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あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目  作者: 真木ハヌイ
3 黒川さんたちはお金がない
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3 黒川さんたちはお金がない その5

「ス、スライムさん?は、私なんかのオシッコが体に混じると、健康によくないんじゃないですか?」

「いや、おらの体はすでにいろんな女の尿でいっぱいだ」

「汚い!」

「汚くない! 若い女の尿はとても清らかで尊いものだべよ! おら、こんなふうに体がほとんど水分で出来てるけんど、これを全部女の尿で満たすのが夢なんだべ!」

「し、知りませんよ、そんなの!」

「さあ、排尿してくれろ! おらを尊いあったけえ汁で満たしてくれろ!」


 と、スライムは何やら体に摩訶不思議パワーをこめたようだった。急にその体が冷たくなった。当然、それに絡みつかれている雪子は寒さを感じ、身震いした。尿意も感じてくる。


「だ、だめ、そんなにしちゃ……出ちゃう……」

「おお、出してくんろ! 早く排尿してくんろ!」


 ぎゅっぎゅ! スライムの冷たい体が雪子の体にますます強く絡みつき、彼女はいっそう強く尿意を感じ、ついに――、


 と、そこで、


「はいはーい、悪ふざけはそこまでー」


 と、後ろからのんきな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、雪子の体からスライムの体が剥がれ落ちた。何か後ろから、鋭利なものですぱっと切られ、束縛を解かれたようだった。


 はっとして後ろを振り返ると、そこにはやはり、黒川がいた。今は人間への変身を解いて、鬼の姿である。髪も長いし目も赤いし、ツノも生えている。また、その手には一振りの刀が握られていた。街灯の光に、その刃は冴え冴えとした冷たい輝きを放っている。


「お、おめえ、いきなり何するだ!」

「ひでーだよ! 痛かったでよ!」


 おそらくは黒川の持つ刀で斬られたらしいスライムは、二つに分離したまま同時に叫んだ。


「く、黒川さん! 今まで何してたんですか!」

「いやあ、あの妖怪が本当に人間に危害を加えるものなのか、見極めていただけですよ」

「遅いですよ! もっと早く来てください!」

「そうですね。おかげですっかり赤城さんはねちょねちょだ」


 黒川は他人事のようにけらけら笑った。そして、ふと、ジャージの上着を脱ぎ、雪子の体にかけた。見ると、おそらくはスライムと一緒に刀で切られたのだろう、キャミソールの背中がぱっくり裂けていた。


「ひ、ひどい! これけっこう気に入ってたのに!」

「はは、バイト代で新しいの買うしかないですね」


 そう言って、やはり笑う黒川は、上半身は白い無地のTシャツ姿だった。ジャージの下に着ていたのだろうか。相変わらず貧乏くさいというか、着るものにこだわりがなさすぎるというか。


 ただ、普段の冴えない姿と違って、今は相当なイケメンになっているので、その姿でもなんとなくさまになっていた。


 さっきの完璧イケメンと違って、こっちは本物のイケメンなんだよなあ……。久しぶりなので、雪子はちょっと見とれた。


 と、そこで、


「なに、和気藹々とくっちゃべってるだ! おら、まだその女から尿を回収してねーでよ!」

「邪魔するやつは許さないだ!」


 二つに分裂したスライムは黒川に飛び掛ってきた。


 それは外見に似つかわしくない俊敏な襲撃だった。だが、彼らは黒川の体に接触することは出来なかった。その寸前、彼は軽やかな動きでバックステップし、彼らを回避したからだった。スライムたち以上にすばやい上に、実に無駄のない動きだった。


 そして、スライムたちがむなしく路上に落ちた刹那、彼は再び刀を一閃させた。スライムたちの体はさらに細かく両断され――やがて一つをのぞいて消えてしまった。青白い光を放ちながら。


「な、なにをしただ、おめえ!」


 最後のひとかけらのスライムは震えながら叫ぶ。


「あんまり体がたくさんあるのも不便かなって思って。僕の邪気を刀身に混めて、蒸発させてみたんですよ」

「じょ、蒸発? おらが今までためた女の尿が、蒸発……」


 スライムはめちゃくちゃショックを受けているようだった。小さい体がさらに縮こまった。声も実にか細くなっている。


「まあ、僕としては、このまま最後の一個を消してもいいんですけどね」

「うっ……」


 黒川に刀の切っ先を突きつけられ、スライムは完全に抵抗する気力を失ったようだった。


「わ、わかっただ……。おめえの言うとおりにするだ。おらのこの体、好きにもてあそぶがええ! 思う存分むさぼるがええ!」


 と、ヤケクソのように叫ぶと、小さい粘液状の体ながらも、路上に大の字に寝転がったようだった。「いや、その体はいらないです」黒川は苦笑いしながら首を振った。


「この手配書の通り、現世から幽世に帰ってもらえればそれでいいですよ」


 黒川はジャージのズボンのポケットから紙切れを出し、スライムに見せた。


「幽世に帰るのはええが、今すぐか?」

「ああ、その点はご心配なく。あとの処理はこっちで全部やりますから」


 と、黒川は言うと、今度はポケットから例の小さい鍵を取り出し、スライムのすぐそばに置いた。そして、スマホのアプリを操作し始めた。たちまち、鍵を中心にして光る丸い円が現れた。

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