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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 6 ホラーの対象事件

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悪戯 或いは心霊

「それで……どうなったんだ?」


 気が付けば聞き入っていた俺は、唾をのみながら先を促す。

 しかし、そこで早見妹の方は少し困った顔をした。


「それが……こっちも、よく分からなかったんですよ。男子トイレの方から声が聞こえて、トイレの前で待っていた男の子──ついてきた小学生の一人ですね──が、慌てたような顔で出てきて……」

「それ以外は、何もわからなかったのか?」

「はい。男の子は何も見ていないって言うし、その子にトイレの中も調べてもらったけど、何もなかったし……本当に、最初の目撃時と同じく、何もわかりませんでした。ただ、声だけを残して、『ボボさん』は消えたんです」


 それで、私は何も分からないまま、帰る羽目になったんです。

 最後にそう言って、早見妹は長い話を結んだ。




「しかし、これはまた……」


 全ての話を聞き終えて、俺は自然と腕を組む。


「最初はよくある学校の怪談みたいに聞いていたが……あれだな、最後まで聞くと、それなりに怖いな」

「でしょう!?」


 共感を得られて嬉しかったのか、早見妹は声を大きくする。


「その、遭遇した当日は小学生の前でしたし、取り乱すようなことはしなかったんですけど……家に帰ってから、本当に怖くなって!」

「で、相談に来た、と」

「はい……もしここで会わなかったら、こっちから連絡入れようかと思っていたくらいです」


 なるほど、と思い、改めて早見妹の顔を見つめると、心なしか目の下にクマがあるように見えた。

 なまじ元の顔が良い分、クマがよく目立つ。


 もしかすると、この話が怖いばかりに、あまり寝ていないのかもしれない。

 まだ中学生なのだから、有り得そうな話だ。

 早見は知らないが、早見妹の方はホラーが苦手らしい。


「……葉さん、テスト直前で申し訳ないんですけど、解けません?この謎」

「この謎……『ボボさん』の正体を、か」

「はい。だって、密室とかの件を考えると、本気で不気味なんですよ。この世の物とは思えないというか」


 そう言いながら、わたわたと早見妹は手を上下させる。

 彼女なりの、自分が怖がっているということのアピールなのだろう。


 こういう言い方をしているところをみると、彼女がホラーが苦手なのは、その手の存在を信じているからなのかもしれない。

 そうでなければ、ここまで怖がらないのではないだろうか、という気もする。


「しかし、ボボさんの正体、か……」


 一応口に出し、俺は頭を回転させる。


 ────実際のところ、これはものすごく単純に考えれば「小学校のトイレで奇声を上げる存在が居た」というだけの話だ。

 早見妹の話の中でも触れたが、それだけなら、そんな悪戯をする小学生がいたんだろう、とでも思えばいい話なのである。


 以前話したが、「日常の謎」というのは「まあいっか」と考えれば、それだけで済むことが多い。

 今回の件も、その例外ではなかった。

 逆に言えば、その理屈が適用できる今回の件は、確かに「日常の謎」の一つである、とも言えるが。


 そして、「ボボさん」の場合、謎を奇妙にしているのは──要するに、「まあいっか」で済ましにくくしている要因は──早見妹が言う通り、現場が密室状態にあったこと、そして、声をあげた存在がどう探しても見つけられなかった点にある。


 現場のトイレは、出入り口が廊下側から見られていた。

 そして、他に出入り口は無い。

 どうやって出て行ったのかが、分からない。


 それでも、無理矢理考えていくのであれば────。


「つまらないというか、無難な回答で行けば、一番最初に目撃した子の自作自演、というのがあり得るが……」


 勘で思いつくままに、俺は可能性を挙げていく。

 早見妹も俺が考えをまとめようとしているのが分かったのか、ふんふんと相槌を打つ。


「確かに、最初の『ボボさん』の件については、最初の子の証言しかないから、疑おうと思えばいくらでも疑えますけど……」

「自分より先にトイレの個室に入っていたとか、隣で声が聞こえたとかも、その子が言っているだけだしな」


 第一発見者を疑え、というのは推理小説ではセオリーである。

 第一発見者は、一番最初に事件に遭遇する分、他の証言者よりも多数の情報を手に入れる。

 故に、捜査する側──物語では探偵や警察官だが、この場合は俺たち──は、第一発見者の証言を鵜呑みにせざるを得ない場面が多い。

 その人物しか目撃していないので、そうならざるを得ないのだ。


 これは逆に言えば、第一発見者が嘘をついていても、それを見抜くことは難しい、ということだ。

 今回の件など、まさにそうである。

 仮に、その一番最初にトイレに入った女子生徒がふざけて奇声をあげ、後で全く知らない振りをしたのだとしても、こちらとしても見抜きにくいのだ。


 このようなことを、俺はつらつらと伝えた。


「確かに、自作自演だとしたら、密室の件は解けますけど……」


 そう言いながら、早見妹は微かに不満そうな顔を浮かべる。

 彼女がそう言う理由と、納得していないような顔を浮かべる理由の両方が、俺には分かった。


 そう、その女子生徒が犯人だとすれば、密室の件など一発で解ける。

 そもそも女子トイレから出ていないのだから、廊下の生徒に見咎められることなどありえない。


 だが、その生徒を犯人だとすれば、矛盾が生じるのだ。


「この場合、君が遭遇したとかいう、二回目の『ボボさん』の声の件が解けなくなるんだよな」

「ええ……あれに遭遇した時、第一発見者の子は私の隣にいましたから」


 そもそも、二回目の声は男子トイレから聞こえたという。

 つまり、少なくとも二回目の件に関しては、早見妹と一緒にいた女子生徒たちは犯人になり得ない。

 いくら何でも、女子トイレにいながら男子トイレで声をあげる方法は無いだろう。

 男子トイレに何も無かったということは、スマートフォンやボイスレコーダーの類も無かったのだろうから。




 ──ただし、矛盾をなくす方法はある。

 犯人の数を、増やせばいいのだ。


「……二回目の方は、もしかしたら一緒についてきた男子生徒の仕業なのかな、とも思ったんですが」


 俺が思っていたことを、まさにそのまま、早見妹は指摘した。


「あの時、私と女子生徒たちは女子トイレを探していて、男子生徒は一人残されてました。しかも、私たちの視線は女子トイレの個室に向かっていて、正直、その子のことは見ていませんでしたし」

「だから、こっそり男子トイレに行って、奇声をあげることはできる、か」


 そう言うと、早見妹がコクン、と頷く。

 彼女としても、何度か考えた可能性らしい。


 つまるところ、ここまでの話を総轄すると、一回目の「ボボさん」は、たまたま一番早くトイレに行った女子生徒の自作自演。

 二回目の「ボボさん」は、一人外にいた男子生徒の自作自演。

 そう考えれば、矛盾なく、この件は解決する。




 ただ────。




「何となくだが、違う気がするな……まあ、ただの勘だが」

「葉さんも、そう思いますか?」

「ああ。何というか、確かに矛盾はない考えなんだが、()()()()()()()、な気もする」


 そもそもこの推理──証拠も何もないため、妄想に近いが──は、動機の類が欠如している。

 仮に犯人が本当に彼らだったとして、何故、わざわざこの時期にそんなことをしたのか。

 その点が、さっぱり分からない。


 いや、強いて言うなら、二件目の方はまだわかるのだ。

 男子であるために女子トイレの方の捜査に参加できず、暇を持て余した男子生徒が、ついつい周りを驚かせたくて悪戯をした。

 そう言うのは、実際にありそうな話だ。


 しかし、一件目の方は全く分からない。

 「ボボさん」などと言う物を広めて、一体何になるのか。

 一つ言えるのは、廊下の生徒の存在が偶然だったところを見ると──廊下から声を聴いた生徒がいなければ、噂も広まらない──あまり計画的な行動ではなさそうだ、ということだが────。


 ──いや、待てよ。


 ふと、そこで俺はあることに思い至る。

 正確には、思い至ったというより、矛盾点を見つけたのだが。


「……なあ、もし自作自演だったなら、この件、まずは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「まあ、そうでしょうね。聞き手がいなかったなら、本当に一人で大声を出しただけで終わるんですし」

「それで、廊下に人がいたのが、『偶然』だったんだよな?」


 偶然、のところを、意識的に強調する。

 そうすると、早見妹は意図を察したようだった。


「……そうですね、だとすると、やっぱりこれは自作自演じゃないかもしれません」

「ああ、悪戯で人を驚かせたいなら、普通、もっとトイレに人が集まってから叫ぶだろう?そうじゃないと、悪戯として成立しない」


 しかし、実際には廊下に人がいたのは偶然だった。

 仮に廊下の生徒たちの帰りが遅かったなら、この件は目撃者無しで終わり、悪戯としてすら認知されなかったかもしれない。

 この点だけでも、自作自演の悪戯、という可能性は低くなるのだ。




「あー、もう、訳が分かりません!」


 うがー、と妙な声を挙げながら、早見妹が顔を頭に突っ伏せる。

 いよいよ思考の限界に来たのだろうか。


 しかし、限界なのはこちらも同じだ。

 これ以上考えても、何か生産的な考えが出る気がしない。

 と、なれば────。


 ──テスト直前なのが向こうも同じだが……頼むしかないか?


 無言で、俺はスマートフォンを取り出した。

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