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あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目  作者: 真木ハヌイ
1 お隣の黒川さん
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1 お隣の黒川さん その12

 というか、むしろ、感謝するべきなのはこっちのほうではないだろうか。


「あ、あの、黒川さん。今日は本当にありがとうございました」


 雪子はそこで改めて黒川に深々と頭を下げた。


「黒川さんが今食べちゃった悪霊は、私が前に働いていたレストランで、お客として通ってきていた人なんです。でも、ある日から、突然私につきまとうようになってきて。私は何もしてないのに、彼の頭の中ではいつのまにか私が恋人ということになっていて。本当に困っていたんです。警察に相談して注意してもらっても、その人は私が恋人だと思い込んでいるから、全然効果がなくて、どんどんストーカーとしての行動が過激になっていって。だから、私、そのレストランをやめて、引越しもしたんです。前の住所はすでにその人にバレていたから……」

「なるほど。そういう事情でこちらに越してきたというわけなのですね。災難でしたね、それは」


 うんうん、という感じで黒川はうなずく。


「でも、もう安心ですよ。たちの悪いストーカー男の霊は僕が食べちゃいましたからね」

「本当に? あんなの食べちゃって、悪霊と一体化したり、悪霊に体をのっとられたりしないんですか?」

「はは、大丈夫ですよ。僕はなんせ、鬼の中でも黄泉の国出身の、羅刹の一族ですからね。亡者の魂を食らってなんぼの暗黒属性の鬼なのです」

「羅刹? 悪鬼羅刹って言葉の羅刹ですか」

「まあ、僕の場合は阿傍羅刹って言葉のほうがしっくり来ますかね」

「あぼうらせつ?」

「地獄の獄卒とも伝えられる由緒正しい一族なのです」

「は、はあ?」

「まあ、実のところ、それはあくまで言い伝えだけの話で、そんな役職ないんですけどね」

「そ、そうなんですか?」


 話がさっぱりわからんが、地獄というか、黄泉の国というか、そういう死んだ人間の魂がうごめいている世界の出身の鬼だということだけはなんとなくわかった雪子であった。


「というわけで、知り合いなんかで悪霊に悩まされている人がいたら、ぜひ僕に紹介してくださいね。悪霊ぺろっと食べちゃいますから。あと、アル中やヤク中みたいな、いつ死んでもおかしくなさそうな、破滅的で自堕落な生活をしている人なんかの情報もお願いします。死んだらぜひ魂をいただきたいです。ぶっちゃけ、もうすぐ死ぬ予定の邪悪な犯罪者なんか最高なんですが、それはさすがにカタギさんの赤城さんのお知り合いにはいませんよねー?」

「ええ、まあ……」


 かなり本気で悪霊情報、および悪霊予定者情報を聞き出そうとしている黒川に、ちょっと引いてしまう雪子だった。この男、人の死なんてなんとも思ってなさそうだ。そう、ただ人の魂をエサとしか思ってなさそうな。さすが人外生物。サイコパスのマッドサイエンティストみたいだ。


「もしかして、ゆうべ夜の街に繰り出してたのも、邪悪な霊を食べるためですか?」

「はい。昨夜はついてましたね。僕が拘置所に行ったとき、ちょうど死刑囚の魂が中からぬるっと出てきたところだったんですよ!」

「ぬ、ぬるっと?」

「いやあ、あれはおいしかったなあ。過去に人を三人も殺してる男だったんですけどね、後悔とか反省とかそういうのみじんも心にないんですよ。事件から十三年も経ってるっていうのに、死刑執行間際まで俺は何も悪くない、悪いのは周りの人間だ社会だって思い込んでて。まさに純粋な悪ですよね。そういう人の魂の味は当然、サイコーです!」


 黒川はウキウキで語る。まるで楽しい遠足の思い出を語る子供のような表情だが、言っていることは相当おかしい。


「ただ、惜しむらくは、事件発生から死刑まで相当なタイムラグがあって、邪悪パッションの鮮度がだいぶ落ちていたことですね」

「せ、鮮度?」

「その点で言えば、今食べたストーカー君の霊はなかなかです。独りよがりの妄想に取り付かれているだけという点では、邪念の深みに欠けますが、赤城さんへの執着を最高に高めたままの状態で悪霊になった。もぎたての果実をそのまま瞬間冷凍したようなフレッシュさがあってよかったです」

「そ、そうですか……」


 悪霊の味の評論を唐突にされても、その、困る。


「……まあでも、今はそんなこと話してる場合じゃないですね」


 黒川はふとそこで部屋を一瞥した。そう、ポルターガイスト現象を食らったせいで、しっちゃかめっちゃかの室内を。


「まずはこれを片付けないと」

「……ですね」


 雪子は重くため息をついた。悪霊は去ったといえ、ひどい有様だ。食器はほとんど割れてるし。


「黒川さん、こういうの、妖術か何かでぱぱっと片付けられたりしませんか?」

「いやあ、僕はそういう便利な術は使えないんですよ。妖怪としては超脳筋のパワータイプなんで」

「へえ、パワータイプなんですか」

「人間に化ける術だって微妙な具合ですしね。ほら」


 と、黒川はそこで人間に化ける術とやらを使ったようだった。たちまち、元の冴えない風貌の青年に戻ってしまった。ツノも牙もない、瞳も黒く、髪の長さも短くなっている。


「ああ、確かに、こちらの黒川さんはビジュアルがいまいちですね」

「いや、見た目の印象はどうでもいいですよ。とりあえず、普通の人間らしく化けてればいいんだから。問題は、この髪の長さです。どういうわけか、この術を使うと髪の長さが極端に短くなってしまうんです。これはちょっとめんどくさい」

「はあ?」


 髪の長さぐらいどうでもよさそうだが、こだわるポイントなのかなあ。


「じゃあ、本来の鬼の姿の状態で長い髪をばっさり切るとどうなるんですか?」

「人間に化けたとき、ベリーベリーショートの坊主頭になってしまいます」

「それは……似合いそうにないですね」


 雪子はその姿を想像し、ぷっと吹き出してしまった。ただでさえ貧相な容姿なのに、髪までさみしくなったら目もあてられない。


 その後、二人はしばらく散らかった部屋の片付けに専念した。二時間ほどで作業は終わり、黒川は自分の部屋に戻っていった。玄関からではなく、ベランダから。なんでも、二人の部屋のベランダを区切る衝立は止め具が外れてガバガバになっており、簡単に行き来できるということだった。


「やっぱり赤城さんの部屋が訳あり物件なのは、これが原因なんですかね?」

「……さ、さあ?」


 まさかこんな不可思議生物の男の家とベランダがつながっているとは。雪子は新たに発覚した事実に驚くばかりであった。

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