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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 5 三十年生きた猫事件

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提案 或いは誘い

 動物、という概念がある。

 いやまあ、そのように格式張って言わなくとも、分かり切ったものではあるが。

 貴方も俺も、動物の中の人間種、その一人だ。


 ただ、ここで言いたいのは、それとは少し違う。

 動物の中でも、いわゆる動物園にいる動物たちや、ペットにされる類の存在。

 猫、犬、カラス、リス、象、ライオン……。

 そんな、時として人類の友人となり、またある時には天敵となる、数多の生命たちのことである。


 何故わざわざこんなに丁寧に言ったか、と言えば、それは当然、彼らがしばしば()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならない。


 人間と違い、予想不可能な動きをする上、事情聴取が事実上不可能な彼らの存在は、推理小説家にとって、格好のネタだったのだろう。

 一体いくつの作品に置いて、動物たちが犯人なり探偵なり小道具なりを務めてきたことだろうか。


 ある作品では、三毛猫が探偵役となり。

 またある作品では、犬がトリックの肝となり。

 はたまたある作品では、オスの三毛猫の存在が犯人の動機となった。


 実際、動物による獣害事件、というのは定期的に起こっており、またペットを巡ったトラブルから起きた事件、というのも少なからずあるらしい。

 以前、殺人事件が頻発する推理小説は、リアリティに関しては疑問符が付く、というようなことを生意気にも考えたことがある。

 この点で言えば、動物に関連する事件はまあまあリアルと言えるかもしれない。


 しかし、かなりのファンが「そんな蛇がいるか」と突っ込んだであろう、まだら模様の紐に関する短編しかり、どうしても動物にまつわる推理小説は不自然さが残ることがある。

 動物というのは、元来人間の都合で動くことが少ない、ということなのだろう。


 今回は、そんなことを思い出すことになる、「日常の謎」だった。


 いや、本当に動物というのは。

 妙なところでは人間に優しく、而して肝心なところでは人間の思い通りにならない。

 尤も、これは人間同士の間でも、同じことなのかもしれないが。










「ねえ、相川君」


 不意に早見が声をかけてきたのは、いつものように本を読んでいた、金曜日の午後。

 霧生がトイレで席を外し、部室に俺と早見しかいなくなった時のことだった。


 そしてこの時、俺はその声が響いた瞬間、かなりの驚きに包まれた。

 こう言うと、大げさに聞こえるかもしれないが。


 というのも、この部屋で私語の類が行われること自体が珍しい。

 基本的に、本を読んでいるだけの部活なので、早見が来ようが霧生が居ようが、静かな時の方が多いのだ。

 勿論、入室すれば挨拶はするし、話しかければ返事はあるが、何というか、それだけだ。

 霧生がその手の会話を好まないこともあって、おしゃべり、と言う物とはどうにも縁遠い。


 そして、もう一つ。

 俺と早見が会話する、というのが、少し久しぶりだったこともある。


 丁度、二週間近く前。

 五月の始めに、俺は早見に関するある謎を解いた。

 正確には、解いたというよりも、勘に任せて行動した結果、早見の持つ秘密の一つに勘づいてしまった、というのが正しいのだろうが────何にせよ、他人には知られたくなかったに違いない、ある秘密を俺は知った。


 それ以降、俺と早見の間で、挨拶以上の会話がなされたことは無い。

 お互い、何とはなしに気まずかったのだ。

 いや、もしかすると気にしているのは俺だけで、向こうは案外平気だったのかもしれないが、こちらとしては話しかけにくかったのは間違いない。


 だから、その日の会話は、最早一種の懐かしささえ感じさせるものだった。




「……何だ?」


 遅れて、言葉を返す。

 まだ頭の方は落ち着いていなかったが、声の方は辛うじて落ち着いていた。


「……明日って、土曜日だったわよね?」


 いつも通りのお嬢様のような口調で、しかし少し遠回りに、早見は話を始めた。


「申し訳ないのだけれど、一つ、頼まれてくれないかしら?」

「何を?」

「猫を、運ぶのを」

「猫?」


 突然出てきた動物の名前を、俺は繰り返した。

 同時に、あまりの話のみえなさに気まずさが吹っ飛ぶ。


「そう、猫……ちょっと、運ばなきゃいけないところがあってね」


 早見の方は最初から話すことを決めていたのだろうか。

 焦れったそうな様子で、本題に移った。


「実は私、家で猫を飼っているんだけど……」




 そこからの早見の話は、以下のような物だった。

 曰く、彼女は家で一匹の猫を飼っている。

 そしてその猫というのは、かなり昔に、彼女の妹が──初耳だが、早見には妹がいたらしい──拾ってきた猫である。

 彼女の妹はそう言うのが放っておけない性格らしく、たまに拾ってくるらしい。


 そしてこのゴールデンウィークに────また、早見の妹が猫を拾ってきた。




「だけど、お父さんが世話の手間とかもあるから、飼うのは一匹までにしなさいって言い出したの。もしかすると、二匹以上認めてしまうと、際限なく妹が猫を拾ってくるかもしれない、と心配して、建前を作っただけかもしれないけれど」

「……じゃあ、その拾ってきた猫はどうするんだ?」

「勿論、飼ってくれる人を探したわ」


 ────幸い、探してみたところ、彼女の知り合いに一人、猫を飼いたいと言い出す人が現れた。

 そこで、早見はその人の家に猫を運ぼうと思ったのだが。

 ここで少し、問題が起きた。


「まだ、その猫は子猫でね。あまり環境を変えたくないな、と思って、ウチで今使っている玩具や布団の類も、一緒にその人の家に持っていこうとしたんだけど……」

「どうしたんだ?」

「ちょっと、大きすぎて」


 そう言ってから、早見は何かの形を再現するかのように、両手を上下に動かした。

 丁度、クリスマスツリーの形でもなぞっているかのようだ。


「猫を飼っていない相川君はちょっと想像しにくいかもしれないけど……こう、猫タワーって言うのがあるのよ。猫が遊んだり、寝たりするための道具というか……」

「ああ、何となくわかる」


 見たことは無いが、想像は出来た。

 一つ頷くと、早見は安心したかのように話を再開する。


「その猫タワーを子猫が気に入っていてね。少し古くなっていたのもあるし、その引き取り手の人のところにプレゼントとして持っていこうと思ったのだけれど」


 ここまで言われたところで、俺は話のオチが読めた。

 まあ、ただの勘だが。


「つまり、そのタワーが意外に重くて運ぶのが大変そうだから、運びに行くのを手伝ってほしい、ということか?」

「そう、それ!」


 我が意を得たり、という顔で早見はグッと身を乗り出す。

 反射的に、俺は背中をのけぞらせ、距離を取った。

 何というか、近いのだ。


「あまり何度もお尋ねしても相手に悪いし、出来れば子猫と一緒に渡したいの。そして、引き渡す日がこの土曜日で……ごめんなさい、手伝ってくれる?」

「まあ、いいけど……」


 あまり考えることもなく、俺はOKを出す。

 どうせ、土曜日にも大して用事は無いのだ。

 中間テストももう少し先であり、休日に勉強に打ち込まなくてはならない、というほどではない。


 これが物凄い重労働だとしたら話は別だが、話を聞く限りそうでもなさそうだ。

 猫だって、好きか嫌いかで言えば好きな方でもある。

 断る理由は、特に無かった。


「いいの?ありがとう!」


 俺が告げた途端、早見の顔が、パアッ、と効果音付きで明るくなる。

 その変わりように、俺は少し目を見開いた。

 少し、見たことがないくらい明るい顔である。

 正直なところ、猫のことよりも早見のこの変化の方が気にかかった。


 ただ、俺もさすがにこの場でそれを問い正すようなことはしなかった。

 ここでは、別に聞かなくてはならないことがある。

 故に、そちらの方を口に出した。


「あー、運ぶのは良いんだが……」

「何?」

「それで、土曜日は、どこに行けばいいんだ?」


 集合場所も分からなくては、手伝いもできない。

 そう思って問い返すと、早見は一瞬、言葉に詰まった。


 しかし、それは本当に一瞬のことで────すぐに、彼女はその場所を提示した。


「そうね、申し訳ないのだけれど……住所は言うから、私の家に来てくれないかしら?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] そこはかとなく古典部シリーズの雰囲気を感じました 別に登場人物が古典部みたいに老成しているわけでもないのに [一言] 完結まで楽しく読ませて頂きます
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