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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 6 ホラーの対象事件

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番外編:きっかけ 或いは到達

「そう言えば、あの時私にホラー小説を見せるきっかけになった事件、百から聞いたわ」


 唐突に早見がそんな話題を振ってきたのは、例の些細な悪戯を仕掛けてから一週間経った時のことだった。

 場所は部室。

 かつ、霧生が部長会議とやらに出ているため、中にいるのが珍しく俺と早見だけ、という時のことである。


「きっかけって……『ボボさん』のことか?」

「そうよ、今、この高校でも広まっているアレ」


 口をとがらせ、不本意そうな表情で早見が明言する。

 もしキャラを作っている時ではなく、「素」の方だったなら、舌打ちでもしていそうだ。


「また、貴方や霧生さんに推理を頼んだってこと、聞いたわ。……百の我が儘に付き合わせてしまって、ごめんなさい。私の方からも叱っておくから」

「いや、叱るほどのことでもないと思うが……」


 あれで叱られるなら、今まで何度も自身の我が儘かつ自己満足のために、霧生に推理を頼み続けた俺などは、大罪人になる。

 しかし、早見は微かに顔を険しくして首を振った。


「いえ、言っておいた方が良いのよ。あの子、なまじ顔が広い分、他の人に頼るのが上手くて……その分、周囲に甘えたがることがあるから」

「へえ……」


 辛辣と言ってもいい評価だが、姉としては色々と気になることがあるらしい。

 ただ、あの積極的な態度を「甘え」と表現するのは、少し面白いな、と思った。

 確かに、初対面同然の俺にグイグイと話したり、周囲に連絡先を聞きまわったりするのは、相手の厚意に甘えている、とも言えるかもしれない。


 ただ────。


「別に、そこまで心配することでもないと思うぞ。彼女は彼女なりに線引きを決めているようだし……まあ、ただの勘だが」


 前回、霧生の言っていたことを引用しつつ、とりあえず庇っておく。

 早見の説教の怖さは、一週間前に知ったばかりだ。

 あれを早見妹がこれ以上体験するのは、少々可哀想だ。


 反論が来るか、と思ったが、意外にもそれは無かった。

 寧ろ、まじまじと俺の顔を見つめてくる。


「……何だ、どうした?」

「いや、ちょっと気になって……」


 そう言って、早見はさっと視線をずらす。

 何だったんだ、と思ったら、また彼女の顔が動き、視線が合った。


「……今回の件で、ちょっと気になったことがあったのだけれど、聞いてもいい?」

「え、俺にか?」

「そう。貴方について。今、大丈夫?」

「まあ、別にいいが……」


 返答しつつも、俺の思考は困惑に包まれた。

 話題が飛びすぎて、ついていけない。

 だが、混乱しているうちに、早見は質問を開始していた。


「相川君、会話の中でよく、『勘だけど』とか、『何となく』とか言うでしょう?」

「ああ、まあ……」


 そう言えば、早見に対して明言したことは無かったか、と今更のように思い出す。

 俺は、昔から勘が鋭い。

 それを知らずに俺の話を聞いていれば、変に思うのかもしれない。


「あれはまあ、俺の特技みたいなものだが、それがどうかしたのか?」

「いえ……百から聞いた限りでは、今回の件では、その勘をあまり使っていなかったみたいだから、少し気になって。その、体調でも悪かったのかなって」


 ──勘をあまり使っていなかった……?


 はて、と俺はあの時のことを思い出す。

 そもそも勘というのは、そんな意識的に使うような物ではない。

 だから、使っていなかった、と言われても、今一つ思い出しにくいが────。


 ──まあ確かに、今回は俺の勘がどうとか、そう言う話でも無かったか?


 ここまで言われてみれば、思い出せることもある。

 確かに今までは、俺が勘づかない限り、事件の発生にすら気が付かない、という件が多かった気もする。


 例えば、霧生に対して初めて相談した事件、つまり早見と初めて会った時の「日常の謎」がそうだ。

 あれは、俺が早見の言動に何か理由があるのだろう、と勘で気づき、ずっと考えていたところから始まった。

 あそこで何も気が付かずに忘れていれば、こんな研究会を作ることも無かっただろう。


 或いは、その後の密室事件。

 あの時も、偶然見かけた光景に対して、俺が勘で違和感を抱き、霧生に相談したのだ。


 そう言った例に比べると、今回は確かに、俺の勘は関係していなかったかもしれない。

 事件の発生には当然関与していないし、それを相談したのは、早見妹の判断だ。

 猫の事件のように、霧生の推理が終わった後、独自に勘で推理をした訳でもない。


 極端な話をすれば──霧生自身言っていた気がするが──今回の件では、早見妹が霧生と直に連絡を取れば、俺は居なくても構わなかったくらいである。

 そのせいか、そもそも俺が意見を出すこと自体少なかった。

 話を聞いた早見としては、まるで俺が不調だったから、話に加われなかったかのように思えたのかもしれない。


 そのあたりを汲んで、俺は心なし丁寧に説明した。


「今回はまあ、霧生に相談するのも早かったからな。だから、俺は特に言うことが無かったというか」

「だから、勘を使うまでも無かった、ということ?」

「いや、そう言う話でも無くて」


 ピントのずれた発言に突っ込みつつ、俺は説明を考える。

 尤も、勘というのは所詮無意識の領域であり、説明するようなものでもない気がするが────。


 ──いや、だけど、理由が無いわけでも無いか。


 ふと、突然そんなことを思いつく。

 今回、俺の勘がたいして働いていなかった理由。

 明確な理由が、一つあった。


「……強いて言うなら、あれだな」

「あれ?」

「ああ、今回の件では、そもそも俺が体験したことも無いようなこと、或いは全く知らないようなことが多かった。だから、かもしれない」


 それから、俺は自分の勘について、早見に説明した。

 以前、霧生には言ったことがあったと思うが、早見には伝えていなかった。




 前にも言った気がするが、そもそも俺の勘というのは、超能力とかそんなものではない。

 ただ単に、俺が無意識に感じていることを、何となく表に出しているだけである。


 例えば、俺は何となくその日の天気を当てることがあるが、あれは何の情報も無いままあてずっぽうで言っているのではない。

 実際には、湿気や空の様子などから、無意識に判断しているのだろう。

 過程を説明できないから、「なんとなく」とか「勘だけど」と表現しているのだ。


 今までの件も同様だ。

 俺は恐らく、霧生が説明してくれたような「日常の謎」の種や仕組み、不思議な点などについて、無意識に思いつくか、気が付くかしていたのだろう。

 それが上手く言葉に出来ないから、「ただの勘だけど、何となく怪しい」と思っていたのだ。


 要するに、勘と言いつつ、結構論理的な物なのである。




「……だから、俺自身が無意識ですら全く考えたことが無いようなことや、考えたくないことが多いと、どうしたって勘が鈍る」

「今回は、まさにそれだった、ということ?」


 興味を持ったらしく、ずい、と早見が距離を詰めてくる。

 反射的に、こちらは背をそらした。

 さすがに、異性間の距離にしては近すぎる。


「ま、まあな。例えば、現場になった女子トイレは、性別的に入ったことが当然無いから、現場の状況って言うのが今一つ分からないままだったし……その、霧生が言った、事件を解くカギの……ええっと」

「性教育の授業?」


 俺からは言いにくかった事を、さらりと早見が口に出す。

 霧生もそうだったが、どうもこの辺りを彼女たちがあまりにも気にしないので、逆に俺が恥ずかしくなる。


「……ああ、それだ。その授業も、当然俺は体験したことはない。俺が小学生の時も、当然女子生徒相手に開かれたんだろうが、男子として外で遊んでいる側だったからな。意味は後で知ったが、それだって所詮は知識で、経験じゃないだろ?」

「だから、勘が鈍った、ということ?」

「そうだと思う。正直、男子生徒だけトイレの個室が埋まっている、ということのおかしさに気が付かなかったのは、そのあたりのことも影響している……気がする」


 かなり言い訳がましくなってきたが、俺はそんな説明をした。

 すると、早見が納得したように、何度か頷く。


「……常に働くものではなく、条件を満たした時、フルに発揮できるようなものだったのね、貴方の勘」

「ああ、そっちから見ると、また違って見えていたのかもしれないが」


 ふう、と説明を終え、俺は本に視線を戻そうとする。

 言いたいことは、全て言えた。 


 しかし────。


 ふと、その場で思いついたように。

 早見は、こんな質問を続けた。




「だけど、本当に興味深いわね。無意識に色々なことに気が付いているということは、ある意味、無意識下では常に気が張っているともとれる。……何か、その勘が良くなったことには、き(・)っ(・)か(・)け(・)で(・)も(・)あ(・)っ(・)た(・)の(・)?」




 ──きっかけ、か。


 不意に、脳裏に一輪の朝顔が思い浮かんだ。

 もう、十年近く前になる光景。

 それが、理由もなく脳裏をよぎった。


 口に出そうか?

 いや。

 別に、良いだろう。


 そもそも、あれがきっかけだったかどうかなんて、俺自身にも分からない。

 基本的には、生まれつき勘が良かった、という説明でも間違っていないのだ。




 言葉を出さず、俺はその場で押し黙る。


「……ご、ごめんなさい。言いにくいことや、答えの出ないことだったら、答える必要はないわ。忘れて」


 即座に返答に困っていることを察したのか、早見はすぐに質問を撤回した。

 そして、わざとらしくスマートフォンの方に視線を落とす。

 それが、俺に配慮した行動であることは、明らかだった。




「……」

「……」


 そこから、意味もない沈黙が続いた。

 基本的に読書しかしないこの研究会で、無言の時間が続くこと自体は、珍しいことでは無い。


 しかし、この沈黙が普段のそれと違うことは、互いに察していたと思う。


 ──霧生、早く帰ってこないかな。


 無責任にも、最後に俺はそう思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] case6も面白かったです。 子供の頃の思い出を思いながら楽しませてもらいました。 [一言] 早見ちゃん……
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