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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 4 名前も知らないあだ名事件

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番外編:変転 或いは奥底

 何故、相川葉は変人だと言えるのか?

 それを説明するとなれば、まず、私の彼に対する第一印象から語らなくてはならない。


 尤も、ここで言う第一印象とは、本当に初めて出会った時────彼が廊下から私を見ていたらしいときや、コンビニで私が口を滑らしていた時の話ではない。

 あの時は、互いが互いをきちんと認識していない。

 だから、私が彼のことを正しく認識し、同時に印象と呼べるものを抱いたのは、もう少し後の事────この部室を訪れた日の話になる。


 あの日は、私が諸事情で、当初入る予定だった部活に入らないことを決めた日だった。

 そして、部活に入らなかった私は当然暇になり、ぶらぶらと廊下を歩いていたのだ。

 今となっては放課後に予定が空く、というのも多少は経験できることになっているが、あの時の私にとって、これは初体験に近かった。


 自然、何をすればいいのかが、今一つ分からない。

 勿論、代わりに入る部活を適当に見繕ってはいたが、そこを見学に行くのは、何となく気分が乗らなかった。


 だから、一人の時間を楽しんでいて────。

 そのまま、見たことも無い部活の名前を見つけて────。

 彼に出会った。


 正直に言えば、初めて彼の顔をまじまじと見た時は、私は大した印象を抱かなかった。

 言葉を飾らなければ、「生徒A」くらいの認識である。

 ゲームのモブキャラを見つけたような感覚、と言えばわかるだろうか。


 これは、決して悪印象、という訳ではない。

 というより、私は人間関係の不和を気にしすぎるあまり、私に影響を与えないであろう存在にはあまり注目しない癖がある。

 その時は、彼とこんなに関わるとは思わなかったのだ。


 だから、その時の私の彼に対する感情は、良くも無ければ悪くもなく。

 その後────彼が私と会ったことがある、とか何とか言い出した時にも、大きく心を動かすことは無かった。


 彼は、自分が気持ち悪いこと言っているかもしれない、と不安になったのか、以前のコンビニの話やら何やらを全て語ってくれた。

 しかし実を言えば、そのあたりのことは大して気にしていなかった。

 彼は当然意識していなかっただろうが、「昔会ったことあるかも!」などと言って話しかけられること自体は、そこまで稀でも無かった。

 寧ろ、本当に会ったことがあった、と後でわかったことの方に驚いたくらいだ。


 故に、この時点でも、私はそこまで彼には興味を抱いていない。

 寧ろ、私が興味があったのは、霧生さんの方だった。


 これは、そこまで不思議な話でも無いだろう。

 人間関係に少しでも気を配れば、彼女のことは気にせずにはいられない。


 入試成績トップという実績。

 どこの部活にも入らず──日常探偵研究会が出来る前は、当然帰宅部扱いだった──友人と話す様すら見せない孤高性。

 中性的な容姿と、親戚には大量の蔵書を寄贈できるくらいのお金持ちがいるという噂。

 どこを取っても、特異的だった。


 だから、本音を話すとすれば。

 私が日常探偵研究会に入ったことは、いやそれ以前に、相川君に自分が経験した盗難事件の話をしたことは、霧生さんに近づく手段だった、と言っても過言ではない。


 それくらい、私は霧生さんと接触してみたかったのだ。

 未だ、この学年での立ち位置が明確ではない、彼女の立場を推し量るために。

 それを確認できなければ、私が安心できない、というだけの理由で。


 こんな状況のために、相川君のことは猶更視界に入らなかった。

 寧ろ、「ああ、この人も霧生さんに近づきたいんだな」、「もしかすると、霧生さんのことを狙っているのかな」などと、あらぬ誤解をしていたほどだ。


 しかし、この誤解に関しては、私は悪くないと思う。

 下衆の勘繰りであることは認めるが。


 普通に考えて、部員が二人しかいない部活があって。

 しかもその部員が男子と女子で。

 仲も決して悪くなく。

 加えて互いにフリーらしい。


 この状況を見れば、恋愛がらみのことを連想するのはおかしくないと思う。


 もっと言えば、霧生さんは何というか、雰囲気的に彼氏を積極的には作りたがらない印象がある。

 じゃあ、男である相川君の方が食いついているのかな、という推測に至るのは、私の中では必然だった。


 ──まあ、この二人がスマホのアドレスも交換していないって聞いて、この仮説は崩れたんだけど……。それで、相川君への第一印象は「多分凄いヘタレなんだろう」ってものになって……。






 何となく、少し前のことを思い出す。

 それを終えると、私は宙に浮かんでいた視線を元に戻した。

 当然、私の視界には部室で黙々と読書を続ける二人の姿がある。


 相川君の方は、分厚い推理小説を読んでいた。

 視線は真剣で、見つめずとも物語の中に入り込んでいることがわかる。


 一方、霧生さんは文庫本をパラパラとめくっていた。

 彼女は、割と頻繁に恋愛小説を読む。

 私は恋愛小説も少女漫画もほとんど読まないため──現実の女子の、生々しい恋愛を腐るほど見てきたため、読む気が失せるのだ──正直理解しがたい趣味だ。


 勿論、彼女の楽しみ方と私の楽しみ方は違う。

 しばしば本を読みながらニマニマとしているところを見ると、彼女は本当に恋愛小説を楽しんでいるのだろう。

 今読んでいる文庫本も、もしかしたらその類かもしれない。

 ただ────。


 ──現実では、恋愛の雰囲気とかは全然無いのよね、この二人……。


 スマホを弄るふりをしながら、私はそんな思考をする。






 そう、この二人、基本的に何もない。

 会話すら、あまりしないまま終わる日が多いのだ。


 相川君の話では、「日常の謎」に関わった時はさすがに違うらしいが──それは私も経験したので間違いはないが──それ以外の日は、この部屋は無音に近い。

 それこそ、最初の「早いね」「おう」と、終わりの「じゃあ、さようなら」以外には言葉を発さないような日すらある。

 基本的に、彼らは沈黙が気にならないタイプなのだ。


 個人的なことを言えば、私は「沈黙が気にならない高校生」という存在がいること自体に、かなり驚いた。

 この部活に入って最初に驚いたことは、これかもしれない。


 というのも、今まで、私が付き合ってきた人たちは、誰も彼もが沈黙を恐れていた。

 会話の継ぎ目すら存在を認めたくないかのように、矢継ぎ早に言葉を重ね、会話する人が多かった。


 友人同士の会話で沈黙が続くというのは、互いに気まずい時。

 すなわち、会話に失敗した時。

 そんな暗黙の了解と、一種の恐怖心が、会話を持続させていたと言ってもいい。


 しかし、この二人は真逆だ。

 彼らはそもそも、無理に会話を続ける、ということを知らないかのように思える。

 いや、勿論彼らなりに気は使っているのだろうし、雰囲気を察して行動してくれている節もあるのだが、それでも私のような生徒の行動に比べれば、遥かに薄い。


 そのせいか、彼らは強いて目の前の相手に話しかけよう、という姿勢は見せない。

 私自身、先日の「事件」や、入部直後の説明を除けば、大して話しかけられた記憶も無い。

 本当に、黙々と本を読んでいるのだ。

 黙然としている以上、彼らが恋愛云々について話すことも無い。


 率直に言えば、私が加わる以前から、男子と女子が二人っきりでずーっと同じ部屋に居たのだから、もう少しそう言った雰囲気になるくらいが普通だと思うのだが、どうだろうか。

 これは、私がおかしいのだろうか。

 彼らが正しいのだろうか。




 尤も、そのせいで私が相川葉、という存在に注意を向けるようになり始めたのだから、世の中分からないものだ。


 そう、このことを認識した時点からだ。

 例の思い出すには少し恥ずかしい一件が起こる前から、私は相川君のことを少しずつ、変人と見なすようになっていた。


 何しろ彼は、青春真っただ中の男子高校生でありながら、他の部活や交友関係には興味を示さず、私から見てもかなりの美形である霧生さんとは、会話もしないのである。

 これを変人と言わずして、何というべきだろうか。

 この辺りに、彼が変人ランキングで二位に上った理由がある。


 そして、きっと。

 私が、彼に「素」を知られた後も、何とかこうして平然としていられる、理由でもあるのだろう。

 多分。

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