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あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目  作者: 真木ハヌイ
2 黒川さんは売れてない
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2 黒川さんは売れてない その10

「黒川さん、どうして仕事を受けないんですか? またとないチャンスじゃないですか!」


 さすがに口をはさまずにはいられない雪子だった。


「もしかして、BLだからイヤなんですか? 男同士の恋愛だから気持ち悪い、そんな漫画描きたくないみたいな気持ちなんですか!」

「ち、違いますよ。僕は、そういうジャンルに特に偏見はないです」

「じゃあ、やりましょうよ! 私、黒川さんの描くクリパン読みたいです!」


 黒川の顔にクリパンの文庫本をぐりぐり押し付けて、説得する雪子だった。しかしそれでも、彼は「ぐぬうん……」と、苦しそうにうめくだけで、はいとは言わなかった。


「ああ、もしかして、黒川先生は濡れ場を描くのが嫌いとかですか?」


 と、そこですかさず諏訪も割り込んできた。


「その点につきましては心配無用ですよ。ムーランはいわゆるレディコミには違いないですが、そんなに過激なエロは掲載しないですから。それに、クリパンも、本番ありのBLながらも、エロよりもキャラのイチャイチャ漫才で売ってるようなもんです。濡れ場自体そう多くないですし、朝チュンレベルの描写で十分ですよ」


 プロの漫画編集らしい実に具体的な説明である。しかし、それでも黒川はうつむいた顔を上げることはなかった。エロシーンの有無で戸惑っているわけではなさそうだ。では、いったい何が不満なのか。


「コミカライズのペースとしましては、月刊ムーランに掲載するわけなので、毎月三十二ページ描いてもらうことになります」


 諏訪はさらに具体的に仕事内容を説明する。


「原作者の笹目先生と黒川先生が直接顔をあわせる機会はありませんが、笹目先生は黒川先生に全て任せるとおっしゃってますので、あちらから何か注文をされることはなさそうです。ネームも笹目先生にはノーチェックで通します。あ、その際の担当編集は私ではなく、ムーランの鏑木になります」

「は、はあ……」


 黒川は一応顔を上げたが、やはりすこぶる乗り気ではなさそうだ。


「ムーラン掲載にあたっての原稿料は一ページあたり一万円です。また、単行本化されたときの印税は笹目先生が三パーセント、黒川先生が七パーセントという取り分になります」

「え、印税十パーセントのうち七パーセントももらえるんですか?」


 と、驚きの声を出したのは黒川ではなく雪子であった。原作と作画が別の漫画はたまにあるが、作画担当のほうが印税が多いとは。諏訪は「まあ、一般的にはこんなもんですよ」と、雪子に答えた。


「黒川さん、クリパンの漫画、絶対売れますよ! 売れたら、印税七パーセントももらえるんですよ! すごいいい話じゃないですか!」


 ばしばしと黒川の貧弱な体をたたきながら雪子ははしゃいだ。これはもう、断る理由は少しもない気がした。そもそも実売推定数十冊の、いつ編集部に切られてもおかしくないがけっぷち漫画家なんだし。


 だが……だが、しかし!


「諏訪さん、せっかくですが、僕にはこの仕事は向いてない気がします」


 なんと、この男、断るつもりである!


「向いてない、というと?」

「いや、僕はその、特にBLに詳しいわけではありませんし。特にそのジャンルが好きだというわけでもありません」

「黒川先生がBLのジャンルそのものを好きになる必要はないでしょう。クリパンの内容を理解し、そのよさを知っていただければ十分です」

「いえ、やはりこういう仕事はそのう、やっぱりBLが好きな人がやるべきなんじゃあないかと……」

「あくまで作画を担当するだけですよ? ストーリーはすでに用意されているわけですし」

「まあ、そうなんですけど、そのう……」

「なんだったら、いままでとはペンネームを別にしてもいいでしょう。そうですね、黒川ミミック改め……アンダイン源五郎とか?」

「そ、そんな汁っぽい名前はいやです!」

「そうですか? いいペンネームだと思うんですけどね。アで始まるし、濁音が三つもあって強そうだし」


 またしてもペンネームには妙なこだわりをみせる諏訪であった。


「と、とにかく! こういうのはやっぱりBLが好きな作家さんが手がけるべきだと僕は思うんです。そのほうが細かいところで絶対差が出ます」

「なるほど。では、黒川先生はそういうお考えで、このお仕事を引き受けることができないと?」

「はい……ごめんなさい」


 黒川は実に気まずそうに頭を下げた。


「そうですか。わかりました。この件は他の方を当たることにしましょう」


 諏訪は実に残念そうに重く息を吐いた。雪子も彼と同様に、がっかりせずにはいられなかった。黒川の言っていることの理屈はわかるが、だからといってこんな大きな仕事を断るなんて。


「本当にすみません。せっかく僕のために仕事を持ってきてくださったのに」

「いえ、いいのです。こういうことは、非常によくあることです。これも編集の通常業務の一つですよ」


 話は終わった。黒川と雪子はその後すぐに諏訪と別れ、編集部を後にした。

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