実態 或いは恒例の
『その後のことは、ここまで来たらわかるだろう。省略しても良いかい?』
「ああ、残りは大体わかる」
軽快に述べる霧生に対して、そう返しておく。
実際、ここから後は推理の必要もない程明確だった。
奇声を上げながら外に出た男子生徒は、恐らくすぐに廊下に出て行こうとしたのだろう。
本人としては、すぐに立ち去りたいはずだからだ。
しかし、彼の足はそこで止まる。
理由は、廊下から走ってくる女子生徒たちに気が付いたからと見て間違いないだろう。
それにどうやって気が付いたのかは分からない。
廊下に出る直前で姿を見たのか。
もしくは、足音でも聞いたのか。
とにかく、彼女たちを気にして、彼は外に出られなかった。
それはそうだろう。
奇声が聞こえた後、すぐさまトイレから飛び出ていく自分の姿などを見られては、自分が犯人だと教えているようなものだ。
それよりは、敢えて現場に留まり、野次馬に混ざるぐらいがちょうどいいと思ったのだ。
実際、それは上手くいった。
彼は素早く男子トイレの方に行って──その入り口付近に遊びから帰った男子生徒がいなかったのは、彼にとって幸運だった──あたかもずっとそこにいたかのように振舞い、追及をやり過ごした。
慌てて駆け寄った気配はなかった、と証言があるのだから、出来るだけ普通に歩いてトイレに入ったのだろう。
さらに、男子トイレの方が怪しい、という話になった時は、自ら率先してトイレ内を調べたほどだ。
これにより、彼は疑われることは無かった。
結果、小学生たちの間で、奇声を上げた後どこかへ消えていく「ボボさん」の噂話だけが残った。
「……だったら、私が調べていた時に、彼がもう一度声をあげたのは……」
『まあ普通に考えて、怪奇現象としての話を補強するためだろうね。小学生からしたら、中学生というのは結構大人に見えるものだ。そんな君が来ている前でもう一度それをやれば、確かな大人の目撃者も現れ、いよいよ怖がる方に話はシフトする、それで、自分が犯人だということは有耶無耶になる、と思ったのだろう』
「だったら、二回目の『ボボさん』出現は、早見妹が来てから突発的に思いついたことってことか?」
『だろうね。だから、明らかに彼が犯人でなければあり得なさそうな状況で発生したんだ。図らずも、一件目が目くらましになってしまい、その場ではバレなかったがね』
──図らずも、か。
確かに、それはそうだ。
これらの事件──と呼ぶほどのことでは無いが──は、かなりの部分を偶然で支えられている。
例えば霧生の言う通り、入り口にもう一人生徒が辿り着いていたらそれだけでバレていたし、二件目の方だって早見妹が怖がりで無かったなら、その場で気づかれていたかもしれない。
「偶然」、これらの要素が揃っていたからこそ、不思議に見えていただけだ。
──毎度毎度思うことだが、偶然というのは恐ろしい……。
何度目の感想になるか分からないことを、今一度俺は心中でぼやいた。
『……少し長くなったけど、僕の推理は、これで終わりだ。まあ、例によって例のごとく、証拠はないけれどね』
「んー、だけど、あっていると思いますよ。特に二件目は、状況的に彼しか出来ないことですし」
「そうだな。……ちなみに、これからはどうするんだ?」
ふと、そんなことが気になった。
始まりは偶然でも、今現在、「ボボさん」はその小学校内を席巻しているらしい。
少なくとも、テンションが異様に低くなる程度には。
せっかく新しい学年にも慣れてきた時期だろうに、怪談のせいでそれを楽しめなくなる、というのは可哀想な気もする。
……しかし、だからと言って、何かしらの方法でこの真相を生徒たちに伝えてしまう、というのはいただけない。
霧生との約束もあるし、それ以前に犯人の男子生徒が不憫だ。
これをきっかけにいじめにでも発展してしまえば、誰も得しない。
そう思った末の言葉だったのだが、霧生の回答はこれまたあっさりとしていた。
『……何を考えているかがなんとなくわかるけど、そこまで気にしなくてもいいと思うよ』
「そうか?」
『ああ。学校に、不思議な話なんてつきものだ。今はまだ噂が盛んだが、その内誰も気に留めなくなるさ。……それこそ、学校の七不思議とかになって終わりだろう』
「まあ、確かに、そう言う物ですかね」
早見妹の方が、そう言って頷く。
そして、今度は俺の方を向いた。
「またテストがあれば、どうせボランティアであの学校に行くでしょうから、私、その時に様子を見ておきますよ。葉さんがそこまで心配しなくても、まあ大丈夫ですよ」
「ああ、そうか……ありがとう」
明らかに俺に配慮した発言だ。
そう察して、俺はとりあえず感謝しておく。
確かに、人間関係に関連することでもあるし、こういったことに慣れていそうな早見妹の方に任せておいた方が得策だろう。
そもそも本来、俺は当事者ではなく、そう呼べるのは早見妹だけなのだから。
『結論は出たかい?なら、僕はこれでいいかな』
「ああ、ありがとう。今回も、すまなかったな」
『別にいいよ。いい息抜きになった』
それだけ言って、プツン、と通話が切れる。
イートインスペースの机の上には、待機画面に戻ったスマートフォンだけが残された。
「……かっこいい人ですねー、光さん」
ほれぼれするようにして、早見妹が呟く。
「相変わらず推理力はすごいし、気さくだし……本当、凄いですねー」
「確かにな……さて」
首を捻り、何度目かの店員の確認をする。
すると、さすがに注目されているようで、チラチラと仕事の合間にこちらを見ている気配があった。
推理の内容を聞かれたというより、長居しすぎ、ということだろう。
「じゃあ、俺はテスト勉強に戻るよ。いつの間にか昼飯時は過ぎたけどな」
「あっ……本当に、葉さんもすみませんでした。ですけど……」
そこで、早見妹は自然に頬の肉が緩んだような笑顔を浮かべた。
「これでようやく、安心して寝られます……」
──ああ、ホラーが怖いのはやはり事実か。
最後に、そんな力の抜ける会話をして、俺と早見妹は別れた。
──そう言えば、今回の電話では「最後にちょっと質問をいいかい?」なんてことは無かったな。
ふと、前回の霧生の言動を思い出したのは、早見妹と別れて少し経った頃。
家に帰るために、自転車を漕いでいる最中だった。
──前回は何故か、猫を拾ったのがいつだったのか云々、とか言うことを聞いていたが……。
そう言えば、あの質問の真意を霧生に聞いていない。
あの件のあと、割合すぐにテスト週間に突入したため、聞く機会が無かったのだ。
──ただ、あまり聞かない方が良い気もするんだよな……勘だけど。
そんなことを考えているうちに────。
不意に、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。
「……電話か?」
思わず声に出し、同時にブレーキをかける。
そのまま道の端に自転車を運びながら取り出すと、案の定、電話の着信があった。
画面に表示されている名前は────。
「霧生から?」
──何だ?言い逃したことでもあったのか?
怪訝に思いながらも、通話のところを押す。
「はい、もしもし」
『やあ、相川君?今、大丈夫かい?』
スマートフォンから、数分ぶりの霧生の声が響いた。
その声色は明るく、推理の時よりもはるかに陽気だ。
以前から何度も経験しているために分かっているが、推理中の霧生はかなり真剣な雰囲気を纏う。
電話越しでも、はっきりと分かるほどにだ。
今の雰囲気は、それとは違う。
寧ろ、何かを楽しんでいるような口調だった。
「……まあ、別に会話くらいは出来るが」
『なるほど。それでは、もう一つ確認。そこに、早見さんの妹さんは居るかい?それとも、もう別れたかな?』
「いや、もう別れたが……」
『そうか。なら、話を続けられる』
──何を言っているんだ、霧生?
話の意図がさっぱり読めない。
元々彼女は、自分にだけ分かって周囲には分からないような話をすることもあるが、今回は特に酷かった。
「……何が言いたいんだ?何か、早見妹といるとまずいのか?」
『いや、そこまで不味くはないね。ただ、居ない方が良いかもしれない』
霧生がん、ん、と喉を整える音がした。
『……実は、さっきの推理の中で、あることに気が付いてね。それをまだ言っていなかったから、電話を掛けたんだ』
「気が付いたこと……何か、まだ言っていない真相があるのか?」
『いや、小学校の事件の方じゃない。そのことはあまり関係ない』
そう言ってから、霧生はいよいよ愉快そうな声を出した。
『……関係があるのは、姉の方の早見さんだね』
「早見が?」
尋ねると、霧生はうん、と返事を返す。
そして、つらつらと新たな推理を述べ始めた。
『一応、こっちでも言って置こうか…………、さて────』




