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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 5 三十年生きた猫事件

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疎通 或いはもう一匹

「あー、霧生、か?」


 恐る恐る、繋がっているのであろう霧生に向かって呼びかける。

 向こうからすれば、誰がかけてきたのかは分かっていないだろう。

 不審人物か何かだと思われるのは避けたかった。


『相川君?……これはまた、どうして電話を?いやそれ以前に、僕、君に番号を教えたかな?』


 幸い、電話をかけてきたのが俺であることは分かったらしい。

 だが、同時に疑問も湧いたらしく、スマートフォン越しにも霧生が首をかしげたのが分かった。


「いやそれが、これは早見の妹のスマートフォンを借りていて────」


 そこから、俺はどうして霧生に連絡を出来るのかをつらつらと説明した。

 さらに、少し卑怯だとは思ったが────大本の、掛川先輩の猫についての件も、一気に説明した。


 もし、「推理をしてもらえないか」と正面から尋ねてなら、霧生はそれを嫌がっただろう。

 だから、断られる前に先んじて語り尽くす。

 仮に電話を切られたらアウトだったが、ありがたいことに、霧生は最後まで話を聞いてくれた。


「────まあそう言う訳で、この猫について、謎を解いてほしいんだが」


 無遠慮だとは自覚していながら、俺はそう頼みごとをする。

 早見妹にも先ほど言ったが、この件について納得のいく説明を出来るのは、やはり霧生しかいない。


 もし、霧生が謎を解けなかったとしても、それならそれで諦めがつく。

 霧生が解けないのであれば、俺が分からなくても仕方がない、と。

 そう言う思いも込めて、俺は心拍数を上げながら霧生の返答を待った。


『……ふむ。まあ、推論ぐらいはできるけど』

「本当か!?」


 意外にも、即答だった。

 俺の声に驚いたのか、隣で早見妹が肩を跳ね上げる。

 しかし、そちらに構っている余裕はなかった。


 相変わらず、自分から現場に出向くことがないにもかかわらず、霧生の推理力は凄まじい。

 これだけの話で、何かしらわかる、というのだから。


「……聞かせては、くれないか?」


 声を細めて、俺は嘆願する。

 霧生のいつもの様子からすると、ここで真相がわかっても推理を出し渋ることも、当然あり得た。

 語ってくれるかどうかは、彼女の気分次第、と言ってもいい。


 だから、次の言葉が響いてきた時は、一瞬自分の耳が信じられなかった。


『まあ、構わないよ。そこまで複雑な話でも無いからね』

「え?……いや、ありがとう」


 少し呆然として、俺は謝辞を述べる。

 今までの「日常の謎」の中で、一番スムーズに行ったかもしれない。


 そう思っていると、不意に、俺の袖がクイクイ、と引っ張られた。

 思わず視線を向けると、そこには小さな掌がある。

 勿論、早見妹のそれだった。


「ちょっと、葉さん。言葉の流れからすると、解けそうなんですね?これ」

「あ、ああ……」

「じゃあ、聞かせてください。私だって、気になっているんですから」


 期待に満ちた目で、早見妹はこちらを見上げる。

 それを見て、俺は確かに道理だな、と感じた。


 元々、彼女がいなければ連絡すら取れなかったのだ。

 スマートフォンの使用代としても、推理を聞かせるくらいはしても良いだろう。

 そう思って、俺はもう一度霧生に呼び掛けた。


「すまない、霧生。推理を聞く前に、頼みごとがあるんだが……」


 もしかすると断られるかもしれない、とは思っていたのだが、意外にも霧生はこの申し出にもOKを出した。

 この辺りも、今までにない程スムーズである。


 何にせよ、霧生が乗り気であるというのなら、こちらとしては断る理由も無い。

 俺と早見妹は、話を聞きやすいように手近なベンチ──自動販売機の横にあった──に座り込み、電話をスピーカーに切り替えた。


 幸運にも、土曜日のわりに人通りは少ない。

 この状態でも、そこまで問題は無いだろう。






『さて────』


 俺と早見妹の間に置かれたスマートフォンから、霧生の凛とした声が響く。

 その声だけで、霧生の居る場所では、彼女を取り巻く雰囲気が一変したことがわかった。

 完全に、探偵としてのそれに変わっているようだ。


『この小さな謎を解く前に、君たちには一つ約束してほしいことがある』


 最初に、霧生の話は注意から始まった。


『ここから僕が話すことは、あくまで又聞きを繰り返した末に思いついた、僕の妄想にすぎない。だから、これから話すことを他の人に……特に、その掛川先輩という人には、決して語らないことを約束してほしい』

「それはまた、何でですか?」


 疑問に思ったのか、早見妹が即座に質問を返す。

 声に出さなかったが、俺もほぼ同じ疑問を抱いた。


 霧生の言葉の前半分は、今までも言っていたことだから、まだ良い。

 しかし、後半は少し珍しい言い方だ。

 何故、掛川先輩には特に、言ってはならないのか。


『そうだね、まあ端的に言えば』

「端的に言えば?」

『この真相を知ると、掛川先輩は酷いショックを受けるから、だね』

「ショック?」

『そうだ、それだけは、避けなくてはならない。何しろこれは全て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことなのだから。今更、僕が台無しにするわけにはいかないよ』


 その言葉は、どことなく物憂げだった。

 まだ会ってもいない先輩のことを、心配しているような、そんな口調。


「……それは、どう言う意味ですか?」

『まあ、君たちもこれからの話を聞けば意味がわかるさ。さて、ではどこから話そうかな……』


 自ら話を打ち切り、霧生は迷うように黙る。

 やがて、話す順番を決めたらしく、確かな口調でスマートフォンを揺らした。


『……まず、ある意味拍子抜けするかもしれないが、そのブランという猫が三十年生きているように見えたこと自体は、簡単だ。すぐに説明が付く』

「そうなのか?」

『ああ、常識的に考えて、飼い猫がそこまで生きることは無い……ならば、ごく普通の結論が答えになる』


 そう言った前振りの末、霧生は確かに、ごく当たり前のことを言った。


()()()()()()、と考えるしかないだろうね。それが、一番納得のいく話だよ』

「……すり替わっていたのか?」

『だろうね。勿論、意図的に』


 しばし、スマートフォンの前で、俺たちは沈黙した。




 霧生の告げた話は、正直なところ、驚くほどのことではなかった。

 寧ろ、彼女自身が言う通り、極めて普通の話ともいえるだろう。

 俺自身、この謎について考える中で、思いついていた話ではあった。


 掛川邸の猫は、掛川先輩が気が付かない間に、すり替わっていた。

 言わば、先代の猫に、新たな猫が成りすましていた。


 そう考えれば、大方の疑問が解けるのは確かだ。

 要するに、掛川先輩のお母さんが飼い始めて、写真にも残っているという三十年前の「ブラン」と、ついこの間死んだという「ブラン」は、全く別の猫だった、というだけなのだから。


「だとしたら……すり替わりのタイミングは、その、掛川先輩がいなかったクリスマス、ですか?」

『そうだろうね。いくら何でも、長年飼われていた飼い猫の性格が突然変わるというのは、不自然だ。……その時期を境に、先代のブランが亡くなってしまい、全く新しいブランになっていたから、人に慣れていなかった、という方が、納得がいくだろう?……時期としても合うからね』


 早見妹の質問に、霧生があっさりとした口調で答える。


 ──時期、というのは、二匹のブランの、本当の寿命のことか?


 霧生の言葉を元に、推論が脳内で組み立てられていく。


 早見の証言からして、一番最初のブランが、掛川先輩の母親が十五歳の時に飼われ始めた、というのは間違いない。

 それが現代まで生きていたからこそ、不思議な話になっていたが────掛川先輩が四、五歳の時のクリスマスまで生きていた、とするのであれば、問題は無い。


 今、掛川先輩の母親が四十代なのだから、当時は三十歳くらいだろう。

 つまり、十五歳の時に飼い始めた初代ブランは、その時十五歳程度。

 それで亡くなったのだから、猫としては、ごく平均的な寿命と言える。


 同時に、成り代わったという二代目ブランについても、問題は無い。

 勿論、当時──今から十二、三年前──の時点で、成猫に成りすませるくらいなのだから、それなりに成長はしていたのだろうが、猫というのは一、二年でかなり大きくなる。

 というか、殆ど成長しきる、と聞いたことがある。


 つまり、成り代わった時点で、その猫が五歳くらいにはなっていたとしても、ついこの間死んだ時点で、真の寿命は二十歳程度だろう。

 これまた、騒ぐほどでもない。


 要するに、それぞれよく似た二匹の猫は、ごく普通の寿命で死んでいった。

 だが、猫たちの寿命を境に、交代して飼育されていたため、それが一匹の猫である、と誤認されていた。

 それ故に、まるで三十年以上生きていたかのように見えていただけなのだ。


 こう考えれば、納得は行く。


 だが────。




「何故、わざわざそんなことを……?」

「そうですねー、ちょっと、動機が分かりません」


 隣で、早見妹が首肯した。

 そうだ、動機。

 動機が、よく分からない。

 何故、こんなことになっているのか。


 掛川先輩がかなり天然だったからこそ良かったものの、仮に彼女が鋭い人だったら、とっくの昔に気づかれていそうな策である。

 正直、わざわざ似た猫を連れてくる理由が分からない。

 新しい猫を飼うだけでは、駄目だったのだろうか。


『……そこを理解したいのであれば、まず、掛川先輩の家の構造について考えた方が良いだろうね』

「家?」

『そうだ。妹さんはともかく、相川君は家を見たんだろう?なら、気が付けることはあるはずだ』


 また、霧生が訳の分からないことを言った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず面白いですね。 [気になる点] 私の勘違いかもしれませんが、20行目あたりで猫のことを犬って書いてませんか?? 私の勘違いならすみません。
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