番外編:考察 或いは……
その後、彼は変人ランキングで堂々の一位に名乗り出た。
あの時のことは、妄想の中ですら割愛する。
そう何度も振り返るようなことでもない。
ただ、人間関係を気にして上手く立ち回っているつもりだった小賢しい女子高生が、無様を晒したというだけの話。
だが、その中でも。
これだけは、確かに思い出せる。
「……俺の不注意のせいで、ややこしいことを起こしてしまって、本当にすまなかった」
彼が、相川君が。
何故あの紙片について分かったか、説明した後。
最後に、私に告げた台詞だ。
率直に言おう。
これを告げられた瞬間、私は目の前の男は何を言っているのかと感じた。
本気で、理解できなかった。
理解できないと言えば、あの日の彼の行動はその始まりからして分からなかった。
彼が清書版を持っていた、というのはまだ良い。
そう言うこともあるだろう。
そもそも、あれは転んだ私が悪い。
それに彼が後で気づいて、私に返そうと思ってくれたというのもまだわかる。
ここまでは、彼も意外に推理力があったのだ、加えて善人なのだと考えれば済む。
だが、そのためにわざわざ朝早くに起きて、私が学校に来るのを待ち構え、懇切丁寧に説明をしてまで止めに来るとなると、これは私の理解の範疇を越えていた。
普通、こういう行動をするだろうか。
だって基本的に、これは彼からして他人事のはずなのだ。
私が学校に不法侵入しようが、仮にそれで少々厄介ごとを起こそうが、それは全て私の責任。
彼がどうこうする義理は無い。
私が何をしでかそうが無視をして、後で私の鞄にでも忍び込ませ、密かに返却する────なんてことも彼には出来たのだ。
だが、彼はそうしなかった。
確証は無かっただろうに、私を止めに来た。
止めに、来てくれた。
そして、彼は言うのだ。
こともあろうに、謝罪の言葉を。
この行為の奇異さは、彼らが好きな推理小説に例えたなら、少しは分かりやすくなるだろうか。
そうやって例えるなら────これは、つまり。
謎を解き終えた探偵が、犯人に向かって「謎を解いてしまってすいませんでした。貴方の心を傷つけてしまいました」と謝るようなものだ。
普通、そんな小説はあまりないだろう。
あるとしたら、それはよほど犯人側に同情出来る理由があった時だけだ。
あの時の私は、そのような理由など持っていなかった。
しかし、彼は謝った。
出来る限り、私に対して誠実であろうとしているように。
既に十分、彼は誠意を示しているはずなのに。
善人、と言う言葉では片づけられない。
お人よし、というのも少し違う。
少なくとも私の無駄に広い人間関係の中ですら、彼のような人間は一人もいない。
だからこそ、変人。
恐らくは、何かしら理解していながらこちらに踏み込んではこなかった霧生さん──雰囲気でそのことは分かった──を超える、奇特な人間。
引き際を知っていないわけでは無いだろう。
だが、彼は往々にしてそれを飛び越える。
そして、飛び越えたことを謝罪する。
彼は、そんな人だった。
彼はしばしば、「勘だから」「ただの勘だけど」という言葉を使う。
同時に、まるでそれが彼の特徴であるかのように。
しかし、それは誤りだ。
彼の特徴は勘というよりも、その勘を踏まえて実行される彼の行動にある。
そのことは間違いない。
長い思索を終え、私はちらりと横目で相川君の顔を覗き見る。
そこでは、当然だが読書中の彼の姿があった。
──こうしてみると、本当に目立たない生徒なのに……。
見返すたびにそう思う。
群衆に紛れてしまえば、それだけで埋もれてしまうような姿だと。
しかしもう、私はそんなことは二度と言えない。
例え彼が全校生徒に囲まれていようが、すぐに見つけ出せるだろう。
良くも悪くも、私は彼を知ってしまった。
彼があの一件で私の「素」を知ったように。
私もまた、ようやく彼の本質と「初めて」出会ったのだ。
──そして、多分……。
視線を、ほんの少し横にずらす。
そちらには霧生さんの顔がある。
元から少年の様な顔だが、本を読んでいるせいか猶更性別が分からなくなっていた。
仮に人間が雌雄同体だったなら、その存在はこんな顔になる事だろう。
だが、注目すべきはそこではない。
私が見たのは、表情だった。
──リラックスしてるなあ……。
一種の呆れと関心を籠めて、私はその事実を確認する。
そう、リラックス。
緊張の欠片も無い、自然な表情。
霧生さんは、それを体現するような顔を浮かべていた。
女子としての勘と、これまでいろいろと人間関係に苦労した経験から断言できる。
女子があのような表情を示すのは、心を許せる存在が傍に居る時だけだ。
それは彼氏だったり家族だったりするが、彼女の場合は、言うまでもないだろう。
そもそも学校という場では、誰も彼もが何かを演じているというのが私の持論だ。
私のように口調まで変化させるのは極端な例かもしれないが、部活と授業で全然人柄が違うというのは良く聞く話だろう。
これはきっと、社会に出ても続けられる話だ。
皆、何かを演じ、何かを隠す。
だがほんの少し、「素」が見えることもある。
私の場合は、この間のコンビニ。
相川君の場合は、勘に従って行動している時。
そして霧生さんの場合は────この空間で、相川君と過ごす時間。
読書は彼女の趣味だから、自然と緊張が解けるというのはあるだろう。
だがあの緩みは、それだけではない。
私が言うのも何だが、演者の仮面はその程度では外れない。
きっと────きっと、霧生さんも気が付いているのだ。
相川君の人柄について。
その勘の良さと、それに伴う言動について。
或いは、時として霧生さんが提示した真相すらも超える推理力について。
だから、クラスでも誰とも関わっていないらしい彼女はここで「素」を見せる。
そこに込められた感情までは、さすがに推測できないが。
──いつの間にか、本当に人間観察みたいになっちゃったな……。
ふと我に返り、私は内心苦笑する。
これでは、今まで煩わしく感じていた、私を覗き見る視線の主たちを笑えない。
気になる人間たちのことをここまで知りたくなるなんて、今までずっと知らなかった。
「君がバスケ部に入らなかった理由は、先ほど聞いたけど……この部活に、日常探偵研究会に入った理由は、何なんだ?」
刹那、相川君がかつて私に問いかけた質問が脳裏に蘇った。
その答えを、今の私の行動があまりにも分かりやすく示していることに気が付いたのだ。
──言えないなあ……。
「素」のまま、私は軽く口を動かす。
勿論、声は出さなかったが。
──最初は霧生さんに興味を持ったからで……今は、貴方に興味があるからなんて、言えないなあ、恥ずかしくて。




