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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 5 三十年生きた猫事件

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人の心、猫知らず 或いは彼女の心、彼知らず(Case 5 終)

「────今回はお姉ちゃんに任せたって感じです」

「……なるほど」


 最後にそう言ってから、「僕」は画面上に指を滑らし、通話を打ち切った。

 向こうからすれば、唐突に切られたかのようにも思われるかもしれないが、そこはまあ、我慢してもらおう。

 元々、唐突な話だったのだ。


 スマートフォンを机の上に転がし、僕はふう、と息を吐く。

 自宅での勉強中に、突然かかってきた電話。

 あまり電話を受けること自体が少ないため、反射的に受け取ってしまったが、思わず長い話になってしまった。


 推理を語ったせいか、喉が渇いている。

 正直なところ、水が欲しい。


 ──だけど、その前に一応、考えをまとめておこうか。


 ふと、そんなことを思いつく。

 そして実際、僕は勉強机の前から席を立たず、顎に手をやった。




 相川君や早見さんには、しばしば、僕は推理力が優れている、という節のことを言われる。

 話をすれば、すぐに回答を示してくれる、と。


 だが、それは買い被りだ。

 実際のところ、僕だって一瞬で答えを出しているわけでもない。

 寧ろ、何通りも、何通りもの思考を巡らせ、その果てに答えを得るタイプだ。


 それは、今回もそう。

 考えられることは、ここで考え切っておきたかった。


 ──そうだ、まとめておこう。その方が、月曜日からも困らないだろう。


 ここで言う「まとめる」というのは、掛川先輩宅の飼い猫に関する話のことではない。

 寧ろ、それとは全然関係ない話だ。


 今回の件に置いて、相川君が多少は気にしていたこと。

 しかし、やがては注意を払わなくなっていた事。

 ────早見さんの、行動のことだ。


「さて────────」








「……そもそも、猫タワーを運ばなくてはならないから、土曜だけど手伝ってほしい、と相川君を誘うこと自体、少しおかしい」


 思考をまとめるために、一応声を出す。

 今日は珍しく、家には父がいない。

 誰かに聞かれる心配は、まずないだろう。


「妹さんの話によれば、今日運んだという猫は、ゴールデンウィーク直前に拾った、という話だった。そして、話しぶりからすると、すぐに貰い主も────掛川先輩の元に送られることも決まった、という事情だった」


 早見さんの話だけなら、そこまでおかしくはない話だ。

 だが、この妹さんの話も加えれば、不思議な点が出てくる。

 すなわち、猫を運んだ時期の、ずれ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ここが、おかしい」


 そもそも、猫タワーを運ばなくてはならなくなったのは、その猫タワーに子猫が慣れてしまっていたからだ。

 突然環境が変わるのは避けたい、ということで、猫タワーを運ぶ必要が出てきた。


 逆に言えば、子猫が懐いてしまう程度の長期間、その子猫は早見さんの家に逗留していた、ということだ。

 つまり、ゴールデンウィーク直前に保護され、直後に貰い手が決まっていたにも関わらず。

 それなりの期間、猫が運ばれていない、ということになる。


 実際に運搬の日となった今では、ゴールデンウィークからそれなりに時間が経っている。

 五月も末になろうかという頃だ。

 二週間近く、何故か子猫は早見さんの家に置かれていた。


「勿論、理由だけなら色々考えられる。掛川先輩の家の方の準備がまだだったとか、貰い手候補が他にもいて、どこにするか揉めていたとか」


 一応そう言いながらも、僕は違うな、と感じる。

 相川君ほどではないが、僕だって勘が悪い方ではない。

 今あげた可能性は、本当に否定はできない、というだけの話であることには、察しがついていた。




 というのも、もう一点、おかしなところがあるからだ。




「荷物を運ぶには、男手が必要だというのは、まだ良い。……ならば、何故、父親を頼らなかった?」


 妹さんの話では──正確には、その妹さんの言葉として、相川君から又聞きした言葉だが──早見さんたちの父親は、ゴールデンウィーク中は家にいた、との話だった。

 ならば、ゴールデンウィーク中に、父親に猫タワーを運んでもらう、という手段が取れたはずだ。


 それにも関わらず、早見さんは父親を頼っていない。

 猫が車を嫌がったにしても、猫は歩いて運び、猫タワーは父親に車で運んでもらう、というのではダメだったのか。

 何なら、多少お金はかかるが、宅配便でもいい。




「それと、おかしな点はもう一つ。……妹さんは、何故掛川先輩の家についてきていない?」


 ダメ押しに、疑問を口に出す。


 話によれば、猫を拾ったのは妹さんの方だという。

 ならば、貰い手である掛川先輩の家に行くのは、妹さんの方が筋のような気もする。

 何というか、現状では、自分で猫を拾って来たわりに、その後の対応を、姉である早見さんに丸投げしているようにも見えてしまう。


 尤も、話しぶりからして、掛川先輩と妹さんの方はそこまで親しくないようだから、対応を姉に任せたのはそこまでおかしい判断でもない。

 ただ、それにしても、だ。


 もしかすると、よほど無責任な人なのかもしれない、とも思ったのだが、実際に会話した感じでは、そう言った風には見えなかった。

 印象としては、「明るめの早見さん」と言ったところか。

 猫のこともきちんと心配してはいたようで、無責任な様子には見えない。


「そして、妹さんがいるのなら、猶更相川君が呼ばれた理由が分からなくなる」


 何故か?

 それは当然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 話によれば、猫タワーは相川君が一人で運んだらしい。

 男子高校生が一人でも何とか運べた程度の重さだったのだから、女子高生でも二人いれば運べただろう。


 何故、早見さんは妹さんに頼らなかったのか。

 今日の様子を見るに、妹さんにも、特に重要な予定があったわけでもなさそうだが。




 ここまでずらずらと疑問を挙げたが、要するに、今日の誘い自体が、かなり奇妙なのだ。


 ゴールデンウィーク中にやっておけば済むことが、何故か放置されていること。

 しかもいざ運ぶ際には、家族の力を意図的に借りていないように見えること。

 二つとも、どう考えても非合理な話だ。


「そして、ここまでいろんな状況が揃って、やっと二人で掛川先輩の家に行ったにもかかわらず、帰りは、早見さん一人で帰ってしまっている」


 最後の、解せない点。

 相川君も、かなり不思議に思っていたようだった。

 帰る方向も一緒だったし、この後に予定がある、というの奇妙だ、と。

 その後の謎解きで、話は有耶無耶になってしまったようだが。


「何にせよ、ここ最近の早見さんの言動は、色々とおかしい、ということだ」


 何故か、猫をすぐには掛川先輩の家に運ばず。

 何故か、家族に頼ることがなく。

 何故か、一人で家に帰っている。


 この「日常の謎」に、解はあるか?






「……一つ、ある。早見さんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と考えれば、矛盾はない」






 結論は、意外に早く出た。

 理屈で考えれば、そこまで合理的でもないが────感情論も加えれば、おかしいというほどでもない。

 現役女子高生の僕が言うのも何だが、いかにも僕たちの年齢らしい話だ。


 何故、すぐに貰い手が決まったにも関わらず、猫を運びに行かなかったか?

 単純だ。

 早見さんが、相川君を誘うことを躊躇っていたから、と考えればいい。


 以前の一件で、相川君と早見さんは、少々気まずい感じだった。

 それを乗り越え、「猫を引き取ったから、見に来てみない?」と誘うには、少々勇気が言ったのだろう。

 いや、もしかするとこれは話が逆で、その気まずさを壊し、もう少し親しくなるためにも、二人で出かけたかったのかもしれない。


 大方、子猫が猫タワーをよく使っていること、そして掛川先輩の家でも室内飼いのために猫タワーを欲しがっていたことを見て、思いついたのだろう。

 相川君を呼ぶ理由が出来た、と。

 さすがに、何の理由もなしに誘うのは、あまりにもあからさまで、恥ずかしかったのかもしれない。


 だからこそ、ゴールデンウィーク中に猫を運ぶわけにはいかなかった。

 猫を運んでしまえば、彼を呼ぶ理由が消えてしまう。


 しかし、目論見通り猫を運ぶのを遅らせはしたが、彼女は中々勇気が出せなかった。

 部室で何度か話す機会はあっても、この話を切り出せなった。


 そして、誘えないままに時間が経ち、いい加減掛川先輩の家に運ばなくてはならない時期が来る。

 さすがに一か月近く待たされては、掛川先輩も不審に思うだろう。

 引き延ばしには限界が来ていた。


「そこまで追い込まれてようやく、早見さんは相川君を誘えた。連絡先も、何とか交換できた」


 連絡先だけなら、あの妹さんに頼む手もあった気がするが────そこは、彼女なりの遠慮かもしれない。

 というか、相川君の方としても、知らない番号からフレンド登録が来ても、断る可能性がある。


 まあ何にせよ、彼女はようやく相川君を荷物持ちに誘い、了承ももらえた。

 相川君の性格上、そうそう断りはしないだろう、という読みがあったのかもしれない。

 実際、彼は今日、早見さんの家に向かったのだ。




 さて、そうなると、早見さんとしては家族が邪魔になる。

 妹さんが言っていたが、彼女が男子を家に──玄関先とはいえ──呼んだのは、これが初めてらしい。

 その場面を家族に見られては、何かとからかわれるだろう。

 特に、あのハイテンションの妹さんには。


 だから、早見さんは手を打った。

 まず、父親が仕事に行っている土曜日を、約束の日とした。

 妹さんには、映画のチケットを渡し、日中は外に出るように促した。

 母親については言及がないが、除外する理由も無いから、何かしら上手くやったのだろう。


「……いや、何なら、猫を運ぶのは同級生の男の子とだけでやるから、関わらないで、くらいのことは言ったのかもしれない」


 根拠はないが、そんなことを思う。

 かなり迂闊な発言だが────ありえなくもない。

 寧ろ、そう考えた方が、妹さんの態度も説明できる。


 早見さんの妹さんは、相川君との初対面時、彼氏だと勘違いして絡んできたという。

 つまり、妹さんはその時点で「待ち合わせの相手は彼氏に違いない」という確信があったのだ。


 仮に早見さんが、事前に「二人きりでいたいから関わるな」という節のことを言っていたのなら、妹さんのハイテンション振りも分かる気がする。

 その言い方なら、彼氏とデートしているようにしか思えなかったことだろう。

 そこまで言われたからこそ、妹さんも相川君に興味を持ったのだ。


「そして待ちに待った当日、妹さんが介入しつつも、相川君と出かけることは出来た。だけど……」


 現実には、二人で出かけたにも関わらず、あまり良い雰囲気にはならなかった。

 寧ろ相川君は、掛川先輩の家で見つけた「日常の謎」に夢中である。

 早見さんとしては、さぞガッカリしたことだろう。


「だから、彼女は先に帰った……どちらにせよ、この謎が解けない限り、相川君は上の空なのだから、一緒にいる意味はあまりない。となると、今はせっかくのお出かけが失敗したことの、反省会でもしているのかな」


 ──こう振り返ると、ちょっとかわいそうだな、早見さん……。


 ジワジワと、早見さんに対する同情心が湧いてくる。

 恐らくだが、彼女が相川君を家に誘うのには、かなりの勇気が必要だったことだろう。

 そこまで勇気を出したわりに、費用対効果、ないし勇気対効果が薄すぎる。


 妹さんにチケットを上げて、家から出させたのだって、きっと彼女を追い払うためだけではないはずだ。

 もしかしたら、家族を外に出し、家を空にすることで────「お礼代わりに、私の家に寄っていかない?」という展開を予定していたのかもしれない。

 今となっては、水の泡だが。




 ……今回の一件、謎は二つあった。

 一つは、三十年生きた猫の件。

 もう一つは、この早見さんの小さな計画。


 しかし真相を知れば、両方とも見え方は変わってくる。

 前者は、猫の意外な行動で周囲の人間が振り回された、という話。

 そして後者は、相川君の意外な行動──せっかく美人の同級生と出かけているのに、「日常の謎」の方を気にするという行動──で早見さんが振り回された、という話だった。


 猫にせよ、人間にせよ。

 なかなか思い通りには、動いてくれないものだ。






「……さて、このことを、相川君に教えるか?」


 一応、選択肢として考慮する。

 だが、これも答えはすぐに出た、


「……ダメだね。これは、本来相川君と早見さんの間の話。いくら気が付いたにしても、僕が関わる話じゃない」


 謎を解くということは、誰かの心に入り込むということ。

 これを、忘れてはならない。

 特に、彼らはまだその段階に至ってはいないかもしれないが────恋愛がらみであれば、なおのこと注意が必要だ。


 それに、もし伝えたら────。


 一瞬、何やら語る必要もない、愚かなイメージが頭に浮かびそうになる。

 だが、僕はそれを頭を振って振り払った。


「まあ、そこまで関係も伸展しなかったようだし……特に言及はなし、ということで良いか、うん」


 自分を誤魔化すように、そう口にしておく。

 そしてようやく、僕は────霧生光は、水を飲みに行くために立ち上がった。

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