3 黒川さんたちはお金がない その10
「全部で支払額は税込み八万八千円。俺はあまり現金は持ち歩かない主義だから、今はこれだけの手持ちはないぞ」
「はは、かまいませんよ。今は財布にあるだけの現金で。足りない分は後でもらいますから。ほら、とっととお金出そ?」
だんだん態度がでかくなる黒川だった。
「わかった。確か、報酬は二人で二等分という話だったな」
白夜はスーツの胸ポケットから財布を出し、まず四万四千円を出して目の前の黒川に手渡した――が、それは一瞬のうちに引っ込められ、財布に戻された。「俺は兄さんにはだいぶ金を貸していたな。ここで返してもらうぞ」という言葉とともに。
「びゃ、白夜! それとこれとは話が別でしょう!」
「別じゃない。むしろここで返してもらわずにいつ返してもらえるんだ、俺が前に立て替えた兄さんの半年分の家賃は」
なんと、このだらしのない兄は、弟に家賃援助までしてもらっていた! そりゃあ、信用もないわけである。
「そ、それはそのう、いつかまとまったお金が手に入ったときに返すって話だったような?」
「それはいつだ? 兄さんは確か、五月に新刊が発売されて、雀の涙ながらも印税収入があったはずだが、俺には一円も返済されていないんだが?」
「いや、それは本当に雀さんの涙だったから、いろんなところで滞納していた料金を払ってたら勝手に自然消滅――」
「借金なら、まず俺のところに返しにくるのが筋だろう!」
白夜は居間のローテーブルを拳でドンッ!と強く叩いた。とたんに、「うひゃあっ」と、素っ頓狂な声を出す黒川であった。
「そういうわけだから、兄さんへの支払いは俺への借金返済で相殺だ。まだ全然足りてないがな。そして、こちらが赤城さんのぶん」
白夜は再び財布から四万四千円を出し、雪子に手渡した。
「通常の手続きとは違うので、支払い明細は出せませんが、いいですか?」
「ええ、かまいません。ありがとうございます」
やった、大金ゲットだ! 雪子はうやうやしくその金を受け取った。隣で黒川が、「そのお札、僕がさっきいったん受け取ったものですよね?」と、その様子を実にうらめしそうに見ていた。
「くう……。せっかくわざわざこんなところまで来たのに、一円ももらえないとは」
しまいには、ソファの上で体育座りの姿勢のまま、いじけはじめる黒川であった。いや、そもそも弟に借金しているのが悪い気がするのだが。
「あ、そうだ! ボクも一夜兄ちゃんにお金あげなくちゃいけないんだった」
と、そこで救世主のように聖夜が口を開いた。
「はい、一夜兄ちゃん。夏休みの宿題のお礼だよ」
そう言って、聖夜は半ズボンのポケットの中から五千円札を出し、黒川に差し出した。
「おお、聖夜! なんという兄思いのできた弟!」
黒川は何やら感動しながら、それを受け取る――が、そこで、白夜がすごい速さで割り込んできて、その五千円札を黒川の手から奪ってしまった。
「これも回収させてもらう。まだ貸したぶんには全然足りないがな」
「ちょ、お前! 今、僕に渡されたばかりのものでしょう! 回収早すぎますよ! 金は天下の周りモノって言うでしょう! もっとかわいいお金に旅をさせてみましょうよ!」
「旅立つなら俺の財布からでもできるから問題ないだろう」
「いや、それ、聖夜が持ってたものですし、もとはお前の財布から出たやつでしょう! 旅に出るどころか、出戻りしてるじゃないですか、その五千円札の彼女は! って、名前誰でしたっけ」
「樋口一葉な」
「あー、そうそう! なんか早死にした人だったような」
「ムダに長生きしそうな兄さんとは全く縁がなさそうな女だな。だから、彼女のことはあきらめろ」
「えー」
黒川は不満げなふくれっつらで、白夜をにらんだ。まるで子供だ。
そして、やがて再び、雪子の手にある一万円札と千円札をうらめしそうに見つめ始めた。「ゆきち、ひでよ、ゆきち、ひでよ……」と、今度はブツブツつぶやきながら。
「赤城さん、どんなに泣いてすがられようとも、隣の生物にエサやお金をあげてはいけませんよ。できれば目もあわせないように」
「は、はあ……」
白夜は兄のことを完全に害獣扱いだ。隣から、ぐるるるっ!と、そんな白夜に向けたかのような威嚇の鳴き声が聞こえた。




