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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 9 誰も食べられない食べ残し事件

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性格 或いは何気なく

 特に誰かに見られているわけでは無いというのに、律儀に霧生は「お邪魔します」と言いながら玄関でお辞儀をした。

 初めて行く場所、というのもあるのだろうが、非常に行儀がいい。


「あー、とりあえず、鞄は俺の部屋に置いてくれるか?廊下とかに置くのも少しアレだし、邪魔だろう?」

「そうだね、ありがとう」


 ぺこり、と霧生は再び頭を下げた。


 ──何というか、調子が狂うな……。


 突然家に泊まりたい、と言い出したと思ったら、今度は変にしおらしい。

 どうにも、霧生の意図が掴めなかった。


 ただ────不思議と、その意図を問いただそう、という気は起こらなかった。

 まあ、これはいつもの勘のせいなのだが、


 何となく、本当に何となくなのだが。

 霧生の言う通りにさせておきたい、という気がしたのだ。

 根拠はないが、ここは詳しく聞かない方が良い、と。


 その勘に引きずられるようにして、俺は階段の方に向かう。


「二階なのかい?」

「ああ、俺の部屋と親の部屋はこっちだな」


 ちなみに一階は、リビング、ダイニング、キッチンを覗けば、父親がイラストレーターとして仕事をする際の作業場兼事務所となっている。

 必然的に、その割を食う形で、他の部屋は二階に回ってきたのだ。


「まあ、荷物はそこらへんに置いておいてくれ」

「ありがとう……お邪魔します」


 階段を登り、俺の部屋に入る時にも、霧生は恭しく頭を下げた。

 その様子を見て、俺は密かに首を捻る。


 ──霧生、ここまで丁寧な奴だったか……?


 別に、霧生のことを無礼な奴だと思っていたわけでは無い。

 寧ろ、そう言う礼儀作法の方は、問題なくやっているだろう、と思っていた。


 ただ、ここまで丁寧に頭を下げられるのも、妙な感じを受けた。

 あくまで友人の家に来ているだけなのだから、もうちょっと雑でも構わないのだが。


 今の霧生の様子は、あまりにもこういった場所を訪ねることに慣れていないような印象を受けた。

 まるで、人生で初めて、他所の家を訪れたかのような。

 所詮、ただの勘なのだが。


 ────そんなことを考えていると、荷物を置いた霧生がふと視線を上げ、同時に「わあっ」と小さく歓声を上げた。

 その視線の先には、俺の本棚がある。


「……やっぱり、こっちにも本が多いんだね」

「ああ、昔から本を読むのが好きだからな」


 ベッドの横にある俺の本棚を、霧生は小さく駆け出してきょろきょろと見渡した。

 俺の所有する本のラインナップに、興味があるらしい。


 本読みの一人として、他の人の本棚に興味がわく、というのは非常によく分かる気持ちだった。

 本棚というのは、所有者の性格が出る。

 そこに並んだ本の背表紙を眺めるだけで、何となく楽しいのだ。


 俺自身、部室の小鳥遊文庫を眺めている時は、そのような気分になる。

 故に、俺は霧生の行動を止めはしなかった。


「推理と、ホラーと……結構、ライトノベルも多いね。ノンフィクションもある」

「まあ、昔の作品ばかり読んでいるわけでも無いしな……そう言えば、俺の持っている本を見せたことって、今まで無かったか?」


 そうだね、と霧生は頷く。


「部室では、基本的に僕も君も、小鳥遊文庫ばかり読んでいるからね」

「ああ、確かに」


 理由が分かり、俺は手を軽く叩く。

 確かに四月以降、あの部屋に行ってからは常に、俺は小鳥遊文庫ばかり読んでいる。

 何しろ小鳥遊文庫は量が多いので──それこそ部室全てを埋めているくらいなのだ──七月になった今も読みたい本の全てを読み切れていないからだ。


 結果として、俺も霧生も、同じ空間で本を読みながら、何気に互いの所有する本を見せ合ったことなどない。

 確か、霧生は小鳥遊文庫の中でも恋愛系の小説をよく読んでいたなー、くらいの認識はあるのだが。


 ほぼ毎日部活で会っているというのに、薄情な話の様にも思えるが、同時にどことなく、俺たちらしい話でもあった。

 互いに、深く他者に干渉しないままの形で生きてきたのだから。

 尤もこの様子を見るに、少なくとも霧生は、俺がどのような本を持っているのか気になっていたらしいが。


「……そう言えば、霧生が家ではどんな本をよく読むのか、何気に知らないな」


 ふと、お返しに様に聞いてみる。

 すると、背表紙を視線で追っていた霧生が、くるり、と首を回転させた。


「今度、何か持ってこようか?」

「……まあ、そうしても良いのなら」


 意外と乗り気な言動に、俺は答えながら少し驚く。

 それどころか一瞬、どうしたんだ、今日は、と聞きそうになった。


 しかし、一階から父親の声が響き、その質問は切断された。


「おーい、カレー鍋できたぞー、葉もお友達も降りてこーい」


 明らかに下から聞こえてきた声に、霧生は何故かきょろきょろと周囲を見渡した。

 まるで、そう言った呼びかけを聞くのに慣れていないかのような仕草だった。


「……出来たらしいから、行くか」

「ああ、そうしよう」


 不思議に思いつつ、俺が移動を促すと、霧生はすんなりと従い、階下へと降りて行った────。








「ちなみに、締めはごはんとうどん、どちらが良い?」

「……うどん」








「いただきまーす」


 よほど空腹だったのか、俺の父親が真っ先にそう述べた。

 それを追いかけるように、俺と霧生もいただきます、と口に出す。


「まあ……見ての通り、あまりお客さん相手に出すような、小洒落た料理の準備はしていない、だが、これも何かの縁だ。楽しく食べてほしい……ええと、名前は」


 今気が付いた、という風に聞き返す父親に、霧生が頭を下げながら淡々と答える。


「霧生です。霧生光。相川君とは、部活仲間です」

「ああ、どうも、初めまして。葉の父親の、相川幹夫(みきお)です」


 どうもどうも、と今更のように父親と霧生が自己紹介ををし合う。

 その様子は、息子の友達と挨拶する父親というより、サラリーマンの名刺交換のような雰囲気があった。

 霧生の雰囲気が大人びているからだろうか。


 その雰囲気には、霧生と俺が制服姿であることも関係しているかもしれない。

 着替える暇も無かったので、制服のままなのだ。

 そのせいか、場の雰囲気は未だに少し、硬かった。




「あー、……まあ、若いんだから、好きに食べなさい」


 自己紹介の後は言うこともなくなったのと、場の雰囲気に負けたのか、父親は結局そうやって話を投げる。

 元々、大して話の上手い人ではない。

 息子の俺からすると、さもありなん、という結果だった。


 ただ、霧生はこれを少し気にしたらしい。

 自分から来ておいて、ずっと無言、というのは嫌だったのだろうか。

 鍋の中の白菜をつつきながら、らしくもない世間話を始めた。


「相川君……息子さんから、僕たちの部活について聞いていますか?」

「あー、そう言えば五月くらいに話を聞いたな……」


 はて、と真面目に父親は首をかしげる。

 どうも、よく覚えていないらしい。


「確か、一応言ったよ。日常探偵研究会って言うのに入るからって」


 俺も口を挟んで、話の補足を入れる。

 すると父親が、ああそう言えば、という顔をした。


「そう言えば、その頃に何か書いたな……保護者の同意書が要るのか、と驚いた記憶がある」


 自分のコップにお茶を注ぎながら──俺の父親は下戸である──父親は懐かしそうな顔をする。

 そして当然の成り行きで、ある疑問を述べた。


「しかし、その日常探偵研究会というのは、何をしている部活なんだ?」

「あー……」

「それは……」


 俺と霧生の箸が、ピタリと止まった。

 毎度のことだが、こうやって活動内容を聞かれると、困ってしまう。


 基本的には、ただ読書をしているだけという部活だ。

 だが、「日常の謎」関連のことを考えると、それだけという訳でもなく。

 しかしその謎解きを霧生が嫌がっている都合上、あまり言及するのもどうか、という気がして。

 結局、説明すること自体は簡単なはずなのに、どこまで説明すべきか、で迷うのだ。


 こうやって困るのは、俺だけではないらしい。

 隣を見てみれば、霧生も微かに眉を下げていた。


「……まあ、危険が無ければ何でもいいがね」


 俺たちが返答に困っていることを察したのか、父親はそうやって突然話を締めた。

 同時に、霧生がさっと逃げの一手を打つ。


「そう言うことはありません。何というか、のんびりとした部活です」

「そうか、まあ、楽しんでいるなら何よりだ」


 明らかに聞きたかったことを聞けなかったはずだが、父親はそれ以上追求しようとはしなかった。

 この辺り、いつものことだが気が利く。

 或いは、勘が良い、と言えばいいのか。


「……葉は、中学生の時は帰宅部だったからな。その葉が入って、かつ長く続いているのであれば、良い部活だろう、とは思っているよ」


 フォローするように、父親が話を追加する。

 すると、その情報に霧生が反応した。


「相川君、部活に入っていなかったのですか?」

「そうだったな」

「そうだな」


 俺と父親が、同時に返答する。

 互いに一瞬視線を交錯させ、やがて父親の方が視線を外した。

 自分のことなのだから、俺が話した方がいい、ということだろう。


「……別に好きなスポーツもなかったし、他に興味が惹かれることもなかったからな。結局三年間、何の部活にも入らなかったよ」

「それは、大丈夫だったのかい?中学校くらいだと、部活に入るのは強制のところもあると聞くけれど」

「強制だったが、教師から逃げ回っていたら、いつの間にか追いかけてこなくなったな」


 それはまた、と霧生は呆れたかのような声を出す。

 霧生にこのような表情をされるのは、どことなく新鮮だった。

 俺が霧生の行動に驚いたり呆れたりすることはあっても、その逆は珍しい。


「さらっというが、地味に面倒くさかったんだぞ、アレ。俺の事務所にも、担任からの電話が来たしな」

「……この話の流れからすると、お父さんも断ったんですか?」

「まあ、俺も学生時代は帰宅部で、ずっと家で漫画を描いていたような子どもだったからな。放課後ぐらい好きにすればいい、と思っていた」


 豆腐を崩しながら、こともなげに父親は語る。

 すると、霧生がそっと俺の耳に口元を寄せた。


「……普通に厳しい、と言っていたけれど、話を聞く限り、理解のあるお父さんだね」

「あー、まあ、そこらへんはな」


 当の父親を前にしながら、俺たちはこそこそと話してみる。


「基本的に、何というか……犯罪みたいな、よほど他人に迷惑をかけるようなことをしなければ、他は別にどうでも、みたいな親だからな。ある意味では放任かもしれない」

「へえ……」


 放任、と小さく呟きながら、霧生は顔を引く。

 ────そしてそれからも、ぽつぽつと。

 霧生と俺と父親は、意外に楽しく、会話を続けた。


「……ちなみに、霧生さんは中学時代、どんな部活に入っていたんだい?」

「あ、茶道部です」

「え、そうなのか?初めて聞いたぞ……」

「確かに霧生さん、所作が綺麗だな……」

「ありがとうございます……」




 まあそんな感じで、世間話は意外に盛り上がった。

 互いに何も知らないことが多かったから、その共有に時間を費やした、とも言うが。


 故に、存外に早くカレー鍋は食べ終わり。

 霧生御所望のうどんもさっぱりと食べた。


 このため、話の主題となる小さな謎に気が付いたのはこの後。

 母親の分を残して、鍋を仕舞い始めたところである。

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