3 黒川さんたちはお金がない その6
「えーっと、強制送還IDはこれですね」
黒川は手配書を見ながら、何かパスワードのようなものをアプリに入力した。すると、ややあって、円は不気味な赤い光を帯び、そこから無数の黒い細長い手が伸びてきて、スライムの体を幾重にもがっちりつかんだ。
「な、何をするだあァーッ!」
「なにって、これからあなたは幽世で、現世での行為の裁きを受けるんですよ。がんばってくださいね」
黒川はにっこり笑って、スライムに手を振った。直後、黒い手はスライムを捕縛したまま、地中に深く沈んでいき、消えた。同時に光る円も消えてしまった。
また、そのかわりのように、黒川の手の書類には「済」の朱印が大きくついてた。
「なるほど、こういうシステムで、悪い妖怪は捕まっちゃうんですね」
「はい。あとはこの書類を提出すれば、お金になるはずですよ」
黒川はそこで、刀を軽く横に払った。たちまち、それは古びた木刀に形を変えた。そう、アパートから出るときに、黒川が持ってきていたものだった。
「あ、その木刀が刀になってたんですか」
「ふふ。邪気をこめると真の姿を現す、羅刹一族に伝わる名刀ですよ」
と、得意げに言う黒川は、すでに冴えない人間の姿に変わっていた。使い手とよく似た性質の刀なのかなと雪子はぼんやり思った。
その後、二人は、スライムと同様に随所に潜伏していたけしからん妖怪たちを捕まえ、幽世に強制送還し続けた。
黒川は自分で「けっこう強い」と言うだけのことはあり、指名手配されているどの妖怪よりも強く、確保まで特に苦労することはなかった。刀を振るうだけではなく、身長三メートルはありそうな屈強なマッチョ妖怪の頭をわしづかみにして片手で投げ飛ばすなど、腕力も相当なものだった。
なお、この妖怪の現世で働いた悪行は「コンビニのコーヒーを毎回注文したサイズよりワンランク上に注いじゃう罪」であった。しょぼい。スライムの尿強制回収以上にしょぼい。
ただ、黒川に聞くところによると、人を殺して食べてしまうような、ガチで危険な妖怪は公安の専門機関が対処するので、民間にはこういうしょぼい、ある意味平和な案件しか回ってこないのだそうだ。
やがて、そろそろ東の空も白み始めたころ、彼らが引き受けた討伐依頼はおおよそ全て終わった。ほとんどの場合、雪子が囮になって、黒川が後からしゃしゃり出てきて一刀両断というパターンだったが、雪子は最初のスライム以外、それほど危険はなく、ほぼ全て黒川が仕事を片付けたようなものだった。
これで報酬の半分がもらえるとは。ちょっと黒川に悪い気がしたが、彼はその点は特に気にしていないようだった。
「あとは、この書類を幽世ハロワに提出すれば、報酬が振り込まれるはずですよ」
アパートへの帰り道、黒川は雪子に説明した。もうタクシー代はなく、徒歩で帰っているところだった。黒川もすでに人間の姿に戻っている。
「報酬がもらえるのは、いつぐらいになるんですか?」
「お役所仕事ですから、普通は月末締めの翌々月の十日払いですね」
「え、一ヵ月半も先なんですか!」
ちょっと待て。そんなに支払いが遅いなんて。
「もっと早くもらえる方法ないんですか?」
「はは。大丈夫ですよ。手続き上はそうでも、もっと早くもらえる方法があります。なんせ、僕はこの依頼を出した法務省の担当をよく知っていますからね」
「というと?」
「彼の家に直接乗り込んで、その場でこの紙をお金に換えてもらいます」
黒川はにやりと笑った。




