秘匿 或いは躊躇い
「家の構造って……あの豪邸が、何か関係あるのか?」
『豪邸が、というよりも、一軒家であることが関係ある、というべきだね』
──一軒家……?
不思議に思いながらも、俺は掛川先輩の家の様子を思い返した。
最初に思い出せるのは、インターホンを鳴らした門扉の様子。
その奥には当然玄関があり、横には庭が広がっている。
また、隣接する形で────。
『それと、もう二つ思い出してほしい。両方とも、掛川先輩の話だ。確か、猫が入れ替わったと思しき時期────すなわち、初代の猫が死んだ時期は、クリスマスだった。つまり、冬の出来事だね?』
「そう言う話でしたね」
黙った俺の代わりに、早見妹が相槌を打つ。
その返事に、霧生が頷いたであろうことは、雰囲気だけで何となくわかった。
スマートフォンの奥では、いつものように綺麗な指を立てていることも。
『そして、確かその猫の趣味は……』
「日向、ぼっこ……」
語尾は、俺が引き取った。
同時に、俺の頭の中で、いくつかのことが繋がる。
冬。
日向ぼっこ。
猫。
そして、庭のすぐ隣にあったもの────あの家の、車庫。
瞬時に、脳裏にある記憶がよぎった。
掛川先輩の家に向かう前、早見に向かって俺自身が語ったことだ。
──まあ、あまり車に近づけないのは、良いことかもな。猫はどうしても危ないし。
──エンジンルーム内に入り込むことがあるから。
──それで、気づかずにエンジンをかけて、猫を死なせてしまうこともあるらしい。
「ああ、そうか、それで……」
「どうしたんですか、葉さん」
話についていけていないのか、早見妹が不思議そうな顔を向ける。
すると、補足するように霧生の方が説明をした。
『先ほど言った通り、猫をすり替わらせる理由の話だよ。動機が分からない、と言っただろう?』
「今のが、動機になるんですか?」
『ああ。普通に考えて、飼い猫が死んだからと言って、それをあからさまに隠し、別の猫を用意するなんてことは、よほどの理由がなければ行われないだろう。なら、当然それ相応の理由があったから、と考えるべきだ』
そこで霧生は一度言葉を切り、そして躊躇わずに推論を述べた。
『それを、猫がとても子供には話せないような死に方をしてしまったから、と断定したら、おかしいかな?』
「話せない、死に方?」
「……『猫バンバン』、だろう。それを、掛川先輩の両親、或いは運転手は忘れたんだ」
考えをまとめた俺は、結論を述べる。
証拠はない。
確信も無い。
だが、説明はできる。
そして、これが正しいのなら。
なるほど確かに────子供にも少し言えない話だった。
掛川先輩の母親が飼い始めたという初代のブランは、日向ぼっこが好きだったという。
要は、猫によくあるように、温かいところが好きだったのだ。
これは推論だが、恐らく掛川先輩の両親は、ブランを庭で自由に放し飼いをしていたのだと思う。
その方が、自由に日向ぼっこが出来る。
というよりも、ブランが自由に庭で日光に当たることのできる環境であったからこそ、幼い掛川先輩も、その趣味が日向ぼっこだと分かったのかもしれない。
そして、あの家は、庭の隣に車庫がある。
勿論、普段は鍵が閉められているのだろう。
だが、何かの拍子に、ブランが車庫の中に入り込んでしまう、というのは十分にあり得る話のはずだ。
寧ろ、温かいところが好きだったというブランは、好んで車庫の中に入りたがったかもしれない。
そして、きっと。
『……事故が起こった、と考えるべきだろうね。車を発進させる過程で、猫を轢き殺してしまったのか。或いは温度の高いエンジンルームの中で、熱死させてしまったか』
「しかし……しかし、それはあり得るのか?車で動物を轢かないように注意する、なんてのはそんなに特殊なことでもないだろう?掛川先輩のお母さんも、猫の飼い主としての経歴は長いはずだ。そんな、基礎的なことを忘れるなんてのは……」
少し腑に落ちず、俺は思わず反論をする。
霧生に向けた疑問だったが、意外にも、その解答は隣から送られた。
黙っていた早見妹が、口を開いたのである。
「いや、有り得ますよ、それ。特に、クリスマスだというのなら、特に」
「……何故だ?」
「まあその、掛川先輩の家が、お金持ちだからですよ」
既にある程度の事情が見えているのか、早見妹はすらすらと言葉を述べる。
「クリスマスって、結構その手の人たちは、パーティーやら何やらで走り回るんですよ。うちのお父さんもそうですし……人間関係って、どんな立場の人でも大事ですから」
──そう言えば、そもそも掛川先輩がクリスマスに家を離れた理由自体が、パーティだったな。
ふと、そんなことを思い出す。
あれは、両親はパーティーに行かなくてはならず、子供の面倒は見れないから、祖父母の元に預けられた、という話だったのだろうか。
「だから、そのクリスマスの時期は、いろんなところに向かわなくてはならない分、急いで車を出す機会も必然的に多くなったはずで……その中で、注意が疎かになるくらいのことは、普通にあり得ると思いますけどね」
『……その推測は、恐らく正解だろう。そしてその推測から、もう一つ動機が加わる』
「猫が死んだのは、自分たちの不注意が原因だったから……だから、とても幼い娘には真実を伝えられなかった、ということか?」
返答は無音だったが、画面越しにでも、霧生が頷いたことがわかった。
後に補足が続かないことからすると、この推理に霧生は自信があるのかもしれない。
『そして、とても猫が死んだことを伝えられなかった両親は、対応に困った。数日程度なら、動物病院に入院しているだとか、他の人に預けているだとか、何かと理由を付けられるだろう。だが、どうしたっていつかはバレる』
「だから、代わりの猫を見つけ出し、さもブランが死んでいないかのように振る舞った……」
言葉に出すと、一層その悲哀と、執念の強さを思い知らされるようだった。
クリスマスに、参加しなくてはならないだろうパーティーに向かいながら、善後策を練る若夫婦。
そのうち、母親の方からすれば、自分がずっと飼ってきた猫との突然の別れの直後でもある。
何というか、月並みな表現だが、痛ましい光景だな、と思った。
クリスマスのおめでたい雰囲気とは、程遠い。
『正直なところ、お金に糸目をつけないのであれば、似た猫を探すことぐらいは何とかなるだろうからね。死んだブランが白猫だったのも、追い風だったのだろう』
「模様がある猫だったら、全く同じ模様の猫は探しにくかったでしょうからね……一切模様の無い白猫なら、まだ難易度は下がる」
そう言いながら、早見妹は少し辛そうに、ぎゅっ、と目を閉じる。
他所の猫の話とは言え、猫をペットにする身として、何かしら思うことがあるのだろう。
全くペットを飼ったことのない俺ですら、今の話を痛ましい、と感じるのだ。
早見妹には、もっと身近に感じられるのかもしれない。
『……そして、彼らは努力の果てに、そっくりな猫を見つけ出した。少なくとも、四、五歳の子どもの目を騙す程度には、そっくりさんな猫を、だ』
「だけど、年齢だけは、妥協せざるを得なかった」
『そうだ、そして掛川邸には、奇妙な状況が作られた。全く別の若い猫を、今までいた老齢の猫として扱い、同じ名前を呼ぶ、という状況が』
そこで、霧生は大きく息を吐いた。
『無論、本当はある程度時間がたったところで、真相を打ち明ける予定だったのだろう。最初に言ったが、年齢から言って、これはいつかバレてしまう事だ。騙し通せるはずもない』
「だけど、結局、掛川先輩の両親は、言えなかった……」
ふと、掛川先輩の、いかにも天然、と言った雰囲気を思い出す。
何となくだが、当時から、両親の言うことには素直に従っていたんだろうな、という気もする。
ただの勘だが。
言えないよなあ、という気がした。
ある程度大きくなった今でも、ああいった感じの人なのだ。
子どもの頃は、猶更純粋な子どもだったのだろう。
しかも、猫が本来ならありえない年齢になっても、普通にその年齢を信じてしまっている。
そんな娘を前にして、「本当は前の猫は私たちが死なせてしまったんだ。今までお前を騙していたんだ」と伝えるのは────難しい。
なまじその騙してきた期間が、十年近くになったのであれば、なおのこと。
『……正直なところ、掛川先輩の両親が言い出せなかったこと自体は、責められないと思うよ。かなり粗があるが、まあ、優しい嘘、というやつなのだろう』
まあ、ここは人それぞれだろうけれど。
最後にそう言って、霧生は推理を終えた。




