表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 5 三十年生きた猫事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/220

相互 或いは名演

『……僕が決して掛川先輩に伝えないように念を押した理由、分かってくれたかい?』

「ああ、まあ」


 相手には見えないと分かっていても、癖で会釈しながら俺は返答する。


 霧生が最初に言っていたことは、確かに的中していた。

 要するに、この十年近くもの間、掛川先輩の周囲の人は彼女を傷つけないように立ちまわっていた訳で────それをいまさらぶち壊しにしてしまう、というのは避けたい事態だ。

 ようやく新しい猫──今しがた運んだ猫──を飼い始め、新たなスタートを切り始めた今は、特に。


「……だけど、あれですね。この件、掛川先輩はともかく、その周囲の人は気が付かなかったんですかね?」


 不意に、早見妹がそんな声を出した。

 顔を上げて彼女の顔を見てみれば、いかにも解せない、という風に、整った形の眉が顰められている。


「確かお姉ちゃんも、真相は分かっていなかったそうですけど、さすがにおかしい、とは思っていたんですよね?」

「ああ、そう言っていたが」

「掛川先輩だって、お姉ちゃん以外の知り合いが一人もいない、なんて訳じゃないはずです。猫が成り代わってから数年の間────まだ、正常な寿命の範囲で済まされる範囲だったときはともかく、それ以降は、さすがにおかしい、なんて話はなかったんですかね?」


 ──まあ、確かに。


 早見妹の意外に筋の通った疑問を聞き、俺は首肯する。


 言われてみれば、不思議な話だ。

 俺が違和感を覚えたのがいい例だが、これは、多少猫について知っていればおかしいと分かる話である。

 今まで、真相を見抜くような人は一人もいなかったのだろうか。


 第一、早見はこの話を思いつけなかったのだろうか。

 猫が二匹いる、ということをどうしても彼女が思いつけなかったことにも、何か理由はあるのだろうか。


 そう思ったところで、霧生がさらりと回答した。


『まあ、理由の一つには、掛川先輩には申し訳ないけど、本気にされていなかった、というのがあるだろうね』

「本気に?」

『ああ。その人は、かなり天真爛漫な人なんだろう?そのせいで周囲からは、ああ、またあの子が変なことを言っているな、だけどまた勘違いだろう、くらいの認識をされていたのかもしれない』


 スマートフォンの奥から、すらすらと推論が響く。

 それを聞きながら、なるほど、と俺と早見妹は頷いた。

 物凄く失礼だが、ありそうな光景だった。


『早見さんのように、かなり親しい人の中には、さすがに疑問を覚える人もいたようだけど……まあ、彼女の場合は、条件が違うから、見抜けなかったのも仕方ない、という気もするね』

「条件、ですか?」

『推理の途中で言っただろう?掛川先輩の家は一軒家で、車庫が隣接している。だからこそ、猫が死んでしまうという悲劇が起こったわけだが……これは、早見さんの家ではまず起きないことだ』

「え……、いや、あー、なるほど」


 早見の住んでいる()()()()()を思い返しながら、俺は納得する。

 玄関には警備員もいて、防犯対策もまず間違いなくなされている、ペット可のマンション。


 つまり、あそこで飼われている動物たちは、全て屋内飼いなのだ。

 ベランダくらいには出るかもしれないが、庭を走り回らせる、ということは、マンションである以上できないだろう。


 つまるところ、掛川先輩の家で起こったであろう、車庫に猫が入り込んで事故死、というのは早見の家ではかなり起きにくい。

 発生した例のないことに注意を払うのは、なかなか難しいことだ。


 恐らく、早見の頭の中では選択肢としても浮かばないレベルだろう。

 思い返せば、猫バンバンについて教えた時も、早見は初めて聞くようなリアクションだった。


 だからこそ、早見にも見抜かれなかった真相。

 それが良かったのか、悪かったのかは知らないが。




『さて、これで大体のことは言ったかな』


 ふう、と微かに息を吐きながら、早見がまとめに入る。

 それを聞いて、俺は慌てて謝辞を述べた。


「今回もありがとう、霧生。おかげですっきりした、本当に」

『いや、感謝されるほどのことでもないよ。最近は、慣れてきたしね』


 さばさばと、本当に気にしていない風に霧生は言う。

 この様子からすると、以前のように解いた瞬間恥ずかしがる、という様子にはなっていないようだった。


「けど、本当にすごかったですね、光さん!」


 そこに、早見妹も感服した口調で入り込んだ。

 どうも、推理を聞き終わり、改めて感情が湧いてきたらしい。

 いつの間にか下の名前で呼んでいるのは、その証拠だろうか。


『だから、凄いというほどじゃないよ』

「けど……こんな風な特技を持ってる人、見たことがありませんよ」


 早見妹がスマートフォンの前で感動しているのが分かったのか、霧生は如実に困惑した様子で押し黙る。

 しかしやがて、こんなことを言い出した。


『……あー、なら、謝礼代わりに妹さんに一つ、聞いていいかい?』

「はい?私ですか?」

『ああ。確か、今日運んだという猫を拾ったのは、君の方だったかな?』

「はい、そうですけど?」


 ──そう言えば、早見がそう言っていたな。


 昨日の部室でのやり取りを思い出す。

 先程の霧生への説明でも、流れで伝えた内容だった。


『それで、君がその猫を拾ったのは、何時のことだい?』


 唐突に、霧生がそんなことを聞く。

 意図が読めなかったのか、早見妹が「ん?」という顔をした。

 だが、簡単な質問でもあるので、あっさりと答える。


「ゴールデンウィークに入る直前ですよ。川沿いに捨てられてたんで……。すぐにお姉ちゃんが掛川先輩に掛け合って、飼うことを決めてくれました。掛川先輩とはお姉ちゃんの方が親しいので、今回はお姉ちゃんに任せたって感じです」

『……なるほど』


 最後に、霧生はそんなことを言って────。

 やがて、プツン、と通話を切った。








 ──何か、最後に変なこと聞いてたな。


 そこだけ不思議に思いつつも、俺はスマートフォンを早見妹の方に滑らせる。

 それを受け取りながら、早見妹は幾分か紅潮した顔でこちらを見た。


「いや、凄かったですね。亡くなった猫の話は、まあ、悲しいことでしたけど……これ全部わかるって、凄いことですよ。本当に、光さんって、何者なんですか?」

「何者、と言われても……」


 そこを突かれると、言葉に困ってしまう。


 ──そう言えば、そもそも何故ああいった推理力があるかも、聞いたことなかったな……。


 少し前に、霧生の家も電話番号も知らない、ということを嘆いたが、よく考えたらここも聞いたことが無かった。

 何か、推理力を伸ばす機会でもあったのか。

 それとも、元々賢かったのか。

 この辺りは、何も知らない。


「いやー、お姉ちゃんがバスケ辞めたって言うから、ちょっと心配してたんですけど、なんだか、面白い人と付き合っているんですね。私がこういうのもアレですけど、なんだか安心しました、というか、羨ましいくらいです」

「いや、日常探偵研究会って言うのは、本当はもっと静かな部活だぞ。本を読んでいるだけだ」


 何やら新たな誤解が発生しそうだったので、釘を刺す。

 しかしそれを無視して、早見妹はどこか熱っぽい視線で虚空を見た。


「あー、今晩はお姉ちゃんに今までのことを聞こうかなあ。なんだか、楽しそうだし……あ、それと」


 そこで思いついたことがあったのか、早見妹はポン、と手を打った。


「その猫バンバンについて、掛川先輩に教えておくよう、頼んでおかなくちゃですね。多分、仲がいいお姉ちゃんから言った方が、よく聞いてもらえるでしょうし」

「ああ、そうだな」


 せっかく、新たに飼い始めた子猫だ。

 今度こそ、事故死などは避けたい。


 恐らく、掛川先輩の両親は既に十分気を付けているだろうが、先輩本人が注意を払えるなら、それに越したことは無い。

 ただ────。


 ふと、俺は思考を止めた。

 例によって例のごとく────思いつくことがあったのだ。


 いつも通りの、ただの勘。

 しかし、それなりに理屈のついた勘でもある。

 それに従い、俺は口を開いた。


「……それについては、もしかしたら、既に心配しなくてもいいかもしれない」

「へ?何でですか?」

「いや……」


 問い返され、口ごもる。

 こちらとて、確信があるわけでもない。

 だから、気になったことから順に、出来るだけゆっくりと上げていった。


「……早見から事情を聴いたところで、言っていただろう?掛川先輩の家では猫のアルバムがあって、それを早見も見せてもらったことがある、と」

「そう言えば、言ってましたね」

「そのアルバムの三十年前の写真に、ブランという白猫が写っていたから、おかしいって話になったわけだが……今の霧生の推理からすると、あれは実のところ、二匹分の猫の記録だった、ということになる」


 途中で猫がすり替わった以上、そうなるのだ。

 新しい猫をブランとして扱っている以上、まさか写真を分けるわけにもいかない。

 初代ブランの写真が貼ってあるページの隣に、二代目のブランが写っているような、そんなアルバムになっていることだろう。


「それで、ふと思ったんだ。……一度見ただけだという早見はともかく、飼い主として何度もアルバムを見直したであろう掛川先輩は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……実はそのことにもう気が付いていて、その上で黙っているってことですか?」


 話が通じたのか、早見妹が声を潜める。

 それに頷き、俺は推論、或いは勘任せの妄想を語った。


「掛川先輩の両親が、いくらそっくりな猫を用意したと言っても、それは子供を騙すレベルのそれだ。時間が経てば、掛川先輩自身が違和感に気が付いた可能性はある。或いは、アルバムの写真を見比べる中で、ふと、飼い主にしかわからないような違いを見つけたのかもしれない」

「そりゃあまあ、有り得る話でしょうけど……というか、よほどぼんやりした人じゃないと、さすがに騙せないでしょうけど」


 困惑した様子で、早見妹は口を開く。


「そうだとすると、何で掛川先輩は黙っているんですか?」

「それこそ、『優しい嘘』なんじゃないかと思う」


 霧生の言葉を少し借りて、俺は説明をする。


 意外にも、俺の中ではしっくり嵌る表現だった。


「霧生も言っていたが、これは全て、掛川先輩を傷つけないように、周りの人間が走り回った、という話だ。いつ、掛川先輩が真相に気が付いたかは分からないが、何というか、今更、と思ったんじゃないか、と思う。ただの勘だが」

「今更?」

「ああ、今更、だ。今更、自分はかつての真相に気が付いた、ということを言っても、親が知られてしまったということに苦しむだけで、何にもならないんじゃないか────そんな考えから、敢えて嘘に乗ったというのも、有り得ない話じゃないと思う」


 霧生の推理も、掛川先輩の両親の策も、基本的に「掛川先輩は天然で、何でも純粋に信じる」という点に支えられている。

 勿論、それは事実なのだろう。

 だが、純粋さにも限度と言う物がある。


 掛川先輩があまりにも天然だったから、飼っている猫の寿命が長すぎることも気にしなかった可能性と。

 全てわかってはいたが、周囲の努力を無にしないために敢えて黙って、騙された演技をしていた可能性。

 妥当性だけで言えば、後者の方が優れている気もする。


 殊にごく最近、キャラ付けという名の演技をしていた同級生女子についてかなり詳しくなったためか、この騙された演技について、俺はあり得ないと否定できない。

 寧ろ、年齢を考えれば、普通にあり得そうな気がした。


「……それに、実を言うと、状況証拠らしきものがある」

「え、そんなのあるんですか?」

「ああ、今日俺が運んだ物……()()()()だ」


 そこで、俺は一つ質問をする。

 だいたい見当は付いていたが、一応、飼い主に聞いておいた方が確実だろう。


「今日、俺は君の家で使っていたという猫タワーを運んだんだが……あれは、()()()だな?」

「ええ、まあ、うちでは部屋の中で使ってましたけど」

「掛川先輩の家もそうだ。俺はリビングで、あれを組み立てた」


 だからこそ、俺は組み立てながら掛川先輩と話が出来たのだ。

 仮に外で使いたかったのなら、掛川先輩も外で組み立てるように言っただろう。

 そして、猫タワーをリビングに置いたのであれば、当然。


「これはもう、完全に妄想の域だが────掛川先輩は、あの猫を完全に室内飼いにする気なんだと思う。だからこそ──あの猫が慣れているというのもあっただろうが──猫タワーが必要だったんだ。室内でも猫が楽しめるように」

「……今度こそ、事故に遭わせないために、ですか?」

「そうだ。室内飼いにすれば、猫が車庫に行くことはない。……そして当然、これはブランに関する真相について気が付いていなければ、取れない行動だ」


 そう言ってから、俺は口を閉じた。

 勘に任せた割に、霧生のような口調になってしまった。

 それがなんとなく気恥ずかしく、俺は早口で話をまとめる。


「まあ要するに、あの猫は多分大丈夫ってことだ。一応猫バンバンについては言っておいてもいいかもしれないが、どちらにせよ、大切に飼われるだろうと思うよ。ただの勘だけどな」


 そんなことを言う俺を、早見妹は、何やら珍しいものを見るような目で見た。

 そしてやがて、ポツリ、と呟く。


「日常探偵研究会って、本当に面白いですね。何でお姉ちゃんが入ったのか────何でお姉ちゃんが、葉さんを休日に家に呼んだのか、分かった気がします」


 言い終わると、突然、早見妹は言葉を打ち切り、顔を上げた。

 そして、とびきりの笑みを浮かべる。


 よくある表現だが、それは本当に一輪の花のような────明るい、綺麗な笑顔だった。

 不覚にも、それを前にした俺は見惚れてしまい、動きを止める。


「ありがとうございました、葉さん。また、こんな感じのことがあったら、呼んでくださいね。いや、というか、今度は私から呼びますね!」

「あ、ああ……」


 そう返すと、早見妹は、もう一度笑みを浮かべた。

 こちらの笑みは、先ほどとは違う。

 どちらかと言えば、「仕方ないな」とでも言いたげな、苦笑いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ