫画を読むとまあ、こういう評価になるもんだよねっていう。


「それに、どんな内容であれ、黒川先生のよりははるかに売れている漫画なんでしょう? そこはリスペクトしましょうよ」

「う……そう、ですね……」


 黒川は痛いところを疲れたように、顔をゆがめた。


「で、でも、僕が思うに、あの先生は売れてからちょっとおかしくなったんだと思いますよ?」

「なんか急に変なこと言いますね。負け惜しみですか」

「ちがっ! たまにそういう人いるんですってば! この業界!」


 黒川はむきになったように強く叫んだ。


「実は、僕、三日間監禁されている間の、数十秒のトイレ休憩のときに、館守先生のデビュー当時の漫画をスマホで確認してみたんです。すると、思ったとおり、デビュー当時はとてもあっさりした絵柄で、着物の柄もシンプルそのものでした。僕が思うに、あの先生は売れ始めてから急に強迫観念みたいなのに取り付かれて、着物の柄を細かく描かずにはいられなくなっちゃったんですよ。そういう、原稿の空白的なものが怖くなる病気の漫画家は、たまにいるんです!」

「まあ、確かに、デビュー当時に比べると妙に描き込みが細かくなる漫画家さんはいますね……」


 でも、それは売れて、アシスタントをたくさん雇えるようになったからじゃないかなって、ぼんやり思ったり。


「いくら初版三十万部の超売れっ子漫画家でも、一年中ずっとあんな部屋に閉じこもって、ひたすら着物の花の柄を描き続けなくちゃいけないとか、もはやなんのために漫画家になったのか、わからないですよね。あんなふうになるぐらいなら、別に売れなくてもいいかなって思っちゃいましたもん」

「いや、黒川さんはさすがにもっと売れたほうがいいと思いますよ……」


 こだわりすぎる館守もアレだが、黒川も真逆の方向でアレである。

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