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あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目  作者: 真木ハヌイ
2 黒川さんは売れてない
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2 黒川さんは売れてない その7

「ただ、クソには違いないのですが、やっかいなことに百人に一人の割合で、深く刺さる人がいる漫画でもあります。商業作品としてはただのゴミと同じですが、芸術作品としては、一定の評価にあたいするものでしょう。ゆえに、かろうじてこの世に存在することが許されている状態なのです」

「な、なにそれぇ……」


 もはや涙目の黒川である。


「さらに言うと、黒川先生の漫画の単行本は、初版最低クラスの中でも、飛びぬけて売れてないほうでしょう」


 さらに何やら追い討ちをかける諏訪であった。


「黒川先生、ご自身の単行本の発行部数は把握してらっしゃると思いますが、そのうちどれだけ売れて、どれだけ返本されているのか、ご存知ですか?」

「え? 実売の数字ですか?」


 黒川はぎょっとしたようだった。


「いや、そういう突っ込んだ話は、基本的にやらないもんじゃ――」

「そうですね。普通は実売の数字の話はタブーです。作家さんとはそこまでの話はしません。そもそも、初版から増刷が無い時点で、だいたいの作家さんは現状を理解されるものですから。だいたいの作家さんは」


 諏訪はやけにとげとげしい言い方だ……。


「ただ、せっかくなので、この場で黒川先生の単行本がどの程度市場に流通しているものなのか、はっきり確認しておきましょう」


 と、そこで懐からスマホを取り出す諏訪だった。


「諏訪さん、いったい何を――」

「具体的な売り上げの数字はわからなくても、POSランキングの順位は追えるでしょう?」

「ぽ、ぽす……マンスリーとか?」

「いえ、発売日のデイリーで」

「ぽすのデイリーランキング……発売日の……」


 瞬間、黒川の顔からますます血の気が引いたようだった。もはやゾンビのような顔だ。


 なお、POSとは小売店で商品のバーコードがレジを通過して販売されたデータをまとめたようなもんである。当然、漫画の単行本の店頭での売り上げも、それでおおよそわかっちゃうのである!


「いや、そんな細かいランキング、データとして残ってないんじゃないかな? 僕の単行本、最後に出たの今年の五月ですよ? 三ヶ月前ですよ?」

「大丈夫です。それぐらいなら今この場ですぐに調べられる範囲です。とりあえず五百位圏内で調べてみましょうか」


 諏訪はそこでスマホを何か操作し、黒川の漫画の単行本が発売された日のPOSの書籍デイリーランキング上位五百位のデータを画面に表示したようだった。


「……はて? 黒川先生、おかしいですね、これは」

「ぎくっ!」

「五百位までに黒川先生の新刊が無いようなんですか?」

「ひ、日付を間違ってるとかじゃあ――」

「あってますよ。ちゃんと発売日のデイリーです。同日発売のほかの新刊はちゃんと捕捉されてランキングに反映されてますし」


 諏訪はスマホの画面を黒川の顔の前にぐいっと近づけた。黒川は「ぐぅ」と、苦しそうにうめき、そこからすぐに目をそらした。


「つまり、このデータを見る限り、黒川先生の五月の新刊『ひょっとこリーマン』の二巻は、発売日のデイリーランキングで五百位圏外の売り上げだったことがわかりますね?」

「ええと、そのう……」

「つまり、おそらくは最も高い順位が出るであろう、発売日のPOSデイリーですら追えないくらいのクソザコゴミカスな売り上げということですよね? 一般に、単行本が打ち切られるかあるいは増刷されるかの目安は、発売日のPOSデイリーランキングの速報が全てと言っていいですが、黒川先生の新刊の場合、それを判定できる状態にすらなってない、ひどい売り上げということですよね?」


 諏訪の言葉はめっちゃ容赦ない。しかしまあ、言っていることは真実そのものである。発売日売り上げ五百位圏外はさすがにひどい。素人の雪子ですら、それはよくわかった。


「このデータからわかることは、おそらく黒川先生の単行本の実売は、千にも満たない、せいぜい数百、いや、下手をしたら数十冊という事実です。たったそれだけの需要しかない漫画なのです。それなのに、初版は一万。我が社の漫画の初版の下限とはいえ、推定数百、あるいは数十の実売に対し、一万刷るわけです。それはつまり、刷った数のほとんどが返本されて戻ってくるというわけですよね?」

「あ、はい……」

「ようするに黒川先生の新刊、一万のほとんどはゴミとして裁断処分される運命なのです。それって資源のムダですよね? さらに言うと、当然コストもかかりますし、菱田出版としては黒川先生の新刊を発行するたびに、いくらかの損失をこうむる形になるわけです。つまり、営利企業である菱田出版としては、ただ、赤字を垂れ流すだけの黒川先生の新刊を発行する理由はこれっぽっちも存在しないということになりますね?」

「い、いや、それは何か理由があるはずですよ!」


 と、一方的に数字で殴られていただけの黒川が、急に反撃に転じたようだった。

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