3 黒川さんたちはお金がない その11
やがて、二人は白夜たちの住むマンションを出た。帰り道、大金を手にした雪子は上機嫌だったが、隣で歩く男が時折もの欲しそうに視線を投げかけてくるので、平静を装うしかなかった。ほんと、めんどくさい男だ。
「赤城さん、ものは相談なんですが……」
「なんですか? お金は貸しませんよ?」
「いや、いきなりそういうこと言わないでくださいよ! 何も言えなくなっちゃうじゃないですか!」
「だって、これをいただいた白夜さんに、兄さんにはお金を貸しちゃいけないって言われましたから」
「あげてはいけない、とは言われていたでしょうが、貸してはいけないとは、言われてないでしょう?」
「でも、今の黒川さんにお金を貸したら、間違いなく帰ってこないじゃないですか? それってあげるのと同じじゃないですか?」
「う……そんなことは……ありえ、る、ない……」
雪子の図星過ぎる指摘に絶句する黒川だった。やはり、金を貸してはいけない相手のようだ。
「……わ、わかりましたよう! もうお金のことは、赤木さんには頼りません! 違う人に相談しちゃいますよ!」
と、突如、何やらムキになって叫ぶと、ポケットからさっそうとスマホを出す黒川だった。
「違う人って誰ですか?」
「そりゃあ、僕がお金のことを相談できる唯一無二の相手に決まってるじゃないですか」
ぽちぽち。黒川はスマホでどこかに電話した。
やがて、
「あ、どうも、お世話になっております。僕です。黒川ミミックです」
どうやら、電話した相手は諏訪のようだった……。
「いや、実はその、折り入って頼みがありまして、原稿料の前借り――え、そういうのは菱田出版ではやってない? いや、そこをなんとか! このさい、単行本の印税でも……って、あ、はい。ですよねー。いくらなんでも先の話すぎましたよね。はは……」
なんと、この男、仕事先の編集部から金を借りる気である。ウェブ連載に島流しにされたばかりのくせに、恥知らずにもほどがある。
まあ、会話を聞く限り、明らかに断られる流れだが――が!
「え、本当ですか、それは!」
と、急に表情が明るくなる黒川だった。
「わかりました! いますぐそちらに行きます!」
そう返事して、黒川は電話を切ってしまった。
「黒川さん、もしかして、諏訪さんにお金を貸してもらえるんですか?」
「はい! 黒川先生がお金に困っておられるのなら、私が個人的に相談に乗りますよ、と、やさしくおっしゃってくださって!」
「や、やさしく?」
あの、黒川に面と向かってクソと言い放った、人当たり厳しすぎるメガネの男が、やさしく? ちょっと信じがたい話だ。
「そういうわけなので、赤城さん。僕はこれからちょっと菱田出版に行ってきます!」
「はあ、お気をつけて」
悪い予感しかしなかったが、結局雪子は、駅のほうに走っていく黒川の後姿を見送ることしかできなかった。




