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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 7 双子のどちらかに恋をした事件

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作戦 或いは偽装

「いや、それでもいいさ。本当に、行き詰っていたところだから……!」


 防御線を張る俺に構わず、日向は早くも感極まったかのように立ち上がる。

 そして、不意にグラウンドの奥────今俺たちが居る休憩所から見て、対側に存在する平屋の建物の方に、体の向きを変えた。

 運動部の部室がまとめて設置されている、部室棟の方を見たのである。


「今日はサッカー部は休みだが──だから俺も部活をしていないんだが──マネージャーの二人は、掃除やらなにやらの雑務があるから、今日も部室に居るはずだ。まずはそこで、二人の姿を見てほしい」

「了解……行こうか」


 はあ、と息を吐き出してから、俺もまた腰を上げ────かけたところで、ふと気が付くことがあり、動きを止めた。


「……ちょっと待て、確かお前は、その二人に自分が二人の顔を区別できないことを知られないようにしたまま、謎を解きたいんだよな?」

「ああ、そうだ。さっきも言っただろう?」

「だったら、今から俺が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?それで昔の記憶を何とか聞き出すことが出来れば、自動的に初恋の相手も分かるだろう?」


 自分で言いながら、これは良い考えかもしれない、と思った。

 推理を依頼されてきたものだから、今まで推理をしなければ、推理をしなければ、と思っていたが、よく考えれば推理をする必要などない。

 日向が直接尋ねることが出来ないのなら、他の人間が尋ねればいいのだ。


 仮に「日向に頼まれて聞きに来た」とバレてしまったら大惨事だろうが、そこさえ乗り越えたら問題は無い。

 推理して二人を見分ける特徴などを見つけるよりも、よほど簡単になる。


 何故、日向はこのことをしていないのだろうか。

 何か、この手が出来ない理由でもあるのだろうか────。


 そう思って、俺は日向の顔を見つめた。

 何かしら、この手が使えない事情を説明してくれると思ったのだ。




 ────すると。


「……なるほど…………」


 ポツン、と声が響いた。


「そう言えば、そうだな。確かに……賢いな、相川」


 そう言って、目から鱗が落ちたかの様子で日向が頷いていたため、心の中で俺はずっこけた。


 ──思いついていなかったのか!


 さすがに声にまでは出さないが、脳内で絶叫する。

 先程から薄々わかっていたが、どうやら日向の言う「一人で必死に考えた」には、早々に限界が来ていたらしい。

 記憶力が良いという事実と、思考の柔軟さは、少なくとも日向の場合は話が違うのだろうか。


「……いや、あれだ。最初の方で言ったが、この件を他人に相談したのは、相川が初めてだったからな。自分の初恋について話すなんて言うのは、どうしたって気恥ずかしい、と思って。だから今の今まで、その方法は使えなかったんだ」

「ああ、なるほど……」


 問題を抱えているのが日向一人であり、その日向が直接尋ねたくないのだから、必然的に他人に頼るという手が打てなかった、ということだろう。

 しかし、完全に部外者である俺が関わったことで、話が変わった、ということらしい。


「じゃあ、あれだな。俺はこれから推理をしに行くんじゃなくて、上手いことその愛崎姉妹と話して、昔の思い出を聞き出したら良いわけか?」

「そうなるな……いや、本当に賢くなったな、相川。昔はあまり勉強が得意でも無かっただろう?宿題よりも友達と外へ、みたいな感じで」

「……ほっとけ」


 失敬なことを言う日向に突っ込みを入れながら、俺と日向は改めて作戦を練った。

 どうやら、推理の重責からは逃れられたらしい、という安堵と共に。






 結論を先に言えば、俺は「今まで帰宅部だったが、遅ればせながらサッカー部に入部を希望して、部室を訪れた一年生」という設定で、部室棟に向かうことにした。

 今は六月であり、さすがに仮入部期間は終わっているが、まあ、あり得ない話ではない。


 実際には俺は日常探偵研究会に入っているが、まず間違いなく、向こうはその存在を知りはしないだろうから──知名度など皆無に等しい──不自然には思われないだろう。

 俺が入学してしばらくの間は、実際に帰宅部扱いだった、というのもある。


 日向の話では、入部希望者は最初、活動時間やグラウンドの使い方について、マネージャーから説明を受けるらしい。

 尤も、厳密には、別にマネージャーでなくとも、説明役は部員なら誰でもいい。

 だが、今日の部室にはマネージャーくらいしかいないらしいので、まず間違いなく説明役はその二人になるだろう。


 そして────その場で、俺は元から大して無いコミュニケーション能力を駆使して、彼女たちの昔の思い出について聞かなくてはならない。

 勿論、日向の名前は出さないように、注意しながら、だ。


 特に、話の方向としては、小学生時代の習い事についてなどを中心に聞くことになるだろう。

 そこを聞かなければ、どちらが日向と会ったことがあるのか、判別がつかない。


 ……まず間違いなく、この点が今回の作戦のネックとなる。


 理由は明白。

 普通に考えて、不審すぎるからだ。

 何しろ、これから俺は、入部希望と言って部室に押しかけておきながら、何故かそこにいた女子マネージャーの過去について、根掘り葉掘り聞くのである。


 それこそ、二人を口説きにかかっている、と誤解されてもおかしくない。

 いや、そう思ってくれるならまだいい方で、最悪不審者扱いだろう。


 以前、密室の件について考えるため、霧生に言われるがまま体育倉庫内でトイレの痕跡を探したことがあるが、変態度ではあれに並ぶ。

 というか、最悪誰かに見つからなければそれでよかったあの件とは異なり、どの道相手に話しかけなければならない分、今回の方がもっと酷いことになりそうな気もする。


 ──本音を言えば、早見か早見妹を頼りたい案件だが……。


 少しだけそう思ったが、俺はすぐにその考えを振り払う。

 いくらあの二人の交友関係が広いからと言って、さすがに三年生までその輪を広げているとは限らない、というのが一つ。

 それと、これはあくまで、日向の様子を見ていられなかった俺が、勝手に話を聞いたのが発端、というのもある。


 日常探偵研究会としては、日向の依頼は既に断っているのである。

 そもそも、依頼の受付などしていない、と言って。

 そうやって断った話に、今更早見たちを巻き込むのは、少し違う気がした。




 まあ、そう言う訳で、俺は今からただ一人、その双子に話しかけに行かなくてはならないわけだが。


 ただ、一つ。

 俺には、有利に働く点があった。


「……多分、あと三十分もしないうちに()()()()。それを利用するしかないな」


 空を見上げながら、俺はそんな予測を立てる。

 隣で日向が、怪訝な顔をしたのが分かった。


「確かに今は梅雨時で、空に雲もあるが……そこまで暗い感じじゃないぞ?本当に降るのか?」

「ああ、ただの勘だが」


 前髪を少し触りながら、そう答える。

 先程から少し気になっていたのだが、触ってみることではっきりした。

 俺の前髪が、妙にべたついている。


 何というか、湿気を吸ったのか、微かに太くなっている……気がするのだ。

 俺の勘によれば、という注釈付きだが、こう言う時は大体一時間以内に雨が降る。


 少し待てば、大降りになる。

 ……大降りになる、かもしれない。

 多分。


「……入部希望者への説明にどれくらい時間がかかるか分からないが、俺は出来る限り質問するとかして、時間を稼ぐ。そして、雨が降るのを待とうと思う」

「それで、どうするんだ?」

「すぐさまその二人に、『すいません、俺は今、傘も何も持ってきていません。もしかしたらちょっと待つだけで雨が止むかもしれませんし、しばらくこの部室で雨宿りさせてもらっていいですか』と聞くんだよ」


 運動部の部室棟は、グラウンドの対側、学校の敷地の端にある。

 つまり、一度部室棟に行き、その後荷物を置いてある教室なり、自転車置き場なりに行こうと思えば、結構な距離を歩くことになる、ということだ。


 雨の中、部室棟から他所へ移動するのは、中々に鬱陶しい。

 傘も無いのであれば、間違いなく全身ずぶ濡れになるだろう。

 止むかもしれないのであれば、ここで雨宿りをしたい、というのは自然な流れだ。


 一応入部希望者、という扱いなのだから、向こうも断りはしないだろう。

 そして、この訴えが受け入れられさえすれば、チャンスが増える。


 向こうはそのまま部室での仕事に戻るだろうから──俺が尋ねた時点で、向こうは仕事を中断してこちらの説明に移る羽目になるため──しばらく俺は、愛崎姉妹と同じ空間で過ごすことになる。

 そこでなら、昔の思い出のような、部活と大して関係ない話を世間話として振っても、そこまでおかしくは無い。

 場合によっては、互いに暇を持て余すような形になるのだから。


「……ちなみに、実際のところ、雨は待てば止むのか?」

「いや、無理だろう。多分、明日まで降り続けるな」


 空の様子を見ながら、俺は断言する。

 多少勢いが弱くなることはあっても、止みはしまい。

 どこかで「止みそうにないので、走って帰りますね」とでも言って、話を切り上げる必要があるだろう。


 ただし、これは吉兆でもある。

 極端な話、雨が止みさえしなければ、下校時刻までは居座れるのだから。


 ──嘘を吐くことになるし、その姉妹を騙すことになるのは申し訳ないが……これしかない、か。


 細部まで詰めてから、俺は今度こそ立ち上がった。




「じゃあ、雨が降り出す前に行ってこようと思う」

「分かった、ありがとう……ただ、本当に良いのか?俺は帰ってしまって……」


 申し訳なさそうに、日向がこちらの顔を見やる。


「いや、寧ろ帰った方が良いだろう。俺とお前が知り合い、とばれたら、向こうも俺が尋ねてきた理由を察するかもしれないからな。加えて、雨も降るんだから」

「ああ、そうか……すまない、俺の我が儘に付き合わせて」

「いや、聞きたいと言ったのは俺だからな……ああ、最後に」


 雨。

 傘。

 その二つから思い出されることがあり、俺は最後の確認をした。


「サッカー部の部室には、実は置き傘をしてある、なんてことはあるか?もしあったら雨宿りが出来なくなってしまうんだが」

「いや、そんな気の利いたものは見たことが無いな」


 突然どうした、という顔をして、日向が返答をする。

 俺はただ、曖昧な笑みを返した。

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